第10話


「……チクショウ。何なんだよ、あのクソ生意気な女!」


まだ王城だったころの名残りで、医務室は負傷者が何十人運ばれても十分の広さがある。

大きな部屋の一画に、カーテンで仕切られた空間に置かれている小さな医務用の固いベッドに横たわったちっぽけな存在が小さな声をあげる。

彼の名はバグマン。

両親が魔王に立ち向かった【勇者の子供】である。


目覚めたのは1時間ほど前のこと。

すでに入学式は終わり、日付けも変わっていた。

感情的に魔法を使ったことで魔力が枯渇、今の頭の中が揺れて目が回る症状は『魔力酔い』というものだと説明を受けたバグマン。

しかし、彼にとってカーテンで区切られているが広く静かな場所は落ち着かない。


「ほかの生徒たちは就寝した。明日、いや0時を過ぎたな。今日は授業がないから1日ここで過ごして様子を見る」

「冗談じゃない! 何でこんなところに……う、あぁ……」

「お前、アホか? 魔力酔いの上に枯渇している状態で飛び起きるか、普通?」


勢いよく身体を起こしたバグマンはそのまま小さく呻くと、目をまわしたのかグラリと身体を傾けて枕の端に勢いよく倒れる。

枕の端に左耳をこすり、医療用でスプリングの固いマットに後頭部を打ち付けたバグマンだったが呻くだけで声が出せない。

そんなバグマンの様子に呆れた声を出す男性。

吊り目で整った顔だが肌は白く両の目は紅玉ルビーのように紅い。

吸血鬼ヴェラド一族特有の風貌ふうぼうだったが、バグマンはそのことを知らない様子だ。


「魔力が早く戻るように大人しく寝てるんだな。半分でも回復すれば授業に出られるようになる」

「……腹減った」

「こんな時間に食えるわけないだろ」

「腹減った!」

「ここへ来る列車内で菓子を買ってないのか」

「……コンパートメントで一緒になった奴らが買ってたから貰って食った」

「すでに食堂も購買も閉まってる。朝まで我慢するんだな」


寝ればあっという間に朝になるだろ。

そう言われてカーテンを閉められたバグマンは、革靴特有の足音が遠ざかるのを聞きながら痛む耳を庇うように寝返りをうった。

足音が消えて木の軋む音で扉が閉ざされたのをシンと静まり返る空間、空腹は睡眠をさまたげる。

元々何時間も眠っていたため睡魔はやってこない。

それでも大人しく横になっているのは、魔力が回復するまで動けないことを身をもって知っているからだ。


魔王が封印されたのはバグマンがまだ5歳の頃。

そのすぐあとに彼は国に保護され、「血族が見つかった」と会ったこともない叔父に引き渡された。

バグマンを連れていった男の「ちょうど子供もいることだし、兄がいると思えばいい」という一人言ひとりごとを聞いていた。

あれは「兄として新しくできた弟を自由にしていいのだ」ということだろう。

バグマンはそう受け取ってしまった。


バグマンには亡くなった弟がいる。

魔力が強いことから魔力を暴走させがちだったバグマンは、物心がつき善悪を覚えた頃にはその魔力を住んでいた村の人たちに向けるようになった。


「俺から目をそらして逃げた。何、見ていない? 俺の勘違いだというのか」


まだ5歳のバグマンにそう因縁をつけられた女性は生きながら皮膚を剥がされた。

周囲の人たちに無理矢理家まで連れ戻されたバグマンは、暴れながらも何人かの村人に魔力をつけて怪我を負わせていた。

魔法を習っていないバグマンは魔力を四方八方に向けるだけで際限はない。

一気に飛ばした魔力は一瞬で枯渇し、卒倒したバグマンは魔力を回復するひと月の間ベッドから起き上がれなかった。

幼くして魔力酔いを引き起こしていたのだ。

回復したとき、生まれつき多かった魔力は倍に増えていた。


バグマンの暴挙による被害者たちはであるバグマンの父親が治療をしたためて後遺症もなく回復した。

そのときに父親から「お前の心はまるで魔王そのものだ!」と蔑まれた。

血族で魔術師でもある両親は、いかりで前後不覚に陥ったバグマンの魔力を受けて全身がバラバラにぜることはなかった。

逆恨みから本で覚えた魔法で焼こうとしても術が跳ね返りバグマン自身が燃えた。

自分が放った攻撃魔法がはね返って戻っても死ぬことはない。

熱くて熱くて床に転がっても、家に燃え移ることもなければ全身の火が消えることもない。

当然の結果として、彼の周りから人々が離れるキッカケになった。

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