第13話 まずは邪魔な背中の腕を――
「おえええええええっ!」
龍夜は背後から聞こえる勇の吐瀉物ぶちまける音に渋面を作る。
(やっぱ連れてくるんじゃなかったわ)
仮面の異形から目を逸らさすことなく内で後悔する。
マジックアイテムで強化された急加速・急停止による高速連続斬撃。
背にしがみついた勇からすればノンストップのジェットコースターに揺られ続けたようなものだから同情はする。
(問題は勇が吐いたことじゃねえ。異形化が解けちゃいないこと。この肉塊……まだ生きてやがる)
警戒を解かぬもっともな理由。
本来、変異体は憑依した死霊を消し去れば憑き物が落ちたかのように元の人間の姿に戻る。
公民館でも病院でもその通りだった。
だが、肉塊を切り刻もうと細切れとなっただけで人間に戻る気配はない。
「ぼつつぼぼぼぼぼぼっ!」
仮面の異形が吼える。
イカのような触腕を振りかざし、獲物を邪魔されたと怒り狂っている。
「勇、吐くだけ吐いたら優希を連れてここから急いで離れろ! 乱戦になる!」
言うなり龍夜はストレージキューブから丸薬と水薬を取り出せば、振り向かぬまま勇に投げ渡す。
「丸薬は噛まずに飲み込め。次いでその水薬を優希にぶっかけろ!」
背後からキャッチする音が響いたのを耳朶で確認する。
今、仮面の異形から目を離せば先制を許す。同時に細切れとなった肉塊がどう動くかも予測できない。
異世界での経験も役に立たず、行動予測ができないのだ。
「うっええええ、苦げえええええっ! 気持ち悪くなくなったけど口ん中、クソニゲえええええっ!」
悶絶する勇の声。続けざま水音がした。
「う、嘘、う、腕が、脚が元通りに!」
驚く優希の声を背に受けながら、龍夜はストレージキューブから一対の手袋を取り出した。またしても勇に振り向かずして投げ渡す。
「勇、その手袋をつけろ! 優希を軽々と運べるぞ!」
マジックアイテム<
運搬作業の効率上昇を目的に開発された手袋型マジックアイテム。
腕力の増加と使用者の負担軽減の効果を持つ。
特に腰回りの負担軽減は重点的に行われ、子供であろうと成人馬を軽々と持ち上げるパワーを発揮する。
※運搬用であり、殴るのに決して使用しないでください。頭蓋骨が砕けます。殴るのに使用しないでください! 絶対に!
「ちょ、ちょっと勇、あんた、こんなに力ないでしょうが!」
龍夜の背後から優希の困惑する声がする。
勇のことだ。姉を尻から担ぎ上げているに違いない。
「龍夜兄ちゃんは!」
「俺はこいつらをぶった斬ったらすぐ合流する! エンジュの山まで避難していろ!」
「こいつらって、塊のほう、もう倒したじゃん!」
「いや、両方ともまだ死んでない!」
ゾワゾワが増し、龍夜の産毛を逆立て悪寒を走らせる。
言葉通り、肉塊の細切れ片が脈打っている。
ミミズのように這っては一カ所に集まりだした。
「元となった人間の数が多いせいか、憑依した霊体の数の比例して多いか」
頭では分かっていたが、目の前で見せつけられてはたまったものではない。
恐らく憑依した霊体の総量が半端ではないのだ。
「絶対、絶対合流だからね! 約束だからね!」
「ちょ、い、勇、降ろしなさい!」
「姉ちゃん、ぷりんぼいんなお尻持った程度でうるさいっての! はい、勇の勇み足ダ~シュ!」
「それ失敗フラグでしょうが! こら、降ろせ! 龍夜にはあれこれ言いたいことあるのよ! 姉の言うこと聞きなさい!」
「だが断るよ~だ!」
勇はそのまま優希を抱えたままエンジュの山方面へと走り去る。
暗闇から優希の文句が聞こえるが、そのうち聞こえなくなった。
「これで心おきなくこいつらを斬れる」
龍夜はカチャリと音を立てながら日本刀の束を掴み直す。
「おいおい、どこ行こうってんだ?」
仮面の異形は優希が消えた方角を捉えて離さない。
理由は知らないが、この異形は執拗なまでに優希を追いかけていた。
執着するものがあるのか、単に狩りをしていたかはこの際、どうでも良かった。
「言ったはずだぜ。なに俺の女、殺そうとしてんだ? ぶっ殺すぞ?」
龍夜は仮面の異形を目で捉えながら、一方で肉塊の細切れ片に注意を払う。
無数に蠢き、形をなしていた。
(肉塊は完全に復活するにはまだ時間がかかる。なら、あの仮面を先にぶった斬る!)
まだアンクルの効果は切れていない。
今一度、龍夜は仮面の異形を力強く見据えた。
肥え太った豚のような身体に、幾重にも仮面を重ねたような顔、イカのように伸びる腕、胸部には繭状の物体を大事に抱えているように見える。腹部より見えるは鮫のような大口。鋭利な歯を鳴らすように見せつけ威嚇している。
「つぼぼぼぼぼぼおおおおおおっ!」
仮面の異形が大気振るわせ吼える。
空気の振動は壁となり、龍夜の踏み込みを阻害する。
半歩出遅れた間隙を突くように仮面の異形は足下に散乱する肉塊の細切れ片をイカの触腕でまとめて掴み取る。
一瞬だった。無数にある肉塊の細切れ片をあの触腕で余すことなく集めていた。
「こいつ、まさか!」
仮面の異形は腹部の鮫口を裂けんばかり開けば、触腕で丸め固めた肉塊を放り込んだ。
後はボリボリバリバリの咀嚼音がするのみ。
「きるきるきるKILLけけけけけすうう!」
仮面の異形が激しく蠕動する。激しい痙攣を繰り返す。
変化は一瞬だった。背より人間の手足が無数に生えた。
ただ生えただけではない。手どころか足すら銃火器を構えている。
肉塊を喰らうことで武器であった銃火器すら身体の一部とした。
「ぼおおぼぼぼおぼぼぼおおおおんっ!」
仮面の異形は一対の触腕を地に深く埋もれさせる。
そして背中の銃火器が一斉に火を噴いた。
龍夜は脚部に力を込めては、カンテラボールの明かりを消し、横っ飛びの形で駆け抜ける。
耳をつんざく銃声と目を覆う硝煙が一帯を覆う。
「ぼっ、ぼぼぼぼっ!」
暗闇と硝煙で覆われていようと仮面の異形は背中より生える銃火器をとある地点に放つ。
硬き金属音が響き、火花が飛び散った。
銃弾が龍夜の脚甲に命中した証明であった。
「くっ、こいつ正確に俺の位置を割り出してやがる!」
漂う硝煙を突き破る形で駆け抜ける龍夜は舌打ちした。
仮面の異形は背後に目でもついているかのように、正確に龍夜を狙い撃っている。
肉塊は銃弾放つ寸前、殺気を放つため対処は容易かった。
なのにこの仮面の異形から一切の殺気が感じない。感じられない。
さも平然と自然な動作で銃弾を放ってくる。
「ぼんばんどーん!」
仮面の異形が今度は天に向けて銃火器を放つ。
だが、けたたましさはなく空気が破裂するポンという音に龍夜は意表を突かれた。
「どこ撃って、くっ!」
次いで空よりするのは飛来音。
カンテラボールの輝きが正体を照らし出した瞬間、爆発した。
無数の破片と爆発が龍夜に向かうも咄嗟に構えたシールドを遮蔽物にしては後ろ向きで力強く後退しその範囲から逃れる。
「ば、爆発しただと!」
グレネード弾と呼ぶ榴弾の一種だ。
純粋に火薬の力で一定の距離を飛翔し、爆発する代物。
もっとも銃の知識に疎い龍夜が知るはずもない。
ロケットランチャーですらゲームで少しかじった程度の知識しかないのだ。
「ががががががががっ!」
仮面の異形が腹の大口を裂けんばかりに開く。
伸びるのは舌ではなく金属の円筒。円形状に並べられた筒が音を立てて回転を開始する。
夥しい数の銃弾が嵐として龍夜に牙を向く。
人体を数秒でミンチにするガトリングガンだった。
「なんでもありかよ!」
シールドで受ける判断を龍夜は放棄。
直感的に攻めてはダメだと思考する時間を作らんとする。
瓦礫の中に飛び込み、銃弾からの遮蔽物とするも分厚いコンクリート製の壁は秒単位で削られていく。
「ぼんぼんぼ~ん!」
隠れる龍夜をあぶり出すようにまたしても天に向けて砲弾が放たれる。
隠れ潜む瓦礫の頭上で爆発し、衝撃と破片が龍夜に降り注ぐ。
「ぼ?」
正面と空、二カ所から放たれる銃撃の嵐は止む。
仮面の異形は爆散した瓦礫に顔を大きく傾げる。
砕け散らばるのも、焼け付いたのも、どれもが無機物。
肉片どころか骨一つ見当たらない。
「ばばばばっ!」
左側面より音がするなり仮面の異形は背中の銃火器を一斉に発砲していた。
だが、それは瓦礫が崩れ落ちた音だ。
今度は右側面より音がする。また瓦礫が崩れ落ちた音だとする判断で発砲が半歩遅れた。
「ここは、俺の間合いだ!」
龍夜はアンクレットによる超加速を経た跳躍で反対側に回り込んでいた。
先の音は瓦礫を踏み台にしたのと超停止による着地の音だ。
懐に入り込まれた仮面の異形の反応は鈍い。
(イカの腕で身体を支えていないと一斉に発砲できない!)
正面の敵を火力で圧倒する。
だからこそ触腕で巨体を支えてきた。
一発撃つにも反動があるからこそ、一斉に発砲しようならば反動は比ではない。
「まずは邪魔な背中の腕を――」
龍夜は日本刀を振り上げる。
「切り落とす!」
次の瞬間、龍夜の身体は吹っ飛ばされた。
否、殴り飛ばされた。
仮面の異形は不動のまま。だが、触腕の付け根が唐突に盛り上がれば人間の腕となり、拳のカウンターで龍夜を殴り飛ばしたのである。
真っ正面から胸部に受けたパワーは凄まじかった。
胸部の骨が軋み、悲鳴を上げて砕かれる。
踏み込み以上のスピードで殴り飛ばされた龍夜は受け身もままならぬまま瓦礫に背面を激突させた。
「うっ、がはっ!」
一瞬にして肺の中から空気が全て吐き出されるだけでなく、夥しい血を口から吐き出した。
「ぐっ、ぐうううっ」
先の一撃で右の肺を潰され、渇いた音が龍夜から漏れる。
まだ辛うじて意識は繋ぎ留められている。
震える手で取りだした完全回復薬をぶっかけた。
「げほげほ!」
激しく血混じりの咳をする龍夜は軽く頭を振るい、正面に顔を向ける。
「な、何、だと!」
目の前で起こる光景に衝撃を受けた。
仮面の異形が変容を開始する。
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