第55話 変わらない姉弟関係
55話 変わらない姉弟関係
「んっ……しょっ……」
「よい、しょっ!」
「ふぅ〜〜〜」
一人で布団を押し入れからリビングまで運び、それを広げる太一。ゲーム機の片付けが終わり、途中からそれを手伝う幽霊。……与えられた仕事を終え、ベッドの上で休憩するすみれ。
明らかに一人だけ、出している声質が違っていた。
「幽霊さん、アイツ無性にどつき回したいんですけどいいですかね? 正面から戦っても勝てるかしないんで武器とか全面的に使って」
「だ、ダメですよ太一さん。というか、どつき回すってなんですか……」
「ふふん、私はこう見えても疲れているんだ。私の家の中でくらい休んでも文句はあるまい?」
「ここはお前の家じゃねぇ……」
すみれは、オンオフのハッキリした女である。
実はこう見えて、会社では品行方正で仕事もバリバリにこなす部署のエース。外面で猫をかぶるのも完璧で、密かに想いを寄せる男も多数存在している。
だがその分、乗しかかる期待という名の重圧は大きい。それに、普段から素を見せずにいい子ちゃんぶるのは体力が必要だ。おかげで家に戻り一人きりのプライベート時間でのだらけ方は、太一と一つ屋根の下で実家暮らししていた時より更に酷くなっていた。
「そうカリカリするなよ。私のオフショットを見れる人間は家族だけなんだぞ? つまり、選ばれた者なんだ。光栄に思うといい」
「あの、すみれさん? 私は家族じゃないんですが……」
「幽霊ちゃんはいいんだ。将来家族になるのが確定してるから」
硬派な外面の中にこんな悪魔的な性格が眠っていることや、可愛い者相手だと急に女の子になるところがあることを知っているのは、本当に今言っていたメンバーだけである。
せめてすみれに男っ気の一つでもあればその人が知ることができるだろうが、勿論そんな事になるはずもなく。どちらかと言うと、まだ女っ気の方があった彼女だが、それでも部活時代の同級生や密かに想いを寄せていた後輩たちも、それらの情報は知る由もない。
「さて、そんなことはもういいだろう。太一も明日は学校なんだったら、そろそろ本当に寝ないとな」
「はあ、なんか姉ちゃんと話してるとドッと疲れてきた。早く寝ることにするわ」
「そうしろそうしろ。あ、すまないが太一、しばらく台所のところで電気をつけて作業していてもいいか? おそらく、数時間で終わる」
「ん? あー、まあ別にいいけど。扉閉めれば光はあんまりこっちに漏れてこないしな。それより何するんだ?」
「言っていなかったが、実はパソコンでしなきゃいけない仕事があと二件残ってるんだ。まあ簡単な資料作成だから、天才の私なら余裕のよっちゃんだが」
自称天才のすみれですら数時間。おそらく、中々な数の仕事を残しているのだろう。本来太一と二人きりならこんなに遅くまで遊ぶこともなかっただろうし、仕事をする時間ももっと取れたが。幽霊がいたことで、深夜に仕事を回さざるを得なくなってしまったようだ。
いがみあって、ついさっきまで全く動こうとしない彼女を責めていた太一だったが、ほんの少しだけ、話を聞いていて心配になった。幽霊がいる手前元気に振る舞っていても、実は内心相当疲れが溜まっているのでは、と。
「姉ちゃん。……冷蔵庫の中のもの、好きに食べていいからな。まあその、頑張れよ」
「ふふっ、ありがとうな。やっぱりお前はなんだかんだと言っても昔から根が優しい子だ。そのまま育ってくれてお姉ちゃんは嬉しいぞ」
「俺は姉ちゃんにそのまま育ってて欲しくなかったけどな。昔からそうやって……突然褒めたりしてくるところが、苦手だ」
「ははは、顔が少し赤くなったな。本当に、揶揄い甲斐のある最高の弟だよ、太一は」
すみれに言葉で遊ばれ、少し気まずくなった太一は幽霊を連れて歯を磨きにリビングを離れる。幽霊は二人の独特な姉弟会話についていけずきょとんとしていたが、二人が決して仲が悪いわけではないということだけは理解して、大人しく太一と洗面所へ向かう。
(……さて、愛する弟のためだ。今夜は、頑張るとするかな)
たった一人しかいない、かけがえなく大切で愛している弟の初めての恋路を手助けするため決意を固めた、姉を置いて。
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