第50話 すみれと幽霊、お風呂のふれあい3

50話 すみれと幽霊、お風呂のふれあい3



「ん、ぁっ……あぅ……」


 身体から、力が抜けていく。頭の先から″気持ちいい″が全身を走り、感覚が薄れていくのを感じる。


「ふふっ。いいぞ幽霊ちゃん。そのまま、動かないで」


 ごしごしっ、わしゃわしゃわしゃっ。


 一本一本の髪の毛にシャンプーの泡が付着して、浸透して白く染まった。髪質が良く手に引っかからないそれを丁寧に指先でこねながら、すみれは小さく微笑む。


 それは、勝利を確信した笑みであった。初めは動揺して抵抗していた彼女も、いざ頭をごしごししてあげればお手のもの。あっという間に従順になって、今ではたまに口先から声を漏らしながらあまりの気持ちよさに目を閉じかけている。


(気持ち、いぃ……身体、ふわふわすりゅ……)


 これは、単に幽霊がチョロいとかそういう話ではない。相手が悪過ぎたのだ。


 すみれは昔から、人の頭を洗う機会が多かった。弟である太一と一緒にお風呂に入っていた小学校時代はいつも流してあげていたし、中学、高校と部活動で続けていた空手部の時にも、お姉ちゃん肌なその性格から周りの女子に好かれて一緒にシャワーを浴びる時に同じ事をしてあげていたのだ。


 そして当然、その度に腕は上達していった。特に部活時代、同年代や後輩に甘えられて頭を洗ってあげていた日々の中で、どこをどう触ってあげれば喜んでくれるのか、気持ち良くなってもらえるのかを熟知。大学時代と社会に出た最近ではそういった機会は一切無かったが、その手腕は衰えてはいない。寸前まではやり方を忘れていても、頭を触った瞬間に手のひらが感覚を取り戻していく。


「加減はどうだ? 気持ちよく、なってくれているか?」


「ひゃ、ぃ。あっ、しょこ……」


「ここか?」


「ふにゃぁ」


 もはや、気持ちいいという言葉すら出てこないほどに幽霊の心は心酔し切っていた。無防備な背中を晒し、頭も好き勝手にされているのにさっきまでのような恐怖心や羞恥心はもう一切ない。今はただ、身体中を漂う快楽の波が心地いい。


「……よし。そろそろお湯を使って泡を流していこうか。目、ちゃんと瞑っておいて」


「ふぇ? もう、れすか?」


「ん? もう少し泡でもみもみされていたいのか?」


 コクり。幽霊は無言で頷いた。


「分かったよ。本当はもうそろそろ身体が冷え出す頃だから、お湯で流し始めた方がいいんだけどな。欲張りさんには、少しだけサービスだ」


 鏡越しに幽霊のだらしない蕩け顔を見ながら、すみれはそう言って泡立てを続ける。彼女は少し身体が冷えてきて寒気を感じていたが、目の前の幽霊は決してそんなことはなく、気持ちよさで体温が上がってもうポカポカだ。


 そうして、追加で数分。幽霊の要望どおりおまけのもみもみを繰り返した後に、すみれはシャワーを手に取って手元で一度お湯を出す。


 いきなり熱いお湯をかけてはせっかく蕩けてきた身体を驚かせてしまうため、少しぬるめに。かと言って浴びていて寒くはならない程度のちょうどいいお湯を準備して、そっと頭から注いだ。


「ん、ぁっ? あぅあ……」


「泡、ゆっくり流していくからな。熱かったら言ってくれ」


 頭のてっぺんから、髪の先端……そして、肩、胸元、お腹、太もも、足先へ。ゆっくりと流れていくお湯が、ポカポカな全身に染み渡って暖かさを閉じ込めていく。


 一人で同じようなペースで浴びていればとっくにくしゃみを連発して、凍えてしまいそうなほどのスローペース。だがそれこそが、身体中にぬくもりを届けて身体の芯から体温を更に上げていた。


(ああ、可愛い。こんなに大人しくなって……。もう身体を隠すことすら忘れているな)


 目を瞑り、すみれに言われた通り動かない彼女の身体は、鏡越しに全て曝け出されていた。小柄な体型に似つかわない豊満な双丘も、小さく可愛いおへそも、艶やかですべすべな太ももも。


 同性とはいえすみれはそのあまりに魅力的な身体つきに、思わず変な気分になりそうになって首を大きく横に振る。己を律しなければ、お触りしてしまいそうで本当に怖い。


(太一は普段からこんな可愛い子とずっと一緒にいて、よくもまあ襲わないものだな。いや、もしかしたら今の私みたいに、ずっとギリギリの状態が続いているだけかもしれないが)


 本当はすみれだって、今すぐにでも幽霊の恥部に手を伸ばしたい。しかし彼女はあくまで、太一の同居人。


 そのうえ自分の弟に対してそういう気持ちを抱いている子なわけだから、いくらなんでも手は出せない。例え同じ女であったとしても、絶対に超えてはならない境界線というものがある。


「幽霊ちゃん、終わったぞ。お疲れ様」


「は、あぅ……すみれしゃん……」


 なんて、そんな事を考えているとあっという間に泡が落ち切って綺麗になった幽霊の頭を最後に撫でて、シャワーのお湯を止める。


 あとは、幽霊の背中をゴシゴシしてあげたり、後ろからお湯をかけてあげたりするだけ。前を洗うのは、自分でやってもらう。


 その、はずだったのだが────




「すみれしゃん……身体も、洗ってほしいれす」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る