第46話 幽霊さんと間接キス2
46話 幽霊さんと間接キス2
「あ〜〜〜」
幽霊が、口を開けて待っている。目を閉じて鼻をヒクヒクさせながら、太一の手に握られたスプーンに入ったカレーが流し込まれるのを。
(俺が、口をつけたスプーンに……幽霊さんが……)
間接キス。所詮、間接は間接だ。幽霊が口をつけたスプーンで、太一が。太一が口をつけたスプーンで、幽霊が。それぞれがただカレーを食べるだけ。だというのに、ドキドキは止まらない。
太一にとって好きな人に間接キスをせがまれているかのようなこの状況は、いささか刺激が強かった。例え幽霊本人が間接キスなど意識してないとしても、一度考えてしまった太一にとっては緊張する行為に他ならない。それに、これは一度で終わる行為ではないのだ。
二度のあーんを経て、幽霊が口をつけたスプーンを太一はこの食事中使い続ける。異性との間接キスなんてすみれとしかしたことがない彼はもう、食事中ずっと心臓のタップダンスが止まらないことだろう。
「ひゃいひひゃん? まだれふかぁ?」
「へ!? あ、すみません! すぐに!!」
だが、結局はそんな事を考えているのは太一だけ。ならここは一旦全部忘れて、何も考えずにあーんを実行するのが最善。そう考えた太一は心臓の音を必死に抑えつつ、スプーンを幽霊の口に運んだ。
「ん……あむっ!」
むにゅむにゅ、もにゅもにゅっ。スプーンの先端を捉えた幽霊の唇が小さく動き、カレーを咀嚼して飲み込む。そして一度満面の笑みを浮かべてから、もう一度口を開けた。
「えへへ、やっぱり太一さんのカレーは最高です! さあ、あと一口を!」
「……はい」
ぱくっ。二倍返しのあーんは太一の心を限界まで揺れ動かしたが、なんとか難を逃れた彼は幽霊の口から離れたスプーンを凝視して、再び自分のカレーの入った皿へと戻す。
(ひとまず、乗り越えた……)
太一の二口をもらって空腹に拍車がかかった幽霊は、隣でカレーをがっついている。やはり間接キスを深くは考えていなかったようだ。
だがまあ、それでいい。ならあとは太一が気にする素振りを見せず、いつも通りに食事を進めれば────
「幽霊ちゃん、意外と大胆なんだな。あんなに堂々と間接キスを……。流石、同棲し続けている仲なだけある」
「…………へ?」
素早かった幽霊の手の動きが、止まる。
そうだ。ここには太一と幽霊の二人のみではない。もう一人、ジョーカーがいたのだ。
「あっ……あぁっ!?」
(バカ姉ちゃん……)
右、左、右、左。キョロキョロを二往復したところでみるみるうちに耳まで真っ赤になっていく幽霊は、その右手の先に握られたスプーンを見る。
既に手遅れだ。太一にあーんをしてから、そのスプーンで幽霊は今カレーをかっこんでいた。
「太一、お姉ちゃんは安心したぞ。台所に立っていた時から思っていたが……いい熟練夫婦っぷりだ。イチャイチャイチャイチャと。尊さ製造工場だな、二人は」
「た、太一さ、その、これはっ! 違くて……ッ!」
「落ち着いてください幽霊さん! 俺は気にしてな────いこともないですけど、えっと! 幽霊さんと間接キス出来て嬉しい、というか!!」
「な、何を言ってるんですか!? う、ううう嬉しいだなんて、なんてッッ!!」
「ふっふっふ、若いなぁ。これぞまさに青春の光」
顔を茹蛸ゆでだこのようにして沈んでいく幽霊と、それをあたふたしながら宥めて下手くそなフォローで追撃する太一。
視聴者すみれにとってサービス以外の何ものでもないその光景は、しっかりとスマホのカメラ(シャッター音無しのカメラアプリ)にて撮影された。
(本当に、この二人は見ていて飽きないな。片思いだと″思い込んでる″少年と、″自らの気持ちにとっくに答えは出ているのにそれを分かっていない″少女……か)
素晴らしい、と小さく呟きながら、再びすみれは目の前で起こる面白い光景にシャッターを切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます