第44話 カレー作り

44話 カレー作り



 かさかさ、かさかさ。もそもそもそっ。エプロンを巻いて台所についた太一だが、幽霊の姿は見当たらない。そのかわり、机の下から何やら小さな物音が聞こえていた。


「何やってるんですか、幽霊さん」


「はむっ!?」


 それで隠れられた気でいた幽霊の姿を覗いてみると、手には一本の魚肉ソーセージが。もう片方の手でゴミを持っていたので、どうやら二本目を食べ始めたところなようだ。


 もしゃもしゃと口の中の一本目を咀嚼し、飲み込んで。じぃ、と目線を向ける太一からゆっくりと身体ごと目を逸らして、幽霊は無言で二本目に口をつける。


「むぐ」


「あっ、二本目食べた。え? もしかして取られるとか思って逃げながら食べてます?」


 その姿は、さながらきのみを他の仲間たちに取られないように抱き抱えながら食べるリスのよう。机の下で限界まで太一から距離をとりながら背を向けている幽霊は、そうして二本目をあっという間にゴミだけにしてしまった。


「✌︎('ω'✌︎ )」


「なんですかそのドヤ顔は。『取られる前に食べ切ってやりましたよ、えっへん!』じゃないんですよ。そんなことしてたら魚肉ソーセージの支給無くしますよ?」


「うっ!? た、太一さん! それはずるいです!!」


「じゃあ早く出てきてください」


「……はい」


 大好物を人質に取られた幽霊は、口の中のものをしっかりと飲み込んで机の下から出てくる。太一の手料理の次に好きな食べ物の没収なんてことを告げられたら、従わないわけにはいかないのだ。まあ、そもそももう食べ終えた時点で隠れる理由は無くなっているのだが。


「さて、晩ご飯を作りますよ。今日はカレーです」


「カレー!!?」


 ぱあぁ、と幽霊の表情が明るくなった。見た目だけではなく味覚まで子供な彼女にとって、カレーは大のつくほどの好物。ちなみに勿論、味付けは甘口である。


 主な材料としては、カレールーにご飯、にんじん、じゃがいも、お肉。当然いつものごとく微力な手伝いを今回もお願いするわけだが……そうだな。


「幽霊さん、大きさはある程度小さめならバラバラでもいいので、お肉を────あっ、いえ、やっぱりなんでもないです」


「え?」


 危ない危ない、忘れていた。


 彼女には料理面において「血と魚」関連のものは絶対に任せられないのである。


 幽霊のくせにホラーやグロテスクへの耐性が一ミリも無い彼女は、血に弱い。たまたまテレビでかかっていた医療関係のドラマの手術シーンを見てしまった時は顔を青ざめていたほどだ。


 あと、魚も目が駄目らしい。あのギョロ目と目を合わせるのが絶対に嫌らしく、サンマなんかを捌く時に一度幽霊さんが隣に居合わせて少し泣いていた。よっぽど怖かったのだろう。


 とまあそんな感じなので、生肉を切る仕事なんて任せるわけにはいかない。


「にんじん、切ってください。輪切りでいいですよ」


「任されましたっ!」


 こうなった。ちなみにピーラーはまだ上手く扱えないので皮を剥いて渡し、切ってもらうだけである。


 太一としては包丁を持たせるだけでも怖いのだが、何度か練習して猫の手は完全にマスターし、輪切りとみじん切りなら何とか出来るようにはなった。隣でよく見ておいてあげる必要はあるが、おそらく大丈夫だ。


 そうして、夜ご飯を作り始めた。炊飯器でお米を炊いている間に鍋でルーを作り、具材を入れる。あとは少しスパイスなんかも加えて、しばらく待てばごく普通な家カレーの完成。小皿に入れて幽霊の味見査定も満点合格したので、完璧な出来だ。


「にんじん、形綺麗ですよ。幽霊さん、偉いですね」


「えへへ、すみれさんのためにも気合を入れました!」


「ああ、あのクソニートのために……。ところでさっきから静かですね。もしかしたら寝てるかも」


 冗談混じりにそう言って、太一は振り向く。すると遠くから、チラリとスマホのカメラレンズがこちらを向いていることに気づく。


「? どうかしましたか?」


「いえ、ちょっと。こちらをニヤけた面しながら盗撮してる変態女がいまして。アイツの分のカレー本当にいりますかね? あ、ハバネロでも入れといてやりましょうか」


「た、太一さん。実のお姉さんのことを変態女って……」


「幽霊さん、あの顔を見ても本当にそんなことが言えますか?」


「……」


 ニヤニヤ、ふりふりっ。目は狐目で、口角は吊り上げて。美人な顔面がまるでグラドルの写真集を見つめるおじさんのようになってしまっている。その上写真を撮っていたことがバレると、開き直ってその顔のまま手を振り始めた。太一にとっては不愉快極まりない。そして幽霊も、擁護する言葉を失った。


「その……太一さんも苦労してきたんですね、色々と」


「ええ、それはもう」


「お〜い、カレーはまだか〜?」



 すみれはここまで実の弟にボロカスに言われていることなど知らずに、美味しそうなカレーの匂いに舌鼓をしていた。なんともまあ天然な女である。

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