エレーニ・ゴレアーナ(十二)

 近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]による酒宴は、客も歌妓かぎも多いことから、サレが延焼を防ぐためにつくらせた空き地で行われていた。そのようなことのためにつくらせたわけではなかったサレは内心憤ったが、心情を表に出さないように努めつつ、喧騒けんそうに包まれていた酒席の中へ入り、公へ近づいた(※1)。


 すでにできあがっていた公が「まずは一杯」と言うので、断っても仕方がないことを承知していたサレは、胃に悪いと思いつつ、歌妓から酒杯を受け取った。

「何だ、ひゃっちょうひとりか。勇者どのを連れて来ないとは、おまえも気がかないな」

と公が言ってきたが、サレは無視して杯を干した。

 サレのぶっきらぼうな態度に、公が何事かを口にしようとしたところ、彼のそばはべっていた歌妓のひとりが気をまわして、「[オルシャンドラ・]ダウロンさまなぞ、連れて来られては困ります」とささやきながら、公にしな垂れかかった。さすがは、公に近づくのを許された歌妓だけはあった。

 ありがたいことに、公の関心は歌妓の話に移り、「どうしてだ」と女に問うた。

「だって、乱暴者ですもの。顔がどれだけよくても、あのお方を好きな歌妓などは、この都にいませんわ」

 歌妓の言葉に、「そうなのか」と公が笑みを浮かべた。

「いくさ場では敵なしの勇者どのも花街では形無しだな。しかし、使えるいくさ人などというものは、得てしてそういうものかもしれんな。だいたい扱いづらい。我が家にも飛び切りのいくさ人がひとりいるが、使いにくくて仕方がない」

「あら、まあ。それはたいへんですこと。なぐさめてさしあげますわ」

 そのように言いながら、歌妓が公の髪をなでると、公は微笑と共に酒へ口をつけた。

 それから、ふたりの様子をながめていたサレと目が合うと、公が「ここにもひとり、扱いづらいいくさ人がいたな。勇者どのほど役に立ってはいないが」と鼻で笑ったので、サレは怒りをおぼえ、無刀ながら、目の前の酔客を斬り捨ててやろうかと思った。


 歌妓が酒を注ごうとするのをサレは制し、「お話があります」と公へ告げた。

 すると、「無粋が過ぎるぞ」と公が不機嫌そうに応じたが、その声が聞こえなかったかのように、サレはもう一度、同じ言葉を口にした。

 サレの言動に対して、公は酒杯を毛氈に叩きつけることで返答とした。顔には怒気が表れていた。

 今度は、先ほどの歌妓も執り成しようがなかったようで、公から身を離して黙り込んでいた(※2)。

「きょう、公女[ハランシスク・スラザーラ]さまの従姉いとこどのとお会いいたしました」

 何事も起きていないかのごとくにサレが口を開くと、公は数瞬、彼を見つめたのちに立ち上がり、「来い」と言った。



※1 喧騒に包まれていた酒宴の中へ入り、公へ近づいた

 招待客の貴族が残した日記によると、険しい表情のサレが胃のあたりを抑えながら酒席へ現れると、一瞬、場は水を打ったように静まったとのこと。


※2 公から身を離して黙り込んでいた

 杯の地面に叩きつけられる音が聞こえた者たちは談笑をやめて聞き耳を立てた。それがでんして、宴の場全体が静まり返ったとのこと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る