ウルマ・マーラ(九)

 五月。

 昼夜構わずに工事を進め、鹿しゅうかんの補修は終わった。

 鹿集館は、もともと大公[ムゲリ・スラザーラ]の意向を受けて、造りはさほど広くなかったが、それでも大公の従者や愛妾たちが去り、公女[ハランシスク・スラザーラ]ひとりのために使うには広すぎた。

 それは警固上の問題にもなりうる話であったため、公女の使用する建物群と衛兵の詰め所を残して、不要な部分は破却した。

 また、鹿集館には、大公の意を酌み、さまざまな果樹が植えられていたが、果樹を求める都人自身に掘り起こさせ、見晴らしを良くした。

 そのうえで、以前からある堀を深く広くし、必要なところに新しい堀を加えた。

 合わせて、塀を高くし、物見やぐらを増やした。また、剣聖[オジセン・ホランク]自ら見て回り、火縄[銃]で守りやすい工夫を各所に施した。


 剣聖とサレは、鹿集館の補修だけでは警固をするうえで不十分と考え、周辺の必要な整備も行った。

 コステラ=デイラには、コステラ河から引かれている水路が縦横に流れていたが、サレは鹿集館の周辺を流れていた水路に必要な補強をしたうえで、それぞれの橋に関所をもうけて番兵を置き、合わせて、水路の内側に住む者の詳細な名簿をつくり、不要な人の出入りを制限した。

 鹿集館の付近には、戦乱により食い詰めた者たちが多数流入していたが、サレは力づくでそれらの者を排除した。

「公女が、御身のまわりを静かで清らかであることをお求めになられている。そのご下命で我々は動いているのだ。お前たちが良心をとがめる必要はない」

とサレは緑衣党の兵に伝達した。

 これらに加えてサレは、鹿集館からの見晴らしや、防火上問題のある建物を撤去させた。


 すべての工事が終わったのちに、公女はサレの屋敷から鹿集館へ戻った。

 行きは人目を避けて深夜に移動させたが、帰りは昼過ぎに、サレの屋敷から鹿集館へ帰した。

 沿道では、公女の輿を一目見ようと多くの者が集まったが、公女のご気性に適うように、みな、静かに輿の去るのを見守っていた。しかし、ある大通りにて、何者かが(※1)、「サラザール家、万歳」と大声を上げると、それに合わせて、「万歳」の大音声がコステラ=デイラに鳴り響き、都における公女の権威と人気を内外に知らしめた。


 公女は改築された鹿集館、とくにあべまきで防音された書斎に満足され、みずらしく、サレの代筆にて、ラウザドのオルベルタ[・ローレイル]へ礼状を送った。

 衛兵は鈴をつけるのが世の倣いであったが、それをサレが止めさせたため、鹿集館は常に、静寂に包まれた世界になった。



※1 何者かが

 一説にはサレの手の者とのこと。

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