コステラ=デイラ(十一)

 サレはきょうおうの間にて、あてのない修行の旅を続けていた剣聖[オジセン・ホランク]に酒を振る舞ったが、ぼろぼろの男物の服を着た、浅黒い肌の少女は物珍しそうに目の前の砂糖菓子を黙って見つめるだけで、手を付けようとはしなかった。

 サレが少女の素性を尋ねると、剣聖は「名はラシウ。孤児だ。拾って弟子にした」と応じた。

 「また、なぜ」と重ねてサレが問うと、「何となくだ」と答えが返って来た。

「刀技以外は何も教えていない。しばらくこの屋敷にいるから、おまえが読み書きを教えてくれ」

 念のために聞いたが剣聖には想像通り手持ちはなく、食わせなければならない人間が二人増える格好だったが、サレには師の頼みを断ることはむずかしかった。しかし、一応、抵抗はしてみた。

「本当にいろいろとやることがありまして、妹弟子の面倒までは見切れませんよ」

「時間の使い方が甘いからそのような言い訳をするのだ。いい修行だ。妹の面倒を見るのは兄の役目。わしが教えた刀技のおかげで、西から逃げて帰って来られたのだから、これくらいの願いは聞いてくれてもいいはずだ」

 剣聖はサレの返答も聞かず、ラシウに言った。

「よいか。今日からこのノルセンを兄だと思って頼るんだぞ」

 少女は砂糖菓子から目を離さず、黙って頷いた。

「しかし、頼りっぱなしもいけない。刀技を磨いて兄を助けてやれ」

 話を勝手に進める師に向かってため息をしたのち、「ラシウもお食べ」とサレは砂糖菓子をひとつ自分の口に入れた。

 サレのまねをして菓子を口に入れたラシウの頬に赤みがさした。

「口の中で溶けました。これは食べたことのないものです」

「甘いだろう?」

「……甘い?」

 首をかしげる少女の保護者を見て、「何を食べさせて来たんですか」とサレが問うと、剣聖は「砂糖を取ると剣の腕が鈍くなるからな」と妙な理屈を述べた。

「あなたの酒代に消えて、ろくなものを食べさせてなかったのでしょう?」

と詰め寄るサレに、剣聖は「近からず、遠からずだな」ととぼけて見せた。

 さらにサレが詰問しようとした時に、母ラエと妻ライーズの二人が入って来て、ラシウを囲んで騒ぎ出したので、話はそこで終わった。

「まあ、かわいそう。お菓子はまだありますからね。いくらでも食べなさい」

「夫が兄なら、私は姉です。私の古着をラシウのために仕立て直してあげるわ」

「いくさ人の妻は男子を産むのが一番の仕事だけれど、ライーズ、私は女の子も欲しかったのよ」

「私も次は女の子がいいです」

 大きな人形が手に入って楽しそうな女二人を見ながら、サレはもう一度ため息をついた。

 しかし、都に出て、実家の頼りになる者たちが亡くなっていたのを知り、元気をなくしていたライーズに、ラシウはよいなぐさめになるのかもしれないと、サレは考えた。

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