西征(十)

 だれでも知っているとおり、七州のいくさ人は弓を尊んだ。

 次が槍で、刀をもって敵と対峙するのは最後の手段であった(※1)。

 弓の達人ともなれば、接近戦でも刀より短弓を選ぶ者がおり、そのような者は引く手あまたで、仕官の口に悩むことはなかった。

 対して、いくら刀術に優れていても、弓槍ゆみやりが扱えなければ軽んじられていた。

 それは剣聖と謳われていたオジセン・ホランクですらそうであり、歴戦のいくさ人の中には、刀術などは曲芸の一つに過ぎないと考えている者すらいた。

 話に出した剣聖は西南州の名家の生まれだったが、若いときに彼の身分と刀術に見合う仕官が見つからず、一時的に国主の護衛を務めただけで、流浪の道を歩まざるを得なかった。

 しかし、いくさ人たちが、刀を重視しないのには実戦上の理由があった。

 矢が飛び、石が降ってくるいくさ場では、刀の妙技を振るうのは難しかったからだ。

 剣聖の弟子であったノルセン・サレも、常々、兄アイリウンから「おまえの曲芸は護衛では役立っても、いくさ場でたいして使い道はない」と言われていた。

 確かにアイリウンの言う通り、西部州からの撤退戦の初期、ノルセンは苦労を味あわされた。

 矢や石を避けつつ、槍を持つ雑兵の懐へ潜り込むのは骨が折れる仕事であった。

 とくに、国道は石畳の残骸がいくらでもあり、雑兵の投げる石に事欠かなった。

 しかし、ノルセンには慣れればどうということはなく、少なくとも自分がいくさ場で死ぬことはなさそうだという、妙な自信が生まれていた。

 斬り慣れて、すでに人を殺すのにためらいはなく、また、いくさ場で常に冷静でいられる自分に気がついたのが、その根拠であった。



※1 最後の手段であった

 当時は、火縄銃が弓にとって代わりつつある時期であったが、この頃はまだ、平民が主に扱う兵器であったため、いくさ人の自覚の強いノルセンは言及していない。

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