第10話「バードロン」

 僕たちはどうにか、ヨシュアの研究所を脱出した。

 兵士諸君には悪いことをしたと思っている。

 でも、どうしようもなかったんだ。

 それに、本物の鳥かと見紛みまがう自爆ドローン……そんな安価で効率のいい兵器があるなんて、僕は知らなかった。僕たちネフェリムがローラー作戦で人間を殺すより、ずっとコストが安いんじゃないか?

 ともあれ、ルカを連れて車に戻り、走らせる。

 例の廃校を利用した研究所は、無数の鳥によって爆発炎上してしまった。


「信じられないです、先輩」

「私もだヨ。っていうか、兵隊さんたちには気の毒なことをしてしまった……せっかく戦争が終わったってのにさあ」

「ええ……私もナナちゃんと先輩が助けてくれなければ」

「ま、これに懲りて危ない案件に首を突っ込むの、やめちゃいなヨ」


 ルカに助手席を譲って、僕は中央のドア付近で膝を抱えていた。

 途中、何台もの軍用車両や消防車と擦れ違った。

 もう少し遅ければ検問ができて、引っかかったかもしれない。

 それにしても、ルカまで連れてくることなかったんじゃないかな? どうして人間は非効率的なことをするんだ……彼女は軍の命令で僕たちを追ってるんだ。


「私、軍人として命令を受けてますから。先輩たちを捕らえて、デミウルゴスを取り返すんです」


 ほら見ろ。

 僕は思わず、じっとジェザドを見詰める。

 やるなら今……僕がろうかという思念を込めてみる。

 ハンドルを握るジェザドは、バックミラーの僕を一瞥いちべつして小さく首を横に振った。今ならルカを消すだけで、僕たちと接触した人間を根絶やしにできる。

 けど、ジェザドは僕をとがめるように、あわれむように目を細めるだけだった。

 そして、町中に入って大通りを曲がった路地にメルセデスを止める。


「ルカちゃんさあ、軍人なんてやめちゃいなさいよ」

「……私だって、好きでやってる訳じゃ」

「デミウルゴスについて知らないなら、知らないままでいてほしーのよん? で、さっきの殺人鳥だけどね……ヨシュアの長年の研究の産物ってやつさ」


 ジェザドの親友にして同僚、ヨシュア氏は遺伝子工学の権威だ。そして、人間の遺伝子構造を解析する中で、脳や神経で人間が無数に巡らせている電気信号の解析に成功した。

 全てが完全に網羅された訳ではない。

 それでも、基本的な信号パターンを用意し、無数の組み合わせで無限に再現が広がった。

 僕が人間の肉体で生きているのも、その技術が応用されているのだ。

 ジェザドは懐かしむように言葉を続ける。


「奴ぁ、天才だったヨ……そして、極めてシンプルなものなら、人工の電気信号のみで動く生物を生み出すことに成功した」

「えっ? 先輩、それって」

「そう、有機的な肉体を持った、いわばバイオロボットさ。血肉の通った体温のあるロボット……その脳味噌には、生まれ持った本能として人為的なタスクが詰まってる」

「さっきの鳥には」

「設定された目標に突っ込んで爆発しろって命令が刷り込まれてるのさ」


 すぐにルカは小型端末を取り出し、軍の本部を呼び出す。


「ええ、ええ、はい。私だけが無事です。すぐに戻りますが、貴重な情報を得ました。最近頻発するテロも、もしかしたら……はい、了解です」


 通話を終えて、ルカは大きな溜息を零した。

 センサーで数値化するまでもなく、お疲れのようだった。

 それでも彼女は、端末からいくつかの光学ウィンドウを3D表示させる。光の板が幾重いくえにも浮かんで、車内がなんだか狭くなったような錯覚を覚えた。


「先輩、教えてください。そのの特徴は?」

「バードロン?」

バードのドローンでバードロンです。今、私が考えました」

「ルカちゃんさあ、昔からネーミングセンス微妙よねえ」

「ほっといてください! すぐに軍で緊急手配を」

「無駄だよ、無駄。普通の鳥にしか見えないって」

「爆発物を身体に搭載されてるんでしょう? そんなの、AI制御されたカメラが無数にあるこの街じゃ」

「いや、だから……まるっきり鳥にしか見えないのヨ」

「爆発物は」

「肉体そのものが爆発物なんだなあ、これが。骨格が特殊コーティングされた高性能爆薬でできてる。発火装置は、鳥自身の体温。生まれながらの爆弾モンスターって訳」


 なるほど、極めて合理的かつ強力な兵器だ。

 テロ専用の姑息こそくで卑怯な兵器であるということを除けば、だが。

 コストパフォーマンスがいいし、生殖能力はないとジェザドが言うので、制御不能になって自然界に影響を及ぼすこともないだろう。そして、この地球で鳥が飛んでない場所など数えるほどしかない。

 大空の下では、飛び交う鳥の全てを識別して警戒するのは不可能だ。


「とにかく、私は一度本部に戻ります」

「はいはい、ごくろーさん。今度は一緒に飯でも行こうねえ、ルカちゃん」

「もぉ、先輩っ! ……取調室でなら、なんでも取り寄せて食べれますけど?」

「それって、軍のおごり? 経費で落ちる?」

「先輩の自腹です」


 それだけ言って、ドアを開けるとルカは車を降りた。

 彼女は一度振り返って、僕たちに釘を刺してくる。


「連絡先、もらえますか? 今は私一人だし、拘束は無理……でも、詳しい話をもっと聞かせてほしいんです」

「例のバードロンのことかなぁん? それとも」

「両方です! デミウルゴスとかの話だって、私は」

「ま、それで見逃してくれるなら……約束破るの、得意だしねえ」

「先輩は逃げませんよ。もう、事件の当事者の一人なんですから。昔からそうでしたよね?」

「昔はそうだったかもしれないねえ、ウシシ!」


 ルカは苦笑を零したが、なんだか目元が柔らかく弛緩しかんしていた。

 人間の感情とやらは、本当に繊細で多彩なのだな。

 僕は彼女が去るのを確認してから、助手席に戻った。

 スタイルのいい女性だったし、童顔もチャーミングポイントだと思えば加点対象ではないだろうか。あのヒップラインが残した体温が、じんわりと僕に伝搬でんぱんしてくる。


「ジェザド、行ったぞ。尾行もないと思う。もっとも、詳しくはわからない」

「あいよ、ナナオちゃん。ふぅ~、助かったかあ。はは、寿命が縮むねえ」

「そうなのか? 具体的には?」

「五秒は縮んだよ、やれやれ」

「誤差と思えばいい。それより」


 僕が今後の建設的な提案をしようとした、その時だった。

 不意にジェザドは、そっと手で僕の頬に触れてきた。

 ガサガサな肌の大きな手で、優しく丁寧な触り方だ。


「ナナオちゃん、さっきのサービス?」

「なんの話だ?」

「お父さん、って呼んでくれたよねぇ。その声で言われちゃうと、サプライズな上にビッグボーナスだなあ」

「あっ、あれは、たまたまだ! そ、それより、うん、今後も親子ごっこは断固拒否する」

「はいはい、ありがとね」


 なんだか、上手くあしらわれてしまった。

 グヌヌ、悔しい、けど、嫌いじゃない。

 なんだこれ、人間の感情ってやつはどういうふうにできてるんだ?

 それに、顔が熱い。

 体温が上がる意味が本当に理解不能だ。


「そ、それより、ジェザド! その、バードロンとやらだがね」

「えー、ナナオちゃんまでそれ採用しちゃうの? 公式設定?」

「僕はロボットだから、センスという価値基準がよくわからない。数値化できないものをどうして人間は優劣や良し悪しで語るんだ?」

「あー、今すっごい面倒な奴って思っちゃった。まあでも、ナナオちゃんはそうでなくちゃね」


 なんだか照れ臭い……そう、これが照れというものなんだ。

 むずがゆいような感覚に肌が粟立あわだつ。

 でも、僕はバードロンと呼称することにしたシステムへの疑問符を打ち明ける。


「ジェザド、バードロンは自分で本能的に目標へ向かって飛び、爆発するんだな?」

「そうだねえ」

「そのトリガーになるものは、なんだ? どのタイミングでバードロンは、ただの鳥から爆弾ドローンに様変わりする?」

「ん! ああ、そうか……なるほどねえ」

「制御できなければ兵器として有用とは言い難い。なにかキーとなるものがあって、首謀者たちがバードロンを操っているはずだが」


 そう、以前の僕、ネフェリムのようにだ。

 ネフェリムの場合は自律型で、搭載されたAIによってその場その場で適切な判断が下される。だから、人間一人を殺すのにブラスターは使わないし、単身で敵の本隊に突っ込むこともない。

 だが、その基礎たる根っこには司令部の命令がある。

 ネフェリムは常に軍の監視下にあり、ボタン一つで停止するのだ。

 とすれば、バードロンはどうだろうか。


「ふむ! よーし、ナナオちゃん。そのへん調べてみっかねえ?」

「因みにジェザド、友からなにか聞かされてないのか?」

「いんや? それらしいことはなにも……ただ」

「ただ?」

「ヨシュアは完璧主義者でねえ。簡単なことじゃないと思うのヨ」


 バードロンを操る術を、すでにテロリストは手に入れてる筈だ。

 だから、ヨシュア氏を暗殺したあとで証拠隠滅のために研究所を爆破した。そのタイミングに、間抜けにも僕たちは訪問してしまったのだ。勿論もちろん、ルカが率いる憲兵隊の軍人たちもだ。

 僕が記憶する限り、バードロンに襲われた時に異変はなかった。

 簡単に察知できないなにかが、大自然に溶け込む殺意を爆弾に変えるのだった。

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