BORDERLY

ながやん

Act.01 電気羊じゃいられない

第1話「FINAL MISSION」

 何度目かの世界大戦が終わった。

 正確に言えば、つい半日前に停戦協定が結ばれたのだ。

 そして僕たちには、帰還命令がくだされる。

 人通りの絶えた交差点に、人ならざる影が暗く伸びた。

 人間サイズながら、僕たちはあまりにもいかつく刺々とげとげしい死の女神だった。


「第770ネフェリム小隊、集合。状況の終了を確認した。これより帰投する」


 ――ネフェリムNaPeliM

 それが僕たちの呼称。

 個体名はなく、全てシリアルナンバーで管理された都市殲滅用としせんめつようユニットだ。

 人の姿をした、人ならざる虐殺兵器……ロボットである。

 真っ赤な夕闇をアイセンサーで舐め上げ、周囲の廃墟を探る。

 徐々に近付く熱源反応は、成人男性を中心とした人間の一団だった。


「残存戦力の識別を確認。……随分とやられたようだね」


 僕の声にうなずく気配が、四つ。

 つまり、僕も含めて五体が無事と言う訳だ。

 正確には、無事で済まされない損傷の部下もいる。

 その中で、比較的損傷が軽微な777号機が小さくPi! と鳴った。


「隊長、追撃部隊を感知。確認を」

「こちらでも察知しているよ。だが、命令は退却さ」

「771号機の損傷が激しく、自力での高速移動は不可能です」

「……771号機、ダメージを報告せよ。副長?」


 僕にとって771号機は、頼れる副官だ。

 だった、と言うべきか。

 すでに彼女のパルスは感じられない。常時リンクされたネットワークで、771号機の信号は途絶えつつあった。

 僕はマニュアルに従い、即断即決する。


「777号機、彼女のメモリを保全だ。データをバックアップ後……破壊しろ。動けなければ置いてゆくしかない」

「しかし隊長。二機以上で牽引して移動すれば、21%の速度低下ながらも全員離脱できます」

「そして、三時間後に追撃部隊に背後を急襲されるという訳かい?」

「……以前、整備兵に言われたことがあります」


 777号が妙なことを言い出した。

 作戦行動中は勿論もちろん、平時でも時々彼女は感情をエミュレーションしてみせるのだ。小隊で一番の撃墜数を誇るからか、人間社会やメディアへの露出も多いのが原因と推察できた。

 僕の特別な感想は、ない。

 強いて言えば、ストレージの無駄遣いだと思っていた。


「その兵士は、こんなことを言っていました。曰く『お前の躯体くたいは金がかかってるんだ、ポルシェが何百台も買えるんだぜ?』と」

「まずは機密保持を優先する。……ポルシェ? ポルシェ、ポルシェ……データベース、検索」


 ヒット数、ゼロ。

 僕たちが接続しているデータベースには、ポルシェなる兵器の該当はなかった。恐らく車両のたぐいなのだろうが、ひょっとしたら軍用ではないのかもしれない。

 ネフェリムには、戦うための肉体と知識しかない。

 殺戮の生産性を極めたロボット兵器だからだ。


「……提案了承。771号機を全機で牽引する。777号機、今より副官任務を引き継げ。そして、お前が撤退の指揮をるんだ」

「! わ、私がでありますか」

「他の残存機と協力して、基地へ帰投せよ」

「隊長は……」

「僕はここで退路を確保する」


 全身の兵装は既に、司令部からの信号でロックされていた。

 今の僕にあるのは、文字通り鋼の四肢だけである。

 指で弾くだけでも人間の頭は破裂するし、蹴り飛ばせばダース単位で殺すことができるだろう。だが、停戦命令が発行しているため、それもできない。

 それでも、発生したタスクを実行することに迷いはなかった。


「僕が殿しんがりに立つ。さあ、行きたまえ。権限を副管に移譲……ユー・ハブ」

「アイ・ハブ。権限の移譲を確認。で、では」

「ああ、構わないよ」


 残った部下たちが、777号機とリンクして損傷機へワイヤーを結ぶ。

 そして、振り返らずに彼女たちは去っていった。

 整然とした見事な部隊行動で、酷く安心する。

 僕は夕日を背に、改めて状況を確認した。


「全兵装、強制ロック……セフティ解除不能。交戦許可の申請……否定ネガティブ


 そして夜が訪れた。

 一応僕は、形だけでも身構えてみる。

 人類にとって最も恐れられた兵器が、今は戦う術を封じられていた。

 それでも、僕に恐怖はなかった。

 僕たちはネフェリム、普通のロボットやアンドロイドとは違う。高度に洗練されたAIには、おおよそエモーショナルと言える全てが未実装だった。

 徹底的に排除済みだった。

 777号機みたいな個体が例外中の例外なのだ。


「ん、来たね。さて、人類諸君。悪いけどここは通さ、な……い?」


 僕は驚いた。

 何度も見てきた光景で、幾度いくども処理してきた状況にも関わらずだ。

 驚きの電気信号を発した自分の回路に、さらに驚く。

 そこには、銃を構えた小さな男の子が立っていた。


「うっ、ううう、動くなぁ!」

「……肯定ポジティブ

「動くなよ……少しでも動いたら、こいつでズドン! だっ!」


 ガチガチと歯を鳴らして、子供が震えている。

 その突き出された両手に、拳銃が握られていた。

 勿論、そんな小口径の銃砲では傷も付かない。

 僕の装甲は頑丈なのだ。


「少年、無駄な抵抗はやめ給えよ」

「ひ、ひっ! ごご、ご、ごめんなさいっ!」

「謝罪は不要だ、少年。文法的に会話が成立しない」


 そもそも、僕に交戦の意思はない。

 意思は最初からないし、それに代わる命令も今は凍結されている。

 だが、怯えた様子の少年が振り向くと、そこに大勢の大人たちが立っていた。一人、また一人と増えてゆく。皆、手に武器を握っていた。

 農具や溶接機械など、得物えものは様々だ。

 雑多な文明の利器全てを、僕は武器と判定できてしまった。


「いやがったぜ、ネフェリムだ! おい、こっちだ!」

「油断するなよ……女の皮を被った悪魔だぜ、こいつぁ」

「なーに、もう満足に動かねえよ。戦争は終わったんだ!」

「ああ、終わった。だから、片付けちまおうぜ! やっちまおう、仇討かたきうちだ!」


 形容詞という概念が、この時の僕には理解できなかった。

 戦闘行為に必要がないからだ。

 女の皮を被っていると指摘されたが、僕には標準的なアンドロイドやサイボーグの持つ人工皮膚はない。剥き出しの合金で覆われた全身が、無敵の装甲であり武器だ。

 僕は冷静に、敵意がないことを伝えようと思った。


「市民の皆さん、戦争は終わりました。我々は当該都市での破壊および殲滅活動を停止し、撤退します。停戦協定に従い、落ち着いて行動してください」


 酷く難儀なんぎだ。

 その気になれば、一瞬で皆殺しにできる程度の人間たちだ。

 戦うすべも理由も奪われ、僕はひたすらに無力だった。

 人間なら降伏、投降という手段もある。

 しかし、僕は自律型ながらも兵器なのだ。

 よって、なにかしらの感情をたかぶらせた市民たちに破壊されても、文句は言えない。法も条約も、僕を守ってはくれない。ただ、彼らの戦力では物理的に無理だし、興奮状態のようだが所詮は人間だ。

 そう思った、次の瞬間だった。

 僕の脳裏にアラートが走る。


「警報? ロックオン、されて? ッ――!?」


 僕をなにかが貫いた。

 超長距離からの狙撃だと気付いた時には、自慢の装甲が融解していた。強烈な射撃が胸を貫き、穿うがたれた大穴から火花が咲いていた。

 そのまま僕は、大の字に背後へ倒れた。


「な、なんだ!? おい、誰が撃った!」

「おっ、俺じゃねえよ! けど、チャンスだ」

「ああ! やっちまおうぜ……この街をこんなにしたネフェリムを、生かして返すかよ!」


 また、理解できない表現があった。

 以前から人間が、不安定な精神状態で矛盾や理不尽を口にすることは知っていた。だが、僕はネフェリム、ロボットだ。もともと生きている訳ではないのに、生かして返すなとは……? 論理的な破綻はたんを感じた。

 動力が失われつつあり、僕の思考がどんどん薄れてゆく。

 戦闘データのバックアップと転送すら無理そうだ。

 そんな僕に、市民たちは次々と刃を突き立て、高熱や火炎を浴びせる。


「見ろ、完全にお陀仏だぶつだぜ! ……仇は取ったぞ、見てるか……なあ、天国から見てるよな?」


 多くの者たちが泣いていた。

 夜空には今、無数の炎が大輪の花を咲かせている。

 遠くから音楽と歓声も聴こえていた。

 僕はただ、対空砲火の光みたいだと思いながら、暗い闇へと沈んでゆくのだった。

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