第19話 超能力?
時刻はまだ早いが御堂は夕食を弁当にすることにして「あったか亭」を訪れた。
からあげ弁当を注文して、店員に訊いた。
「穂積さんはいます?」
「いますよ」
気さくな男性店員は奥に首を巡らせると「穂積さあん」と呼んでくれた。
白衣に白帽子の紫恩がむっつりした顔で御堂を見ていた。御堂は『ハアイ』とにこやかに手を振った。紫恩はむっつりした顔を一緒に働く仲間たちに向けた。
「ちょっと出てきてもいいかね?」
中途半端な時間で客は御堂だけだ。同僚のおばさんたちは「どうぞどうぞ」と頷いた。「すみません」とお辞儀する御堂にもニコニコ笑顔を見せた。
紫恩は御堂が弁当を受け取って出てくるのに合わせて勝手口から出てきた。帽子は脱いで、白衣のままではなんなので黒に近い濃い紫色の薄手のジャンパーを羽織っている。御堂は呆れた顔をした。
「どうしておばちゃんって紫が好きなの?」
「うるさいよ。ええじゃろうが、高貴な色じゃぞ?」
ひとの趣味についてあれこれ言うものではないな、ま、ファッションに関しては自分もひとのことを言えたもんじゃないし、と、それ以上追求するのはやめた。
「おまえさんは、誰にでもウケがいいのう」
パンチパーマに眉なし細い目の仏頂面で、初対面の者にはまず目をそらされそうな紫恩はふてくされたように言った。
「ああ、前に紫恩さんのことを訊きに来たから。その時は奮発してデラックスステーキ弁当を注文したしね」
「そうかい。そりゃ毎度あり。で?何か分かったのかい?」
「『命の光』とな?」
「知ってる?」
「いや」
紫恩は記憶を探るように視線を宙に漂わせていたが、諦めた。
「教祖の英世君尊は重度の癌を治すような不思議な力があるんですって。いわゆる超能力者よね?」
御堂はこちらも一種の超能力者の紫恩に『ね?』と顔を覗き込んだ。紫恩は嫌な顔でその視線を避けた。
「一緒にするんじゃない、……とも言えんか。
新興宗教という物を、
単純に新興宗教=詐欺と思っていた御堂は、「命の光」はどっちだろう?、と考えた。紫恩が確認した。
「その『命の光』の幹部が刑事を使って『鏡』を手に入れて、そのエイセイとかいう教祖が今まさに死にかけてるって言うんだね?」
「そう」
御堂は頷き、
「でね、わたしのマンションが火事で焼けちゃったって言ったでしょ? その火事の火元になったのが……」
と、信者であった神崎みどりと、自分が救い出したその娘、神崎葵のことを話した。
「なんじゃと?」
紫恩は非常に驚き、思い切り眉間にしわを寄せた。
「どういうことじゃろうなあ」
紫恩ももちろん火事のことは御堂から聞いていたのだが。
「母親が自分で火をつけたってのは間違いないのかい?」
「多分、そうなんでしょうねえ」
どういうことだ、と紫恩はますます眉間のしわを深くした。
「タイミングが合い過ぎておる……、火事も偶然とは思えんなあ……。
教団から教祖の子を引き渡すよう要求されて、それだけはさせまいと、娘もろとも心中を計ったのか……、それほど教団は邪悪ということなのか?……」
「そっか、単なる育児ノイローゼってわけでもなかったのか」
御堂は少しほっとした顔をした。娘、葵が
改めて神崎みどりのことを思い返してみた。何度か見かけただけで、軽く挨拶くらいしたことはあったかもしれないが、覚えてない。親しく話したことは一度もない。姿を見たのは、駐車場で葵ちゃんがマンションや近所の同い年くらいの子達といっしょに遊んでいるのを端に立って眺めているところだ。他のお母さんたちがグループになっておしゃべりしている仲間にも入らず、いつも一人だった。色白で、目鼻立ちのクッキリした綺麗な人だったが、ひどく神経質そうで、いつも面白くなさそうな顔をしていた。あまり考えないようにしていたが、その美貌を生かして華やかな世界にいたのが、若くして思いがけず子どもができてしまい、仕方なく今の生活に引っ込んだ、と、そんな女性週刊誌的なストーリーを思わず想像してしまったりしていた。
子ども……葵ちゃんを愛していないのではないか……
という思いがどうしても
娘を見る目が暗かったのは、邪悪な教団という背後があり、娘の将来を
と、御堂は考えることにした。
ふと思いついた。
「ねえ、おばさん。変なこと訊くけどさあ、葵ちゃんのお母さんが、実は超能力者だった、なんてことはないかな?」
「はん?」
紫恩は御堂の
「いえね、消火を指揮した消防隊の隊長さんが現場で炎を見ながら言ってたのよ、『化学工場じゃあるまいし、なんなんだこの火事は』って。実際、ボンボン爆発して、かなり激しい火災だったわ」
紫恩は真剣な顔で御堂を見つめた。御堂も真剣な顔になって続けた。
「火事の後マンションに行ってみたけど、鉄筋コンクリートだからね、外から見ても……崩れてもいないし、壁はかなり
ねえ?と御堂は紫恩に意見を求めるように首を傾げて見せた。
「確かに、妙じゃなあ……、しかし……」
紫恩は、ううむ、と首を振って、
「炎を操るなど、それはもう霊能力者なんてレベルではない、魔法、魔術師の技じゃろう」
と、否定的に言った。
「そっかあ、ないかあー」
御堂は自分の過ぎた想像力に笑った。しかし紫恩は笑えず、はっとして言った。
「娘は、……何故助かった?…………」
うん?と御堂は首を傾げた。
「そんな激しい火事の中で、火元の部屋におって、何故娘は焼け死なんかった?」
「それは……」
最初から謎だったのだが。紫恩は自分の思いつきに驚き、それを顔に貼り付けたまま言った。
「超能力者というなら、むしろ…………」
「葵ちゃん…………」
御堂も幾分血の気を失った顔を紫恩と見合わせた。
そうだ、隊長さんも言ってたではないか、あの不可思議な火事が、
「あの子を焼き殺そうとする物と、助けようとする物が、相争ってたみたいだ」
と……
「いや、分からん」
紫恩は早急な結論を避けるように首を振りながら、それでもゾッとする気分を振り払えずに苦悩した。
「教祖の死にかけている教団……、その教団が手に入れた呪われた鏡……、尋常でない力を持っているかもしれない教祖の娘……。ええい、嫌な予感しかせんのう…………」
「あ、そうだ」
御堂が申し訳なさそうにダメ押しの情報をもたらした。
「英世君尊にはもう一人、葵ちゃんより一歳上の娘がいて、この子は教団で育てられているんだって」
紫恩は怒ったような呆れたような顔でじっと御堂を見つめた。御堂は思わず冷や汗を浮かべながら情けなく笑ってしまった。
「ふうー……」
紫恩は太いため息をついて、空を見上げた。
いつか視て悪夢の到来を確信した空。
その下に広がる地方都市の、全国どこにでも見られるごく普通の町並み。
御堂も一緒に眺めながら訊いた。
「今、町の様子はどう?」
呪われた黒い鏡が持ち出され、元凶となった黒い社を暴き、紫恩自身(いったいどれだけ悪化しているだろう?)と覚悟していたのだが。
「いや。……至って静かなものじゃ」
「そうなんだ?」
御堂は拍子抜けして緊張を解いた。しかし空を見続ける紫恩の額には次第にじっとりと重い脂汗が浮かんできた。御堂も再び緊張した。
今日の空はどんより灰色の雲に覆われ、空気は不快に湿っている。それは梅雨時の自然の天候によるものだ。
しかし紫恩には確信があった。
「嵐の前の静けさってやつだよ」
心臓にドキン、ドキン、と不安な乱れを感じる。
灰色の雲の中に、それとシンクロするように怪しげな、ドス黒い、命脈を感じる。
今まで無秩序に拡散していたものが、明確な目標を得て、集まってきている……
必ず、何かが起きずには収まるまい。
紫恩は年のせいも疑われる不整脈を抑えるように静かに息を吐くと、
「さて、行くよ」
と店の方を向いた。二人は今、狭い駐車場の、歩道に面した角に立って話していた。
「長話になっちまった。これ以上サボってたらクビだよ」
とは言え、二人が長話をしている間お客はなく、厨房でもパート仲間たちが暇を持て余していることだろうが。
「オッケー。じゃ、またね」
御堂は自分も夕食だと弁当の袋を掲げて見せた。行きかけた紫恩はふと立ち止まって御堂を振り返った。
「何?」
目をパチパチ、子供みたいなあどけない笑顔で見返す御堂に、
「別に。なんでもないよ」
と紫恩は相変わらずの仏頂面で「バイバイ」と手を振った。
御堂が元気に歩いていく。
それを背中に感じながら、もはや当たり前のように彼女を頼りにしていることに罪悪感を持ちながら、
(すまんのう……)
と、紫恩は心の中で謝ることしか出来ないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます