第26話 降臨


 自分自身その世界の一部となり、この状態を作り出している物を理解した。

 その主体となっているのは七十年前の儀式で死んだ双子の姉妹だろう。

 その舞台となったカガミ村で過去のイメージを見た当初、鏡の中に現れる赤い顔の女が探し求めているのは、事故で破壊された自分の顔ではなく、自分と同じ顔をした、封印から逃れた双子の片割れなのだろうと考えた。

 宮園エリカが登場して、四年前のテレビ番組のロケで、彼女がひどい霊障をわずらってしまったのが、その片割れが彼女に憑依したせいなのではないかと考えた。

 しかし今は、そうはっきり割り切れるものではないようだと思っている。

 カオス。混沌。曖昧模糊あいまいもこ

 七十年前、軍への協力としてくり返された儀式。双子の巫女は、儀式の形を用いたオカルトの実験に参加させられながら、お国の為と言う愛国心と、それに反発する気持ちと、両方あっただろう。

 同じ顔、肉体を持った二人が、一人を演じる儀式で、別次元の同じ人間の霊体の写しを召喚して、自分に重ね書きすると言う、自分の自分に自分が重なると言う頭のおかしくなるようなことをくり返し、そして遂に事故が起こった。

 この時点で、既に相当精神がおかしなことになっていたのではないか?

 事故が起こったのは二人の高いレベルの霊力のわずかの差が、バランスを大きく崩してしまったからだ、と言うことらしかったが、バランスが崩れていたのは力ばかりではなく精神の変調もそうだったのではないか?

 同じ遺伝子を分かち合った双子だろうと、兄弟姉妹は反発し合い、いがみ合うのが普通だ。同じ型から作られた人形みたいに重ね合わされて、無理やり差異を飲み込まされて、いつまでも折り合いをつけ続けられるわけない。

 違う次元が触れ合って、対消滅を引き起こし、ただでさえ「自分」が重なり合って、自分と他人の区別がぐちゃぐちゃになっていたのが、本格的に粉みじんになって、それが「霊」と言うエネルギー体として再集結して、「魂」を取り戻そうとしたとき……、分からなくなってしまったのが、今の混沌ではないか?

 ただでさえあやふやになっていた自分と他者が混じり合ってしまって、自分の人格、他人の人格がごっちゃになって、自分の意識、他人の意識がごっちゃになって、「自分は何者か?」と問うた時の答えが、共通のあの「赤い顔」しか無かったのではないか?

 しかしその共有する認識に対し、これは自分なのか? 他人ではないのか? という自問自答を、果てしなくくり返してきたのではないか?

 それは、気も変になるだろう。

 それがこの混乱と混沌だ。

 姉も妹も、異次元の影も、全部、ぐちゃぐちゃになっているのだ。

 それでも、儀式をになう巫女の使命を忘れてはいないようだ。

 死の直前まで延々くり返してきたことを、ここでも律儀に行っているのだ。

 そんな状態で、いったい、何を呼び出したのだ?

 本来呼び出されるのは鏡に映った自分の異次元の影のはずだが。

 今赤くうごめく瞳が見ているのは、自分の鏡像だと思い込んでいるのは、御堂美久だ。


 それは暗黒の彼方から降ってきた。

 それは物ではなく、次元のチャンネルだった。

 御堂美久は自分が走査されているのを感じ、グリグリと、自分の存在が様々な次元……パラレルワールドに変換されているのを感じた。しかしそれはチューニングの合わないアナログラジオのようなもので、断片的な、壊れた、抽象的な、悪夢的なイメージが無数に自分を通り抜けていくような体験で、圧倒的に不快で、叫び出したくなるものだった。

 そうして一つの次元にチューニングが合い、御堂の存在に、もう一つ、別の御堂の存在が重なった。

(なんだこれは?)

 自分の中にこれまで味わったことのない強烈な感覚が芽生えた。

 ある強烈な感情がわきたち、世界を見る目が変わった。


 七十年前の儀式で起こったことが、理解された。

 呼び出した物に乗っ取られる感覚を実感した。

 自分を高める為に高度な存在を召喚し、しかし高度な存在であれば、それが影であろうと、下等な存在に呼び出しを食らって面白いわけがない。まして儀式が求めたのは戦争で相手をやっつける力だ。そんな性格の、高度な存在が、下等な戦争好きの相手を、

「懲らしめてやろう」

 と思うのも自然なことだろう。

 そうしてちょっとした罰を与えられたわけだ。

 特に何かをしたわけでもない、ただ、悪意を置き土産にされただけだ。

 それに恐れおののき、心臓が耐え切れず、双子の妹は死んだ。

 御堂は?


(なんだ、なんなんだ、この世界は?)

 カアッと怒りが燃え上がる。

(なんだ、なんだ、なんなんだ!?)

 自分が何に怒っているのかも分からず、とにかく腹の底からとめどなく怒りがわき上がってくる。

 何かをぶん殴って、ぶち壊してやりたくてしょうがない。

 これは悪い自分だ、……と言う意識もあるのだが、強烈な感情に圧倒されてしまう。

 衝動をぶちまける力が自分にみなぎっているのが分かる。

 それをぶちまけたくて仕方ない。

 必死に感情の爆発を抑えているのだが、意識の方が張り裂けそうで、どこまで持つか分からない。

 衝動が……、

(とりあえずこいつを)

 目の前の赤い化け物に向かう。

 腕を伸ばして、首を掴んだ。


「なんなんだ、てめえはっ!!」


 なんだなんだなんなんだ、てめえのその化け物顔はよおっ!


 怒りが噴き上げ、バリッ、と、首を掴んだ腕の周りで、最初のひびが世界に走った。




「なんなんだ、てめえはっ!!」

 怒鳴りつけられ、びっくりした。


(え? なんなの?)


 これは何かの撮影だろうか? 居眠りしちゃってマネージャーに怒られた? 自分はいつの間にホラー映画の役なんて得ていたのだろう?


 たった今覚醒した宮園エリカの人格は、なんだかものすごい、赤くグネグネ蠢く空と、自分の首に手を掛けている鬼の形相の女と、…必死に辺りに目を凝らして、同じ赤い顔がいっぱいわめき声を上げている異常なホラーの設定に、とにかくびっくりした。

 状況がまるで分からない。これが現実の出来事とはとうてい思えないし、かと言って自分の首を掴んでいる女の手の感触は、リアルだ。

(ギャー、なに? わたし、裸じゃん!? 気色悪いぬるぬるまみれだけど、真っ裸じゃん!!)

 心の中でギャーギャー騒ぎながら、これは映画の撮影だ、と思うのが芸能タレントである宮園エリカの思考に一番納得出来た。

(わーお、わたしってばほんと、いつの間にこんなハリウッド超大作みたいなSFX映画に出演してたのかしら? そんなら裸もいっか。

 超売れっ子になって、スケジュールびっしりで眠る間もなく、記憶が飛んじゃってんのかな?)

 能天気にそんな風に都合よく考えたが。

 ぐっ、と首を掴む力が強くなる。

(ちょっとちょっと、演技に力入り過ぎでしょ? 苦しいってば。監督さん、カットしてよ?)

 ビシッ、ビシビシビシッ、

 自分の周りの空中に、耳に痛い音を上げて厚いガラスが割れるようなひびが走っていく。

(うわ、ほんとにすごい映像技術。目の前に変な輪っかが浮いてるし……あ、これはピアノ線で吊ってんのか。チャチ。

 でもさあ、こういうのって青バックで撮って後からCGを追加するんじゃないの?

 なんか音もすごいし。超本物志向?

 でも、ほんと、やり過ぎだってば。

 く、苦しい……、

 マジ、死んじゃうってばあ……、

 か、監督、早く、カットを…………)


「なんなんだおまえは!? なんなんだっ!?」


 大声で怒鳴りつけられ、首を絞める力が強まり、

 突如、思い出したくない過去が甦った。

 あの、どっか山の中の村で、黒い神社みたいな建物に入って、そこに何か黒い影が立っていて、わたしは気づかずにそいつに重なっちゃって、そしたらそいつは黒じゃなくて真っ赤で、自分の頭が爆発しそうに訳の分からない映像が流れ込んできて、自分が壊れちゃいそうで、わたしがわたしでなくなって……、あの赤い女になっちゃった…………

 ぐっと喉を締め上げられ、頭が反り返った。

 苦しくて手をもがく。ビシッ、バシッ、ビシッ、とものすごい音が炸裂して身が縮む。

 これはあれの続きなの?……

 わたしはまだ、赤い暗闇の中にいるの?…………


「なんなんだおまえは!? なんなんだっ!?」


 あんたが何をわたしに求めているのか知らない。でも、


(わたしはわたしよ)


 って……、聞いちゃいないか…………

 こういう奴は、自分の聞きたいことしか……、聞かないんだ…………


 わたしもそうか…………


 グッバイ、わたし。



 宮園エリカが生を諦めた時、首を絞める力が緩み、代わりに首の後ろと頭の後ろを抱かれると、引き寄せられ、口を塞がれた。

 ぬるっと柔らかい。鬼女の唇だ。

 頭と背中を抱きしめられ、唇を重ねられ、うんと、吸われている。

 チュパッ、と肉感的な音を立てて唇が離れると、鬼の顔をしていた女が、ニンマリ、妖艶に笑っていた。

「ありがとう。おかげで目が覚めた」


 女、御堂美久は、宮園エリカの肩を押さえて隣りに抱き寄せた。

 ビシッ、ビシッ、ビシッ、と、ひび割れが大きく先へ延び、稲妻のように枝分かれして、世界を白くしていく。

 御堂は宙に浮かぶ黒い輪を掴むと、円を天に向け突き上げた。

「こんな力はいらない! 神様、持ってって!」

 ゴッ、と凄まじい上昇気流が起こり、宮園は悲鳴を上げて御堂にしがみついた。

 赤い風が、黒い輪に殺到して、赤い柱となって天の闇に吹き上がっていく。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、という轟音の中で宮園は悲鳴を上げ続け、御堂は腕をブルブル震わせながら天に向けた黒い輪を押さえ続けた。

 シュッ、と勢いよく抜ける音がして、風はやみ、しんと静かになった。

 二人のかたわらに、巫女装束の同じ顔をした女性が二人、たたずんでいた。

 赤かった顔はきれいな白い肌に戻り、おひな様のつぶらな瞳が、穏やかに微笑んでいた。

 御堂は笑顔を返し、宮園エリカを横に置くと、

「長い間たいへんでしたね。どうぞあなた方も安らかなところへ帰ってください」

 と頭を下げた。

 双子姉妹は揃ってうなずくと、

『ありがとう』

 と感謝の念を残し、ふうっと、白い光となって天へ消えていった。

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