33

(よし。後は、呼吸出来るように元に戻せば、完了だ)

 コウは、左足を犠牲にして『眼鏡斬グラッシーズスラッシュ』を使い、『周囲の大気中から酸素が失われている状態』を『斬って無くす』事によって、自分の周辺の酸素を元に戻した。

 暫く止めていた息を、思い切り吸う。

 と同時に、両手両足を失ったコウは、上半身のみになって、玉野と同じく仰向けに倒れる。

 すると、『眼鏡斬グラッシーズスラッシュ』を使われて意識が朦朧としているであろう玉野が呟いた。

「本当に我に勝ってしまうとはな。約束通り、ボスに会わせてやろう。せいぜい……楽しん……で……来……る……が……い……い…………」

 その言葉に、コウは怪訝な表情を浮かべる。

(何言ってるんだ? 楽しんで来いって、終楽園の居場所とか何も聞いてないんだけど)

 コウの思考は、後ろから掛けられた声で中断させられた。

「コウ君!」

 上半身のみなので、首だけを動かして声の方を見ると、瓦礫の山の中を長浦芽衣がやって来る所だった。余程慌てていてどこかで転倒でもしたのか、先程渡した眼鏡は掛けていない。

 目の前までやって来た長浦芽衣を見て、コウは目を疑った。

「コウ君。本当にごめんね……私のせいで、こんな目に遭わせちゃって……」

 申し訳無さそうに言う長浦芽衣は、腹部を押さえており――服に血が滲んでいた。

「長浦さん、お腹! 血が出てる!」

(さっきの建物内での戦いの最中か!? アイツの攻撃が、流れ弾みたいに当たって? いや、もしかしたら建物を斬った際に、瓦礫とか破片が飛んでしまったのかも……!)

「え? このくらい大丈夫だよ」

 だが、その言葉とは裏腹に、長浦芽衣の額には脂汗が浮いていた。

(辛いけど、無理をしているんだ。何でこの子はいつもそうやって無理して……!)

「それよりも、早くコウ君の身体を元に戻さなきゃ。ごめんね、さっきの眼鏡落としちゃって。もう一回眼鏡を出して貰って良い?」

「長浦さんの怪我を治す方が先だよ!」

「でも……」

「この状態でも、あと一回なら、僕は『眼鏡斬グラッシーズスラッシュ』使えるから」

 そう言うと、コウは胸の中心から眼鏡剣グラッシーズソードを出現させた。

「ほら、怪我した部分をこの剣に触れさせて。それで怪我が治るから」

「コウ君……ありがとう……」

 長浦芽衣は、心苦しそうな表情ながらも、感謝を口にする。

「いいんだよ、そんなことは。ほら、怪我を治して」

「うん」

 ――しかし。

 いつまで待っても長浦芽衣は動かない。

 天気予報は外れたようで、次第に、快晴だったはずの空には雲が立ち込め、雨が降り出した。

 何か違和感を感じたコウが、

「長浦さん、どうしたの?」

 と、長浦芽衣に促そうとした際、何気無く首を動かそうとすると――

「!?」

 ――動かせなかった。一ミリも。

 そして――

「コウく~ん。ありがとう~。本当にねぇ~。クスクス」

 声がした。誰かの声が。

 否、それは明らかに長浦芽衣の身体から出て来た、長浦芽衣の声帯を使った、長浦芽衣の声のはずだ。

 だが、その喋り方も、声質も、普段の長浦芽衣とは思えない程、別人のそれだった。

「一体何を!? 長浦……さん!?」

 質問には答えず、長浦芽衣はただ冷え冷えとした薄ら笑いを浮かべている。

(まるで別人みたいだ……)

 戦慄が走り、残された上半身を何とか動かそうとするが、少しも動かせない。

 眼鏡剣グラッシーズソードはどうかと試すが、眼鏡剣グラッシーズソードも消せなかった。

 一体何が起きているのか。

 焦るコウに対して、長浦芽衣は胸元から眼鏡を取り出した。それは、先程コウがあげたものではなく、彼女が普段からしている眼鏡だった。

「ねぇ~。これを掛けて欲しいんでしょう~?」

 長浦芽衣は、煽るように訊ねる。

 どう答えるべきか思案し、コウが黙っていると――

「でも~、ダ~メ~♪ 掛けてあげな~い。クスクス」

 と、また胸元へとしまってしまった。

(彼女が一体誰なのかは知らない。僕らみたいに、二重人格なのかもしれないけど、それよりもまずは、確認だ)

「随分元気だね……怪我はもう良いのかい?」

 予想外だったのか、きょとんとした表情を見せたかと思うと、長浦芽衣は破顔した。

「アハッ! コウく~ん、本当に優しいねぇ~。大丈夫~。これ、偽物だから~」

 そう言うと、長浦芽衣は自分の腹部をポン、と叩いた。どうやら、血糊らしい。

「そうか、それは良かった。……で、君は誰なのかな?」

「メイのこと~? メイわぁ~、メイだよ~」

 長浦芽衣――メイは、楽しそうにくるりと一回転する。

「君の事を色々聞きたいところだけど、その前に。僕に何をしたんだ?」

「身体の状態を~、『固定ロック』しただけだよ~。体勢と~、あとは服とか付属品の状態も全部ね~。これがメイの力だから~」

「! まさか!」

(そうだ。思えば、変だったんだ)

(長浦さんがいた横長の建物の屋上付近まで瓦礫は積み上がっているから、下りようと思えば、一般人でも下りられなくもない。だけど問題はそこじゃない。問題は、という事実だ。さっき眼鏡を作る時に確認したけど、確かに彼女は目が悪かった。それはつまり、今はコンタクトをしている、という可能性が高いってことだけど……もしそうだとしたら……出来れば違っていて欲しいけど……)

「……君は、デビルコンタクトなのか!?」

「ぴんぽ~ん♪」

 メイは、陽気に答える。と同時に、その双眸と身体が紫色の光を帯びた。

(さっき空中で目の状態を見たときは、コンタクトはしていなかった。地上での戦闘中につけたのか!?)

 すると、メイは唐突に「あ~!」と、大きな声を上げた。

「もう時間無いや~。えっと~、首は~。あった~! まだ首は消えてなかったんだね~。良かった~」

 上半身が残っているので普通に考えれば首だけ消えることは無さそうだが、兎にも角にもそう言うと、メイは胸元から何かを取り出した。それは注射器だった。

「止めるんだ!」

「やめな~い♪」

 そして、コウの首に薬品を注射した。

 その直後――

「これ……は……!?」

 猛烈な睡魔が襲って来る。

「コウく~ん。お休み~。クスクス」

 数秒間は耐えていたコウだったが、抗い難い深い眠りへと誘われて行く。

 意識が完全に途切れる直前。

 コウは、目の前の少女が、一瞬だけ悲しげな表情を浮かべた気がした、

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