30

 ――が、多少焼かれて薄くなったものの、穴を開けることは出来ず、直ぐに周りの泥によって元の厚みに戻ってしまった。

(この炎は!)

 コウが振り返ると、そこには、艶やかな黒髪を靡かせた、純白ワンピースの美少女――観音寺紗希がいた。いつもはポニーテールにしている髪を全て下ろしており、服装も動きやすさ重視だった先日までの物とは全く違う。

 分かっている。ただ一人の少女が現れただけだ。

 それにも拘らず、一気に周りが明るくなったかのような、その美と華やかさが共演する美貌に思わず溜息が出る。

(こんなにワンピースが似合う子も珍しいな)

 長い睫毛に縁取られた美しい碧眼。スッと通った鼻筋。透明感溢れる白い肌に、桜色の可憐な唇が綻ぶ。艶やかな黒髪が純白のワンピースに優しく掛かり、風にふわりと揺れる様は実に優美かつ清涼感に溢れている。清楚という言葉がこれ程似合う少女も他にいまい。

 先程の炎を見ていなければ、または右手に嵌めた厚手の黒手袋の指先から煙が出ていなければ、まさかこの子が火炎をぶっ放しているとは誰も思わないだろう。

「観音寺さん! どうしてここに!?」

 驚愕の声を上げるコウに対して、観音寺紗希は僅かに頬を赤く染めて、目を背ける。

「た……たまたま……! だから……! たまたま……火炎……放射器……買ってる……人から……連絡が……あって……たまたま……お前の……知り合いが……誘拐……されて……お前が……ここに……来る……って……分かった……から……丁度……壊れた……奴の……代わりに……新しく……買った……火炎……放射器……の……試し……撃ちも……したかっ……たし……!」

 ぽつぽつと語る観音寺紗希の言葉に、コウは事情が飲み込めた。

(千夏ちゃんだな。きっと、博士のIDでメッセージを送ってくれてたんだ。『後は何とかしなさい』とか言っておいて、ちゃんとフォローしてくれてるんだよなぁ。本当、頭が上がらないよ)

 そして、言葉を続ける観音寺紗希を見詰めた。

(それに、千夏ちゃんだけじゃない)

「……だから……ボクが――」

「観音寺さん、助かるよ。困ってた所なんだ。力を貸してくれる?」

 すると、少女の顔がパァっと明るくなった。

「うん……!」

 そして、観音寺紗希は両脚を広げ両手を前に突き出すという、ワンピースに似つかわしくない勇ましいポーズで構えると――

「離れて……て……!」

 両手を内側に向けて両手首を接触させた。

 手の平は泥に向けて、手袋型の火炎放射器の両手首が触れている場所に穴が開く。

 そして、穴から巨大な炎が勢い良く噴出した。

(これは、『極限火炎アルティメットフレイム』! これならきっと!)

 ――だが。

 泥は先程よりも更に焼かれて薄くなっているようだったが、周りの泥が逸早く反応して炎が当たっている場所をカバーしてしまい、惜しいところまで行くものの、焼き切れない。

(くそ! これでも駄目なのか!?)

 唇を噛むコウだったが――

「『極限……極大……火炎アルティメット……ギガンティック……フレイム』!」

 観音寺紗希の声が辺りに響く。

 すると、手首の穴だけでなく、花弁のように開いている両手の指全てからも火炎が出て、元々出ていた炎に合流した。

 初めから巨大だった火炎が更にその大きさを増し、建物を覆う泥全体をも包まんとする。

「おおっ! すごい! ここまででっかく出来るなんて!」

 ただ、そこまでしても泥は焼き切れない。

(そんな! ここまでしてるのに!?)

 だが、観音寺紗希は冷静だった。

「『集……束フォー……カス』!」

 彼女の声に合わせて、果てしなく巨大な炎が数メートルのサイズまで収斂されて行く。

 サイズが小さくなるのに反比例して、凝縮された炎はその威力を何倍にも増して行き――

「おおお! とうとう焼き切った!」

 観音寺紗希の目の前、数メートルの円形に、分厚い泥が見事に焼き切れ、向こう側に建物の入口が見えて――

 ――炎がそのまま突っ切り、勢い余って建物に当たる。

「うわっ! まずいまずいまずい! 『眼鏡斬グラッシーズスラッシュ』!」

 慌てて跳躍してコウが炎を掻き消す。

 代償として右腕を失うが、眼鏡を掛けた観音寺紗希を視認して直ぐに元に戻る。

 建物の入口は煙を上げているものの、『眼鏡斬グラッシーズスラッシュ』で炎を一瞬にして消したお陰で、特に問題ないようだった。

 すると、いつの間にかコウの顔に触れそうなくらいの至近距離に近付いて来た観音寺紗希が、コウの目を見上げながら聞いた。

「どう……だ……? ボクは……お前の……役に……立った……か……?」

 目をキラキラと輝かせて訊く彼女に対して。

(いや、今の、中にいる長浦さんごと建物全部燃やしちゃうんじゃないかって思ってかなり危なかったよ?)

(だけど、そんな目を輝かせて見詰められたら……)

「……うん、助かったよ。ありがとう、観音寺さん」

「やっ……た……!」

 小さくガッツポーズする観音寺紗希。可愛い。

「って、言ってる場合じゃない! 折角の穴が塞がっちゃう!」

 周りの泥が押し寄せて来て少しずつ小さくなる穴に飛び込み、何とか泥の向こう側へと行くことに成功したコウが振り返る。

「本当……は……ボクも……一緒に……行きたい……けど……火炎放射器……の……エネルギー……全部……使っちゃった……から……」

 『極限極大火炎アルティメットギガンティックフレイム』は、大きさも威力も凄まじいが、一気に全エネルギーを使い切ってしまうため、再び使おうとすると、帰宅し火炎放射器と共に買った専用の補充機でエネルギーを補充しないと使えないのだ。

 泥の外側から申し訳無さそうに言う観音寺紗希に対して、コウは微笑む。

「これだけしてくれたら、十分だよ! 観音寺さんのお陰で、右腕を消さずに、万全の状態で敵と戦える! 本当にありがとう!」

 それを見た観音寺紗希は、安堵して微笑み返した。

「そうか……それなら……良かっ……た……!」

「うん。エネルギー切れの状態でもしデビルコンタクトと遭遇しちゃうと危険だから、早く家に帰ってね」

「分かっ……た! ボク……すぐ……家に……帰る……約束する……だから……お前も……約束しろ……」

「約束?」

「絶対に……無事に……戻って……来る……って!」

 目を見開くコウ。

 つい先日までは、助けても邪険にして来た女の子が、まさかそこまで自分のことを心配してくれているとは思っていなかった。

 目を細めて、コウは答える。

「うん、約束するよ。絶対に帰って来るから」

「よし……行って……来い……!」

「ありがとう! 行って来るよ!」

 駆け出したコウが、一般人の避難用に開けっ放しにして固定されていたらしい入口の自動ドアから中へと素早く建物に入ると、姿が見えなくなった。

 その直後、泥の壁に開いた穴は周りの泥によって覆われて塞がった。

「青塚……無事に……帰って……来て……」

 泥の向こうへと消えた少年に対して、観音寺紗希は切なげに呟くと、後ろ髪を引かれつつその場を去った。

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