20

 あれから一週間が経った。

 コウは長浦芽衣が心配であれ以降毎日一緒に下校しているが、その後長浦芽衣がデビルコンタクトに襲われることは無かった。

 これには、もしかしたらコウが七年間で三百人以上のデビルコンタクトを倒して来たことが影響しているかもしれない。組織に関する詳細が一切不明であるため、デビルコンタクトの総数は分からないが、コウによって少しずつ減って来ている可能性は十分あった。少なくともコウが主な活動場所としているこのN市に関しては。

 さて。学園では、今日も今日とて、ここ一週間毎日繰り広げられている光景が展開されていた。

「ダーリン♪ やっとお昼ご飯の時間ですわ♪」

「東枇杷島さん、今日も眼鏡、似合っていますよ」

「うふふ。ありがとうですわ、ダーリン♪」

 昼休みの度に東枇杷島舞子がやって来て、窓際にあるコウの席を強引に右側に寄せて左側に東枇杷島舞子専用の特別な席を用意して着席する。これでセッティングは完了。

 次に、コウの腕に抱き付いてコウ成分を補充した後、「あ~ん」と言いながらコウに自分が作って来た弁当を食べさせる。

 食事後には、再度コウの腕に抱き付いて暫く堪能して一連の流れが終了――ということを毎日繰り返していた。

 一日くらいなら、と思っていた長浦芽衣だが、飽きもせず毎日来るのを見るにつけて、膨れ上がる嫉妬を隠さないようになっていった。

「生徒会長さん、コウ君にベタベタし過ぎじゃないですか?」

「あら、小娘。持たざる者の嫉妬は見苦しいですわよ。あなたの胸じゃこういうこと出来ないですものねぇ」

 豊満な胸をコウの腕に押し付ける東枇杷島舞子。

「べ、別にそんなことしたいって思っていません!」

「なら、何かしら? あなたがダーリンの彼女とでも言いたいんですの?」

「か、彼女……!? そうじゃないですけど、でも……」

「それならお黙り」

 ピシャリと言われて、長浦芽衣が黙ってしまう。

 見兼ねたコウが東枇杷島舞子にやんわりと話し掛けた。

「東枇杷島さん」

「何ですの、ダーリン♪」

「僕は、御淑やかな女性は素敵だなって思うんです」

「そうなんですの!? それなら、この私が一番ですわ! 日本の、いえ、世界の淑女と言えば、私ですわ!」

「それは素敵ですね」

「でしょう!?」

「ではお聞きしますが、淑女であれば、公共でどのように振る舞うべきかも勿論御存知ですよね? 例えば、淑女が公共の場で男性に撓垂れ掛かったり、ご飯を食べさせたりするでしょうか?」

「そ、それは……」

 漸くコウが言わんとしている事を察して、東枇杷島舞子は口篭った。

「分かりましたわ! 私は淑女ですもの、今後ははしたない真似はしないでおきますわ!」

「分かって頂いて嬉しいです。ありがとうございます」

 ほっと胸を撫で下ろすコウだったが――

「ダーリンが言いたいのは、いちゃいちゃするのは二人っきりの時だけ、ということですわね! 分かりましたわ!」

「いや、そうじゃなくて……」

「そう言えばダーリン。ダーリンはデビルコンタクト退治をしているんですのよね?」

 頭を抱えて否定しようとするコウに気付かず、東枇杷島舞子は話題を変えた。

「そうですよ」

 ちなみに、この一週間の間、自分が好きな相手のことを全部知りたいと思い東枇杷島舞子が根掘り葉掘り聞くのに合わせて、コウは色々と喋ってしまっていたため、このような情報も把握されてしまっている。

「私も、弱い者苛めをするあの方々が許せませんの! だから、ダーリンがやっつけて下さってると知って、私も嬉しいですわ♪」

(弱い者苛めを許せない? どの口が言うか!)

 案の定、自分のことを完全に棚に上げた発言に対して、長浦芽衣も半眼で見ている。

「ところで……デビルコンタクト退治に関して、ダーリンに聞きたい事がありまして……」

「僕に? 何ですか?」

「それは……あの……その……」

 眼鏡剣により眼鏡に対する憎しみを取り払ったとは言え、生来の自己中心的な性格は変える事能わず、未だに傍若無人な振る舞いを続ける東枇杷島舞子が珍しく言い淀んでいた。

「ダーリンはこの女の子と……お知り合いですの?」

 東枇杷島舞子が自分の眼鏡からコウの眼鏡へとURLを送って来た。この一週間の間に、東枇杷島舞子にしつこく頼まれてコウは彼女と連絡先を交換していたのだった。

「えっと、ちょっと待って下さい。確認します」

 眼鏡に映し出された動画のサムネイル画像に対して、頭の中で『クリックしよう』と考えることで実際にクリックされて、ある映像が流れ出した。

 それはどうやらニュースで流された街中の監視カメラの映像らしく、そこにはデビルコンタクトに立ち向かう一人の眼鏡を掛けた少女の姿があった。

 白の長袖Tシャツにデニムパンツというラフな格好だが、まだ秋だというのに手元にはブーツと御揃いの黒色の厚手の手袋を嵌めている。

 が、一番目を引くのはその容姿だ。

 その艶やかな黒髪ポニーテールは腰まで届くストレートヘア、背は平均くらい。胸の大きさは普通だが、むしろ大き過ぎないが故に身体全体のバランスが奇跡とも言える完璧な調和を保ち、長い睫に彩られた吸い込まれそうな深い色合いの碧眼にスッと通った鼻筋、肌理が細かく雪の様な真っ白な肌、桜色の艶やかな唇。化粧をしている様子でも無いのに、神が賜うた最高傑作とも言えるその顔は、整っているという言葉では陳腐すぎて表現しきれない美しさを有している。それでも敢えて何か言葉にするなら容姿端麗となるのだろうが、その美貌には美の女神アフロディーテさえも嫉妬するであろうと思われる程だった。

 デビルコンタクトに立ち向かうその姿は、まるで女神が悪魔と対峙しているかのような、御伽噺の一頁のように見えた。

 コウが映像を見ている間、東枇杷島舞子は何やら、

「確かに、その子は可愛いとは思いますわ。でも、私の方が、顔もスタイルも上ですわ! ですから、ダーリンには私のことだけを見ていて欲しいんですの!」

 などと言っているが、コウは映像に集中して聞いていない。

 どうやら東枇杷島舞子は、コウと映像の少女が『デビルコンタクト退治』という共通項を持つことから、仲が良いのではないかと勝手に思って嫉妬しているようだった。

 映像は、ニュースに差し込まれた物だけあって短いものだった。

 見終わると。

(どこかで見たような気がする……けど……)

 コウは言った。

「街中で見たことはあるかもしれませんが、知らない子ですよ」

「それなら良いのですわ! 今言ったことは気にしないで欲しいですわ。うふふ」

 安心したらしく、東枇杷島舞子は笑顔になる。

 そのやり取りを見ていて、長浦芽衣は、いつもコウと一緒にいる自分に対しては特に何も言わないあたり、自分のことは眼中に無いのか、と遣る瀬無い気持ちになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る