第214話 獣人、異世界へ降り立つ
政樹さんとの一件から、はや2週間――
あれ以降も度々交流を重ね、提示した案件についても順調に推移している。学生村長との面会についても、近日中には日取りが決まりそうだった。
それはそうと、動画投稿を始めて1か月近く経つのだが……どの動画も再生数が爆上がりしている。とくに政府公認となって以降は、それが顕著に現われていた。
すでに収益化も通っており、最近はサブチャンネルなんかも運用している。樹里曰く、レイティングによる棲み分けを狙っているらしい。内容自体は健全なれど、魔物との戦闘シーンなど若干グロいものを取り扱っている感じだった。ここ最近の配信班は、生配信の準備に勤しんでいる。
――と、そんなこんなで根回しは万全、いよいよ本格的な村づくりが始まる。
◇◇◇
村を作るにあたって、先に周辺の地形を再確認しておきたい。
この村は、周囲を3つの山々に囲われた盆地のようになっている。盆地の規模はナナシア街の半分程度だろうか。少なくとも、1km四方の広さは確保できている。ちなみに、周囲の山も村の土地なので、そこを含めればかなりの広さになるだろう。
村の集落は盆地の南端に位置している。南側だけ平野に繋がっていて、ご近所さんの田畑が広がっている状態だ。まあ、ご近所とは言ってもアレだ。徒歩なら20分以上かかる距離にしかない。
村の南側には農道も整備されており、村唯一の交通経路になっている。こんな田舎の村だが、ちゃんと電気も来ているし、水道と下水も普及している。現状、ガスはプロパンだけど、永遠のともし火があるので全く支障はない。
また、山裾には小さな川が流れており、用水路を通じて農業に利用していた。これについては今後も利用できると思う。が、ここでする農業はあくまでPR用になるだろう。米や麦なんかは異世界から持って来ればいいので、大々的にやるつもりはない。異世界にはない品種の作物をこじんまりと作れたらじゅうぶんだ。
と、まあこんな感じで、街が遠いこと以外は生活するのに何の支障もないわけだ。人口密集地で見世物になるよりは断然マシだと思う。
「おーい夏希、今から結界を拡げるぞー」
「こっちも準備おっけー、もうカメラは回ってるよー!」
上空の夏希に声をかけて盆地全体を結界化する。
中心部から一気に拡がっていく結界――、しょっぱなの獲れ高としては上々だろう。形状について悩んだ末、見栄えを意識してドーム状の半球体にしている。さすがに周囲の山ごと結界化するのは無理だった。信仰ポイントが足りないので、ひとまずは平地部分だけを囲うことに。
『直径1kmの敷地拡張』
『使用した信仰ポイント:20万pt』
『残りの信仰ポイント :30万pt』
広大な土地に拡がる結界は異世界のモノとなんら遜色ない。薄緑色に揺らめき、大地神の加護も正常に稼働していた。――日本にできた初めての村、『ナナーシア村』の誕生である。
「なあ村長、やっぱり村の名前はそれでいくのか? なんかシックリこないんだけど……」
「なんだよ冬也、女神さまの悪口か?」
「いや、そうじゃなくてさ。イマイチ語呂が悪いっていうか……」
まあ、冬也の言うこともわかるよ。正直なところ、私も違和感がある。しかし村のネーミングは加護の効果にも強く関わってくるのだ。女神の名前をそのままつければ、村の恩恵もフルに受けられるはず。少々語呂が悪くとも、女神の名は広まりやすいと思うんだよね。
「冬也、そんなことより獣人たちを呼んできてくれ」
「わかったよ。――あ、今のは内緒にしてくれよな!」
「そりゃ無理だろ。ナナーシアさま、絶対聞いてると思うぞ」
「マジかよ……」
ちなみに、自分の心の声もしっかりと聴かれていた。獣人を待っている最中、女神からの念話が鳴りやまない。「違和感がある」「語呂が悪い」、この言葉が頭の中でリフレインし続けていた――。
◇◇◇
神の啓示(説教)から10分、冬也が獣人を引き連れて戻ってきた。
彼ら彼女らにとっては人生初となる異世界。さぞ緊張してるかと思いきや――みんなの表情は一様に明るかった。
今回は忠誠度90以上の賛同者のみ招待している。昨日の打ち合わせでは100人ほどのはずだったのだが……すでに200人を超えている。先に来たルドルグに話を聞くと、この倍くらいは門の前で待機してるらしい。
(そりゃそうか、みんなだって異世界に興味あるよな)
予想を大きく超える人数に、自宅の様子が心配になる。冷蔵庫の前は大渋滞だろうし、庭先の転移陣はビカビカと光りまくってるはず。あとで結界を張りなおして、冷蔵庫も庭に移動させなければ……。
結局のところ、各種族合わせて400人ほどの獣人が集まった。今日は来てないだけで、希望者はまだまだいるらしい。さすがに結界からでることは許可してないが、異世界との行き来は自由にさせた。戻る際には春香に報告するよう言いつけてある。
「ここが村長の生まれ故郷か」
「普通の田舎村だけどね。ラドたちにとっては新鮮でしょ?」
「まさかこんな日が来るとは……異世界というのは本当にあったのだな」
「私が転移したときもそう思ったよ」
ラドはそんなことを語りながら村の周囲を見渡していた。
「――さて、我々は村を巡回してくる。何かあれば桜殿に報告しよう」
「ああ助かる。こっちでもよろしく頼むよ」
ここには警備隊やナナシ軍の連中も来ている。今後は日本と異世界を定期巡回して、常に状況報告をしてくれる手筈だ。これならどちらで活動していても即対応できる。
ラドたち警備隊と別れたところで、今度は建築士のルドルグがやってくる。――と、どこからともなく樹里も登場して、いつもの開発談議を始めていた。
「ルドルグ、さっそく始めてるようだね」
「そりゃ当然だろ村長、儂らが動かんでどうするか! なあ樹里よ」
「わたしは最近、動画編集ばかりしてて……アレも嫌いじゃないけど、やっぱり街づくりが一番ですよ!」
「樹里のおかげで動画も大好評だよ。ふたりとも今日からまたよろしく」
この村は、異世界にあるナナシアの街と全く同じものを作る予定だ。当初こそ「これこそ異世界ファンタジー!」的なものをと考えていたのだが……やはり「慣れた構造が一番だ」って結論に達した。ナナシアの街と同じほうが獣人たちも暮らしやすい。街の規模は1/3ほどになるがそれでも優に1万人以上は許容できると思う。
「樹里、住居はどうするつもりなんだ?」
「どうするって……建築様式のこと?」
「いや、資材の調達はどうするのかなと思ってさ。日本の材料を使うのか、それとも異世界から持ってくるのか」
「あーなるほど。基本的には異世界から持ってくる予定ですね」
「じゃあ勇人とメリナードも呼ぶか」
「いえ、まだ大丈夫ですよ。向こうで家を建ててから、丸ごと運んでもらう手筈です」
(家を丸ごと……たしかにそのほうが効率いいもんね)
「それならすでに50軒ほど完成しとるぞ」
「お、さすがルド爺、仕事が早い」
「儂は今日からこっちで働くぞ。夏希の嬢ちゃんに頼まれたんだ」
「あー、もしかして配信用かな?」
「よくわからんが、儂らの仕事ぶりを異世界人に見せたいんだとよ」
日本で建築するのは、鍛冶場や食堂などの施設関係がメインとなる。動画の撮影も兼ねているので、ルドルグの解説を交えつつ、じっくり進めていく予定らしい。
(この調子なら、みるみるうちに村が出来上がりそうだ)
優秀な人材が数多く揃い、良質な資材も豊富にある。立地条件も良好だしセキュリティー面も問題ない。となれば、私がなすべきは対外関係の確立だろう。
政府との良好な関係維持。村人勧誘に伴う下準備。そして学生村長、ひいては二柱の女神への対処。この3点を主軸に進めていきたいところだ。
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