第158話 それはおまえの都合だろ


 賢者が転移で消えていくと、剣聖もすぐに領主館へと戻って行った。


 仕留めるチャンスはあと3回、それまでには決着をつけておきたい。またどこかへ行ってしまうかもしれないし、グズグズしてると勇者や聖女も揃ってしまう。



 そう感じた私は、村で待機している桜に念話を入れる。


『桜、こっちの状況は把握してるか?』

『はい、ロアちゃんから聞いてます。賢者と剣聖がいるんですよね』

『大丈夫だとは思うが、念のため転移の準備を頼む。それと、すまん桜……いざとなったら広域魔法を使って欲しい』

『とっくに覚悟はできてます。杏子さんもロアちゃんも同じ気持ちですから、遠慮なく頼って下さい』

『ありがとう。そうならないように一発で決めてくるよ』


 こうするべきとはわかっていても、結果を思えば迷いもある。「罪のない人まで」なんて気取るつもりはないが、「できれば避けたい」という気持ちが心の片隅に残っている。


『啓介さん、僕を忘れないで下さいよ! こういうときの勇者なんですから。いつでも最大出力で放てるように準備しておきます!』

『ああ、頼りにしてる。でも100%はやめてくれ……確実に街そのものが消滅するからな』


 もちろん冗談なんだろうが、おかげでちょっと緊張も解けてきた。これで準備は整ったし、あとは次のタイミングを待つばかりだ。



 それからややあって、再び賢者が大勢の人を引き連れて戻ってきた。


 ――が、今回は見送りだ。周囲の人だかりに紛れているので、対象を目視出来ない。人がまばらになる頃には、すでに転移で戻ったあとだった。


『村長、次は無理やりにでも突っ込むか? それか、ロアさんの土魔法で周りを囲っとくとか……ってダメか。転移して逃げられるよな』

『ああ、ヘタに手を出すと警戒される。最悪、もうここには現れないかもしれん』

『わかった。でもやっぱり、殺るときは同時にいこう。どっちかが確実に仕留めたい、剣聖やらの邪魔が入ることも想定しよう』


 冬也の案に同意して次の機会を待つ、チャンスはあと2回だ。



 ――そこから待つこと20分、魔法陣が出現すると……今度は見やすい場所にいた。すぐに戻ることもなく、周りの人に指示を出している。


『冬也、俺の合図で一気に行くぞ。おまえは左、俺は右からだ!』

『おう、任せろ』


 それから幾分もしないうちに人だかりも消え、周囲には誰もいなくなった。賢者はその場から動かず、たいした警戒もしていない。


『よし、行くぞっ!』


 合図とともに天幕を飛び出すと、結界の周りには何人もの人影がチラつく――。だがそれにかまわず全力で駆け寄る。標的は賢者ただひとりだ。



 ――その間わずか3秒――


 俺と冬也が握った剣は、寸分たがわず賢者の胸元へと吸い込まれていった。




◇◇◇


 天幕まで戻った私たちは、周りの喧騒を聞きながら息を整えていた。そのすぐ隣には、もう息をしてない賢者が横たわっている。



 あのあと――私と冬也はすぐに引き返した


 戻るときには軍勢に囲われてるかと思ったが、そうはならなかった。ロアが土魔法で地面を陥没させて、落とし穴にハメていたのだ。香菜も一緒にいたから、相手は誰がやったのかすら認識できてないだろう。


 それと賢者を連れてきたのは、聖女に蘇生させないため。そんな能力はないと思うが、念には念をというヤツだ。死者への冒涜……そんな言葉が頭をよぎるが、自分の中で言いわけを探してごまかしていた。


 

「ふぅ。どうなることかと思ったけど、一番理想的な結果なんじゃないか? これで開拓地が襲われる心配もなくなったぞ村長」

「ああそうだな。これで一安心だ。もう大丈夫だよ冬也、持ち直した」

「ならいいけどさ。――まずは丁重に弔ってやろうぜ。まあ、自分でやっといて何言ってんの? って感じだけどな」


(はぁ……まったくもって情けない。よし、ここで切り替えよう!)


「ロアと香菜も助かったよ。あの判断は見事だった。おかげで最善の結果が出せた」

「妙に警戒が薄かったので……魔法の準備は常にしていました。たぶん、50人くらいは落としてやりましたよ! ねっ、香菜さん」

「ロアちゃんお見事でした! ――ところで村長、さっき領主館から出てきた女性って鑑定できたんですか?」

「まあ一瞬だけな。たぶん聖女だったと思うんだけど……」


 賢者を連れて戻るとき、領主館から剣聖と、もうひとり女性が出てきたんだ。振り向きながらの鑑定だったし、すぐに剣聖の後ろに隠れたからよく見れなかった。


 鑑定結果はたしかに『聖女』とでたんだけど……すぐに表示がブレて違うものに変化したんだ。


「職業とか名前はわからなかったけど、スキルがズラッと並んでた。それこそ勇人と同じかそれ以上だった気がする」

「なんか怪しいですねその女……。まあ、ひとまず帰りましょうよ。全然出てくる気配もないし、目的も果たせましたし!」

「そうだな、まずは帰ってみんなに報告だ。きっと心配してるだろうしね」



 こうして無事、開拓地を狙っていた首謀者を消し去り、村へと帰還するのであった。




◇◇◇


 村へと戻った私たちは、すぐに賢者の埋葬をおこなった。


 この賢者には、今までみたいに実害を受けたわけじゃない。あくまで可能性を憂慮しての行動だった。後味の悪い決着となったが、村が蹂躙されたり、大切な人が殺される未来を想像すると、決して間違った選択ではないと断言できる。


「それはお前の都合だろ」ってのもわかってる。それを加味したうえでも、『自分にとっては』正しい判断だと思い込むことで納得させていた。



 諸々の後始末がひと区切りして、村に集結していたみんなに詳しい事情を話していく。

 領主館を中心に、何万という日本人が転移していること。帝国はケーモス領を最終拠点にすること。賢者を仕留め、ナナシ村への襲撃を未然に防いだこと。ほかにも知りえた情報はすべて共有した。


「勇者と聖女のスキルは気になりますけど、ひとまず村は安全ですね。四人ともお疲れ様でした!」

「ああ、桜の出番がなくてホントよかったよ。何万人規模の殲滅なんて、想像もしたくないからな」

「でも自分と村を襲うんだったら、私は迷わずやりますよ。死んでしまったら、悩むことすら出来ません」

「たしかに桜の言うとおりだ。俺はまだ迷いがあったわ……1年近く経つというのに情けないよ」 

「いえ、啓介さんはそれでいいと思いますよ。逆に迷いが皆無だったら、それこそ魔王ルート一直線ですからね」

「そっか……。だが迷っても必ずやる、それだけは約束するよ」


 まあそんな感じで――ここでもフォローを頂戴しつつ、今後の対応についての話し合いを進めていくのだった。


 おっといけない、もうひとつ大事な報告があったわ。


 今日の夕方、もう一度天幕へ転移したんだけどさ。まだたくさんの人が庭園にいたんで、領主館の外壁に沿って結界を張っておいたんだ。


 むろん、拘束して始末しようってわけじゃない。帝国のヤツらが「高さ10mの結界を超えられるのか」、これを検証するためだ。森の入口には20mの結界があるけど、それすら超えてくる可能性もあるなら、また何か考えなければならないからだ。


 これについては明日の朝、結果を見に行くつもりでいる。


(超えてなきゃいいけど……まあ、そう上手くはいかないだろうなぁ)












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