第105話 まるでマンモスのようだ


 朝から念話を送ってきたメリマスの話を、朝食を食べながら聞いていく。


 頭の中で会話するので、口を動かすこともないし、食事の音が相手に聞こえることもない。少し失礼だとは思うけど、このあとダンジョン探索も控えているので、早めに済ましておきたかった。



『食べながらで悪いな。――それで、奴隷商の話ってのは何なんだ?』

『はい。街の近郊でオークが出現するようになったじゃないですか。その影響で、奴隷を購入できなくなりました……』

『え、どういうこと?』

『奴隷商で扱っている奴隷が領主に買われたのです。一人残らず、全てです』


 突拍子な展開に、私もみんなも驚いていた。一瞬、隆之介や領主による妨害かと思ったが、全然違うみたいだ。


 その後にメリマスが語った詳しい経緯は、だいたいこんな感じだ。


1.街の近くにオークが出現。それに恐怖した農民が、防壁の外に出るのを拒否する。ちなみに、その大半は日本人である


2.農作業を継続させるため、街の領主が奴隷を購入して労働力を確保する。これは議会からの指示により実施されたことらしい


3.ケーモスの街にある奴隷商から奴隷が全て消える。他の領でも同様な施策が打たれており、当面のあいだ、村への移住者を確保するのが困難となった



『なるほど……。それでメリー商会が購入済みだった20人も、領主に没収されたわけか』

『名目上、領主に賛同して献上したことになっていますが……。今朝がた、私兵により全員連れていかれました。申し訳ございません』

『謝ることないよ。――それより、無茶して集めなおす必要はないからな。しばらくは静観しながら、食糧品の交易だけ継続してほしい』

『わかりました。他に変化があれば、またすぐに報告します』


 今回の件、メリマスには何の非もない。人材補強がとん挫したのは痛いけど、議会主導で動いているなら仕方がないことだ。


 「街からの撤退も視野に入れて動け」と、会長のメリナードが指示をだして、メリマスが念話から抜ける。



『椿、まだ聞いてる?』

『はい、聞こえてますよ』

『昨日も少し話したけど、調査期間を延ばすことにする。奴隷の受け入れがダメになった以上、急いで戻る必要もなくなったからね』

『では、交易はそのまま継続、東の森ダンジョンでの修練も引き続き行う、ということで進めておきます』

『ありがとう、毎晩必ず連絡を入れるよ。村のことはよろしく頼む』

『連絡まってますね。皆さんもお気をつけて』



 タイミングがいいのか悪いのか、予定通りに村へ戻る必要も無くなった。村人を増やせないのは残念だけど、ダンジョン調査に専念できると思えばなんてことはない。

 理由はどうあれ、移住者が来なくなるのは当初から想定済みだ。そのうち難民なんかも出て来そうだし、まだまだチャンスはあると思う。



「さてみんな。聞いてたとおり、これでじっくり調査できる。どうせだったら、徹底的に攻略してやろう」

「お、今の言葉忘れないからな! 途中で帰りたいって音を上げても、そう簡単には帰さないぞ!」

「言質はとりました。私も絶対に帰しません!」


 私の宣言に、冬也と桜が速攻で食いつく。

 ちょっと迂闊な発言をして後悔しつつも、腰を据えてじっくり挑もう、と決意を新たに調査を再開したのだった。




◇◇◇


 異世界生活230日目

  東の森調査開始から16日経過 


 メリマスの連絡があった日から10日が過ぎていた。


 あれから毎日、朝早くからダンジョンに籠り、戻る頃には真っ暗になるまでミノタウロスを狩りまくった。


 最初の5日間で、16層から20層までの階層を踏破。その後は転移陣を利用して、手当たり次第に狩場を移し、魔物を屠る日々が続いた。

 全員のレベルもどんどん上がり、戦闘技術も向上、今ではミノタウロスも敵ではない。戦闘経験が少ないメリナードにしても、1匹なら単独で倒せるまで成長している。


 各自のレベルは、冬也と桜が79。それに次いで春香と秋穂が75、ドラゴは74、メリナードも70に上昇している。私に至っては、なんと驚きのレベル85だ。100回を余裕で超える実戦経験のおかげで、身体能力だけじゃなく、剣術のほうもかなりの上達ぶりだ。


 村の様子も変わりなく、東の森ダンジョンでも、毎日レベルアップに励んでいると報告があった。


 ただ、気がかりなことがひとつだけある。


 勇人と一緒にいた女性陣が、隆之介になびいて首都に移って行ったことだ。これは、何日か前にメリマスが教えてくれたんだが……。


 最初の頃はみんなで頑張っていたが、執拗な嫌がらせが続き、まともな生活ができなかった。そんなとき日本商会からの勧誘があり、立花と葉月以外の女性たちは、全員、鞍替えをしたんだと。

 日本商会の待遇は、これ以上ないほどの好条件だったらしい。始めは拒否していた女性たちも、最後は自ら望んで隆之介のもとに行った。


 立花と葉月のふたりだけは、今も勇人と行動している。だが、嫌がらせも継続しており、あの手この手で勧誘が続いているようだ。

 皮肉なものだが、養う人数が減ったことで、ダンジョンの稼ぎだけでも生活できている状態だと教えてくれた。


 当の本人は、さぞ落ち込んでいるかと思いきや、割と元気にやってるようだ。メリマス曰く、何か吹っ切れたように穏やかな表情だったらしい。

 


 ――と、そんなこともあり、当初の調査期間は過ぎたものの、万全の状態が整った今日、ついに21階層へ挑戦することになったのだ。


「あれが最初の広間みたいです。魔物を確認したらすぐ鑑定をお願い」

「上級鑑定士の春香にお任せあれ!」


 現在は21階層に降り立ち、通路を進んで最初の広間まで来ていた。



 少し間を置き、先頭をいく冬也が通路の脇から広間を覗く。



「おいおいおい……何だよあれ。マジかよ」

「なんだよ冬也、俺にも見せ」

「っ、うわっ! 顔を出すな村長!」

 

 冬也の態度が気になってしまい、そっと広間をのぞき込むと……バカでかい生き物が目の前に鎮座していた。


 かなり広い空間、その中央付近にいるはずなんだが、その魔物があまりにも巨大なため、目の前にいるかのように見えてしまう。


「ふたりとも邪魔! 早くどいてっ」

「「あ、すまん(ごめん)……」」


 春香が小声で怒りながらも、全身毛むくじゃらの巨大生物を鑑定する。


「巨大牛Lv85、スキルは『硬質化』ね。文字通り、自分の体を硬くするパッシブスキルよ」

「レベルが高い上に体も硬いのか。あの毛が固くなるのかな?」

「啓介さん、巨大牛って名前には突っ込まないんですね」

「見たまんま巨大な牛だし……いいんじゃない?」


 巨大牛という名の魔物は、日本でいうところのバッファローとか水牛に似ている。全身が剛毛で覆われ、頭には大きな角が2本生えている。


 まあそれは良いとしても、とにかくデカい。まるで象に毛が生えたような――あ、そうか。マンモスだわ。見た目は牛だけど、イメージとしてはそんな感じっぽいかも。


 そんな、割とどうでもいいことを考えていると、



「――で、戦っていいんだよな?」

「冬也よ、聞くまでもないじゃろ! あのような強敵、挑む以外の選択肢などないわ!」

「おっ。ドラゴさん、話がわかるね! んじゃ秋穂、強化魔法を」

「ちょっと待って冬也、あいつレベル85だよ。あんな大型初めてだし、気づかれる前に作戦を立てないと」

「作戦、か。まあそれも大事だけど――」


 冬也とドラゴはやる気満々の様子。秋穂の助言に反発するのかと思いきや、少し違うようだ。


「仮に作戦を練ったとしても、上手くいかないことのほうが多い。秋穂の言うとおり初の大型だし、何をしてくるかわからず、作戦の立てようもない。だったら逃げ道を確保しつつ、色々試すのが一番だ」ってことらしい。


(春香の上級鑑定でも、弱点や苦手属性もなさそうだし、攻撃パターンすら不明な現状、作戦も立てられないか)


「それではこうしましょう。メリナードさんと秋穂ちゃんで退路の確保を、春香さんは周囲の増援警戒と私の護衛ね。冬也くん、村長、ドラゴさんの三人で、巨大牛の注意を分散しながら攻撃してください。私も後方から魔法で支援します」



 冬也の話をまとめた桜が各自の役割を決めたところで、いよいよ戦闘が始まる。




















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