第102話 太古のメッセージ
桜が発見した石碑には、獣人族の言語でこう綴られていた。
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もうこの街も終わりだ
牛型の魔物が地上に溢れ村も次々に襲われた
これは禁忌を犯し続けた我ら獣人への天罰
ダンジョンに立ち入ってはならない
これは神の与えた恩恵などではなかったのだ
我らは西へ移り住む
逃げ延びた同胞よ、ひとりでも多く西へ
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「これで獣人が住んでたのは確定したな。んで、ミノタウロスの脅威に抗えず街を捨てて西へ逃げた」
「ナナシ村のある大森林を抜けて、大陸の西へ移住したってこと？」
「だととすれば、今から５００年前までの出来事ですね。それより昔の大山脈は、北から南まで全て繋がっていたはず……」
「それは変だ。５００年前、過去の勇者一行が大山脈の一部を消失させたって記録は残ってるんだろ？ だったら禁忌についてや獣人の移住についても伝わってないとおかしい」
「そのようなこと、議会の文献には一切残っておらぬぞ」
「でしたら、もっともっと昔の出来事ってことになりますね」
「種族の存亡にかかわる一大事なんだ。余程古い話でない限り、何も伝承されてないってのは変だ」
これだけ発展した文明なら、文書に残す媒体だってあったはずだ。５００年間でその記録のすべてが失われるとは思えない。
だがもっと昔のことなら、大山脈をどうやって超えたのかという疑問は残る。南端の崖から飛び降り、海を泳いできた？ ……いや、流石にそれは無理があるだろう。
「禁忌、ってのは何でしょう？ ダンジョンに入る行為なのか、それともダンジョンで何かやってたのか」
「神の恩恵って書いてあるし、魔物を倒してレベルを上げること、もしくはドロップ品のことじゃない？」
「その両方って線もあるな」
「禁忌とされるダンジョン侵入が原因で、ミノタウロスが地上に溢れた。……まさにオークの件と被りますね」
「その理屈でいくと当時の獣人たちは、もっと深い階層のボス部屋を攻略したことになる」
「太古の獣人は、それほどの力を有していたんじゃな。そうでもなければ、あのレベルの階層主を倒せるとは思えん」
「まあそのへんは、いくら考えても答えはでないよ」
ひとまず他も調べてみようとなって、その後も中心部を隈なく調査していく。
中央通り付近には、予想通りに大き目の建物がいくつかあり、教会や鍛冶場、用水路だったと思わしき跡なんかも見つかった。
持ち去ったのか風化したのか、本や書物の類は残されておらず、残念ながら当時の様子を示す明確な情報を得るには至らなかった。
ひと通りの調査を終えたので、そのまま市街地跡で昼食を摂ることにした。
これまでに見つかった情報を整理しながら、みんなでああだこうだと考察を繰り広げている。「このあとどうしようか」という話題になり、近場にあるだろうダンジョンを探すことに決まった。
ダンジョンに入るのは禁忌らしいけど、魔物が地上に溢れた原因を究明するには、直接ダンジョンを調べるのが一番だ。
「なあ、街周辺を調べる前にさ。ちょっと試したいことがあるんだけど」
「おっ、冬也の閃きがでたか。これは期待できそうだな」
「こういうときの冬也くんにハズレはありませんからねっ」
「ちょっと桜さんまで……。なにもなかったら恥ずかしいじゃないですか」
「ごめんごめん、冗談よ。――それで、試したいことってのは？」
「えっとですね。さっき見つけた石碑、ってか床をぶっ壊してみません？ オレ、ダンジョンはあの床の下にあると思う」
「ほぉ、と言いますと？」
「あのとき桜さんが出してた大量の水なんだけど、そのほとんどがあの床の隙間へ流れていったの、気づきませんでしたか？」
「え、そうだっけ……。春香さん気づいた？」
「あのときは石碑にばっかり目がいってたからなー。ちょっとわかんないかも？」
冬也曰く、あの床の下に大きな空洞があるからこそ、大量の水が吸い込まれていったんじゃないか、ということだった。
「それにさ。ダンジョンに立ち入るなって文章のすぐあとに、『これは』神の恩恵じゃない、ってあったでしょ？ それって、あの場所こそがダンジョンの入り口だともとれるでしょ？」
「たしかに、文脈的には普通『あれは』だよね。『これ』っていうと、石碑の場所を指してる感じがするかも……」
「あの床でダンジョンを封鎖したってことですか……なるほど一理ありますね」
「力づくで移動できるならいいけど、ダメそうなら最悪破壊することになる。なんにしても、最終的な判断は村長に任せるよ」
「いいね、やってみよう。万が一、中から魔物が溢れる事態になっても、結界で囲うから大丈夫だ。ドラゴもメリナードもそれでいいよな？」
「もちろんじゃ！」
「私も異論ありません」
話も纏まり、片づけを済ませた私たちは、再び石碑の前に並び立つ。
色の違う床の周りを結界でグルッと囲んでから、まずは全員で動かせないかを試すことにした。
石碑周りの床材をはがして地面を掘っていくと、青黒い床の厚みは30ｃｍ以上ある。石碑の両幅も背丈の３倍はあるので、流石に無理かと思ったのだが……僅かに浮かすことはできた。
「っ！ 冬也さんお見事です！ 確かに階段があり、形状も村のダンジョンと同じもののようです」
隙間を確認したメリナードが興奮しながらそう話す。
「うへぇ、流石にこれを動かすのは無理だ。仕方ない、壊そう」
「お待ちを村長、これなら私の空間収納で回収できると思います」
「あっ、なるほど……その手があったよな」
全体の形状さえ判明すれば、空間収納でイメージして回収できるだろう。サイズ的にもいけるみたいなので、さっそくやってもらう。
石碑が無事に回収されると、空洞の中から濃密な魔素が放出された。それを感じても、とくに不穏な気配もないし、身体にも異常はない。竜気に敏感なドラゴも似たような感覚らしいので、とくに気にする必要はないだろう。
「ここからは冬也と桜が仕切ってくれ。素人の俺が口を出しても碌なことにならん」
「わかりました。――ではまず、１階層の転移陣まで行きましょう。もし深層まで解放されていれば、私たちでもそこまで飛べるはずですからね」
「隊列はドラゴさんと春香さんとオレが前衛、村長はしんがりを頼む」
「「了解っ！」」
中の様子も一切不明なため、魔物との早期遭遇を警戒しながら慎重に階段を下りていく。幸いにも中は明るく、魔道具なしでも視界は十分確保されている。
それからほどなく、階段の終わる先には空間が広がっていた。
周りの雰囲気も、東の森にあるダンジョンと酷似していて、中央部には転移用の黒い石柱が鎮座している。どうやらこれで、ダンジョンであることは確定したようだ。
七人が石柱の周りに集まったところで、桜が次の指示をだす。このまま転移陣を発動させて下層へ降りるのかと思いきや……。流石は安定の桜、しっかり石橋を叩いて渡るつもりのようだ。
「転移陣を発動させる前に、まずはこのまま１階層から探索します。転移の仕組みとか、出現する魔物が同じとは限りませんので」
「オレもそれが良いと思う。出てくる魔物が弱けりゃ、下層への階段探しを優先すればいいし」
「では、陣形はこのまま維持して先へ進みましょう。日暮れ前にはいったん地上へ戻るつもりで行きます」
まさかいきなり強敵が出てくるとは考えにくい。……とはいえ、地上でミノタウロスが徘徊していることを鑑みれば、慎重に調査していくのがセオリーだと思う。
転移陣にしたってそうだ。発動させたとたん、強制的に最下層へと飛ばされ、対処できないほど強い魔物に蹂躙される可能性も、ゼロではないのだ。
「それじゃあ、みんないくぞっ」
こうして、階層を順に攻略することになり、遭遇する魔物を確認しながら進んでいくのだった。
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