第99話 パワーレベリング
村を出発した私たちは、ひとまず東のダンジョンに到着していた。
「村長、無理をするなよ」
「ああラド、そっちこそな。留守の最中、みんなのことを頼む」
「我らに任せろ。こちらもしっかり鍛えておくぞ」
あとのことをラドに託し、結界を延ばしながら北に向かって進んでいく。ダンジョン組とはここでお別れだ。
この世界の主な水源は、大山脈から流れる川だ。ここ東の森でも、大山脈から海に向かって川が流れているはず。まずはそれを目標に探索を開始した。
人が生きていくためには、安定した水源の確保が必須だ。飲み水は当然として、農業から工業に至るまで、文明の発展には必ずと言っていいほど重要な条件となる。
この東の地で生活する人々がいるのだとしたら、その生活圏は川の近くにあると考えるのが妥当だろう。
「ひとまず、今日はひたすら北に向かって進むぞ。寄って来たオークも、放置せずしっかり倒していこう」
「儂がひとっ飛びして、上空から探してもいいが?」
「もちろんそれも視野に入れてる。けどせめて数日、様子をみてからにしよう。迂闊に結界の外へ出て、どんな化け物に襲われるかもわからん」
「うちの村長は
「あせらずじっくり行こう。急ぐ理由なんて何ひとつ無いんだ」
仮に獣人領でオークが暴れようが、村には大して影響ない。「新たな発見ができれば儲けもの」くらいな気持ちで挑めばいいのだ。
そんな感じで私たち七人は、周囲を確認しながらゆっくりと北進していった。
◇◇◇
かれこれ3時間ほど歩き続けたが、今のところは目立った変化もなく、たまに現れる魔物も通常のオークばかりだった。人がいる痕跡もないし川も見つからない。
唯一の変化と言えば、森に生えている木々の間隔が、少しずつ広くなったことくらいか。と言っても劇的にではなく、「多少まばらになってきたかな」という程度だった。
「みんな、そろそろ昼にしよう」
陽もだいぶのぼってきたので、『物資転送』を使って食事を村から転送する。
「しっかし、村長様さまだよなぁ。いつでも出来たてが食えるなんてさ」
「ホントにありがたいですよ。野営経験の少ない私たちにとって、これがあるのと無いのじゃ大違いです」
「村との繋がりも感じられますし、この上ない安心感がありますな」
「椿さん、私と桜さんのためにお魚料理も入れてくれてる。嬉しい」
村からの食事に感謝しつつ、すぐに動ける程度の軽食を摂ったあと、身支度をしてすぐに移動を再開する。
午後からも順調に進んでいくのだが……。結局、さして目立った発見も無いまま初日の探索は終了となった。
野営の準備もおわり、今は焚火を囲んで雑談中だ。「パチッ、パチッ」と音が響く中、温かい食事をいただいている。
「初日の収穫はゼロだったな。まあそんな簡単にはいかないか」
「今日一日で進んだ距離は、概ね20kmでしょうか。この調子だと、想定より早く終わってしまいそうですね」
「何の発見もないまま、どんどん進んだだけだしなぁ」
レベルアップのおかげで、一日中歩きまわっても全然疲れない。七人もいれば、誰かしらが話しているので、精神的な疲労も少なかった。こうして上手い食事も摂れるので、ストレスも感じなかった。
「それにしましても、『徴収』能力は凄まじいものですね。今日一日で、自分の体が全く別人のように感じられます。歩いている最中も、ずっと変化し続けていて……なんとも不思議な感覚でした」
と、そんなことをしみじみ語るメリナード。実は今日の出発前、彼に『徴収』能力を継承していたのだ。
メリナードにはずっと街での仕事をさせていた為、ダンジョンに入ったのもつい最近、この中でひとりだけ低いレベルだった。
普通なら、おいそれと渡せる能力ではないが、彼の忠誠は既に上限の99、名実ともに信用のおける立場にいる。ならせめて、「オークに引けを取らない程度」にはレベルを上げさせようと思い、継承に踏み切ったのだ。
「メリナードのレベルは、結局いくつ上がったんだ?」
「それがなんと! 驚異の25アップです! もともと17だったから、現在はレベル42ですよっ」
「税率50%だったとはいえ、とてつもない上昇率だな」
「私たちやダンジョン班が倒した魔物の経験値、その半分がゴッソリ手に入る訳ですから。でも良かったですね、メリナードさんっ!」
「パワーレベリングの副作用もないようだし、空間収納持ちが強くなるのは村の利益だもんねー!」
「メリナードさんは今までずっと、村のために尽くしてくれたんだ。オレもこれくらいの恩恵があって良いと思います!」
「……皆さんには心から感謝を。正直に申しますと、とめどなく強化されていく自分に、歓喜して震えております」
実力で手に入れた力じゃないことは、メリナード自身もじゅうぶん理解している。それでも、冒険者が夢だった彼としては、この事実を本心から喜んでいるようだった。
「明日以降は税率を下げるけど、しばらくはそのまま所持しててくれ。15階層のボス戦に向けて強化しとこう」
「村長、ありがとうございます。このような機会は二度とありませんので、遠慮なくお預かりします」
「ああ、まだ街でも活躍してほしいからな。レベルが上がれば私も安心して任せられるってもんだよ」
「この身を賭してでも……と言うと村長が嫌がりますね。自身も生き延びながら、村のために尽くしてまいります」
実際問題、メリー商会の存在とメリナードのスキルは、超がつくほど貴重なのだ。そう簡単に死なれては困るし、彼を強化することのデメリットはなにもない。本人も前向きなので、今しばらく続けることに決めたのであった。
そうこうしている内に周囲も暗くなり、交代で夜番をしながら一夜を明かした。運がいいのか、魔物も夜は寝てるのか。夜の間に襲われることも無く、静かな時間が過ぎていった。
◇◇◇
異世界生活215日目
2日目の朝、村で用意してくれた温かい朝食を頂いたあと、手早く片づけをして探索を再開する。時折り結界に突っ込んでくるオークを倒しながら、順調に歩を進めていくと――。ようやくひとつ目の発見があった。
東のダンジョンから30km離れたところで、待望の川を見つけたのだ。
その川の規模は、村近くの川とほとんど同じ。さして蛇行もしておらず、流れも緩やか、いかにも人が利用し易そうに見えた。
「ついに見つけましたね。どうします? 上流に登るか下流に下るかですけど」
「そうだな、まずは上流に行ってみよう」
ここから西の大山脈までは5kmほどで着く。逆に下流である東側は、どこまで続いているかも不明だ。まずは大山脈までを調査して、何もなければ東に向かって川沿いを進むのが良さそうだ。
みんなも賛同しているので、さっそく西に向かって結界を延ばす。川を挟みこむように拡げているため、進行方向の視野もしっかり確保できている。この状態なら、建造物や痕跡があればすぐにわかるだろう。
結界により周囲の木々も消え、見晴らしの良くなった道を川沿いに進むが……。これといった痕跡もないまま、ついには大山脈の岩肌が視認できるところまで来てしまった。
相変わらず、見上げても頂上を確認できないほどの絶壁がそびえている。その周囲にはとくに変わったものもないし、人が生活していたことを連想させる人工物なんかも確認できなかった。
仕方なく引き返すことにして、もとの場所に戻ったところで野営の準備をする。
「はぁ、結局今日も空振りだったなぁ」
「おいおい村長、まだたったの2日だぞ? 弱音吐くの早すぎっ」
「そうですよっ。だいたい、そんな簡単に見つかるなら、昔の調査隊がとっくに何か発見してますって」
「そうなんだけどさー。なんていうか、物語とかだと――。重要なものがすぐ見つかって、ポポンッと原因を突き止める、みたいな流れになるじゃん?」
「はあ? そんなわけないだろ……」
「ひょっとして村長。2日目にして、もう飽きちゃったんじゃないでしょうね?」
「飽きてはないけど……やっぱ俺、こういうの向いてないのかもしれん」
「なんだそれ? 駄々こねた子どもかよ! こんな未知の冒険、早々できるもんじゃないぞ? オレなんか、昨日からずっとワクワクしっぱなしだ」
「私もすごく楽しいです!」
「うんうん、あたしもー!」
初めてダンジョンに行ったときもそうだったが、最初のうちは興奮してても、しばらくすると急に気持ちが覚めていた。
「ふぅ、なんか水を差して悪いな。……冬也の言う通り。滅多にない経験だし、明日には何か見つかるかもしれん。俺も気を入れなおして挑むよ」
「まったく……。村にいるときはものすごく頼れる存在なのに、外に出るとコレなんだよなぁ」
「まあ、それが村長らしさなのかも知れませんけどね」
「村での村長は恰好いいよ。私も凄く親身にして貰ったばかりだし、とても頼れる人だと思う」
「何でもこなす完璧な人間などおらんからのぉ。こういう一面を見せるのも、また魅力のひとつじゃろうて」
周りの空気を壊した上に、みんなにフォローまでさせるとは……。明日からは、ちゃんと気持ちを切り替えて捜索に挑もう。
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