第26話 十八歳 お兄様の愛人
「――っ」
重たい瞼を持ち上げながら、気怠い体で寝返りをうつ。
高い所に一つだけある鉄格子の窓から、光が降り注いでいる。
いつの間にか外は明るくなっていたようだ。
「朝……?」
昨夜はあのまま、意識が無くなるまでお兄様に求められて、それから……
肌寒い空気にぶるりと震え、わたしは毛布を手繰り寄せ身体を丸め包まった。
まだ寝ぼけて思考がまとまらないまま、なにか違和感を覚えもう一度目を開き部屋を見渡してみる。
「ここは?」
目に入るのは古い書籍が並ぶ本棚と、隅に寄せられたガラクタの入った木箱がいくつか。奥にある小部屋には、小さなユニットバス。
明らかにお兄様の部屋でもわたしの部屋でもない……。
(あれ……?)
昨日の事を思い返してみても、途中で記憶が途切れているのだけれど……いつの間にかわたしは綺麗な寝間着を着せられ見知らぬ部屋に運ばれた?
それからしばらく部屋を見渡し、部屋を出るにもカギがかけられているので、どうにもならないと戸惑っているうちに、お兄様が外側からカギを開けてやってきた。
「目を覚ましていたんだね、フローラ」
お兄様は、いつもの笑みを浮かべ「目が覚めた時に傍にいなくてごめん」と謝りながらわたしの額にキスを落とす。
「お兄様、ここは?」
戸惑いながら聞くと、お兄様は特になんてことのないように答えてくれた。
ここはお兄様のお祖父様がその昔使っていた趣味部屋で、お祖父様がお亡くなりになってからは物置きとなり、今では部屋の存在を知るものすらいない、忘れ去られた場所らしい。
だからわたしを閉じ込めておくには、ぴったりの場所なのだとお兄様は言った。
「と、閉じ込めるって、どういう意味?」
「フローラ、よく聞いて。オレたちは、クラリスに引き裂かれそうになっていたんだよ」
どうしてもわたしが気に入らないクラリス様は、わたしをお屋敷から追い出すために、色々と裏で手を回していたらしい。
遠くの、もう二度とお兄様に会えないような僻地へわたしを嫁がせようという計画も出ていたと聞く。
お兄様は、わたしを決して手放さないと訴え守ってくれていたようだけど、公爵家の圧力によりそれも限界になり、わたしをこの場所に隠すことにしたのだと言う。誰にもわたしたちを引き離せないように。
「オレたちは、たった二人だけの家族で、想いあっているのに、引き裂くなんてあんまりだろう?」
「で、でも、わたしをここに閉じ込めたって、なんの解決にもならないと思うわ」
「そんなことないよ。クラリスたちには、フローラは異国へ留学に行ったと伝えておく」
彼女の望みはフローラが屋敷を出て行くことだったのだから、わざわざ留学先を探し出してまで無理やりフローラを僻地へ追いやろうとはしないだろうとお兄様は言った。
でも、じゃあわたしは、これからずっとこの地下室で生活するってこと?
「毎日会いに来るよ。それから、フローラの欲しいものはなんでも持ってきてあげる」
だから、いい子でいてねとお兄様は、笑った。
まるでこれが最善の方法だと言うように。
「待って、お兄様! わたしっ」
「なあに? まさか……この部屋で暮らすことが不満なの? 外に出たら、オレたちは、引き離されてしまうのに?」
「…………」
ここから出してと言おうと思った。けれど、お兄様の言葉を聞いてなにも言えなくなった。
お兄様と引き離されてしまうなんて、わたし……耐えられないもの。
「……なんでもないわ。でも、一人ぼっちは寂しいから、いっぱい会いに来てくれる?」
「もちろんだよ。大丈夫、オレもこの部屋で寝食を共にするから」
わたしが頷くと、お兄様はそれはそれは嬉しそうにうっとりとした笑みを浮かべる。
お兄様が喜んでくれるなら、これでいい気がした。
「約束ね」
それでも最初は、この状況に若干の違和感と不安を覚えたわたしだったけれど……。
一日、三日、そして一週間、二週間と、日数が経ってゆくにつれ、些細な違和感は薄れていった。
お兄様は約束通り予定のない日は、毎日この地下室にやってきてわたしを求める。
わたしは、お兄様の手によって色情を覚え、彼の色に染められてゆく感覚すら心地良いと思ってしまうの。
そのたびに、ああ、もう兄妹には戻れないんだと虚しさが胸をつく。
わたしは、お兄様の……愛人になったのだと思う。
正妻となるクラリス様に隠れて、こんな風にコソコソと続けている関係を、他になんと呼べばいいのか、わたしには分からなかった。
胸が苦しくてわたしが涙を流すたび「ごめんね、痛かった?」と、お兄様は勘違いをしてわたしを気遣い頭を撫でたり抱き締めてくれる。そういう優しいところは、昔からなにも変わっていない。
そんなお兄様が愛しいと思う。
「なんでもないの。もっと愛して、お兄様」
「愛してるよ、フローラ。愛してる、愛してる、絶対に離さない」
(嬉しい……)
何度も愛を紡いでくれるお兄様を、わたしは恍惚と見上げていた。
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