お嬢様は義兄の執着愛に気付かない
桜月ことは
第1話 十歳の日常
わたしの名前はフローラ。どこにでもいる平凡な女の子。
十歳になったばかりの頃、お母様がローレンソン子爵様と再婚して、わたしにはダンディなお義父様と五つ歳上の優しいお義兄様ができた。
最近のお母様は念入りにお化粧をするようになり、とても素敵だと思う。幸せそうなお母様を見るとわたしも嬉しい。カッコイイお兄様ができてお姉様も喜んでいる様子。
でも、そんなわたしには最近少しだけ困っていることがあるの。
「美味しそうなタルトね」
ある日の食後、ブルーベリータルトを前にお姉様が嬉しそうに表情を綻ばせる。
わたしの前にタルトがないのは、我慢できずに食前に食べてしまったから。
夕食も済ませお腹いっぱいだったわたしは満足して席を立とうとしたのだけれど、そこで姉と目が合って少し嫌な予感がした。
「はぁ……そんなに物欲しそうな目で見られたら食べづらいわ。フローラは自分の分を食前に食べていたでしょう」
姉のミラベルが困った顔をしてそう諭してくる。
物欲しそうな目で見たつもりなんてない。だってわたし、お腹いっぱいだもの。
なのにそれを聞いたお母様ったら。
「ミラベル、フローラにも半分わけてあげなさいな」
「でも、お母様っ」
「妹に我慢をさせちゃ可哀相でしょ」
お母様は優しい声音で二人が喧嘩しないようにとそう言い聞かせてくるけれど。
待って、話を勝手に進めないで。わたしはお腹いっぱいだから遠慮したいわ。そう言おうと思ったのに。
「……わかったわ。フローラ、どうぞ」
お姉様はタルトを半分にすると、悲しそうな瞳のまま静かに微笑んでわたしに差し出した。
「あの、わたし、いらなっ」
「よかったわね、フローラ。お姉様にありがとうって言いなさい」
慈悲深い微笑みを浮かべる母に言葉を遮られる。
「じゃあミラベルには、オレのタルトを半分あげるよ」
するとわたしたちのやり取りをずっと黙って聞いていたお兄様が、自分の分だったストロベリータルトを半分にしてお姉様に差し出した。
「そんな、これはお兄様の分だもの。いただけないわ」
「いいんだよ。ちょうどお腹がいっぱいで食べきれそうになかったから」
申し訳なさそうにするお姉様にお兄様が優しく微笑む。
「ブライアンお兄様、ありがとうございます」
姉はそんなお兄様にはにかみながらお礼を言った。
「…………」
わたし……少しも欲しいなんて思ってなかったのに。でも、今さらいらないとも言いづらい雰囲気なので、仕方なく「ありがとうお姉様」と言って、はち切れそうな胃を撫でながらタルトをほおばる。
そんな家族団欒(?)のなか、寡黙な父ビッグス様は終始無言で席を立っていったのだった。
(うぷ……お腹が苦しい……)
お姉様は最近こうしてわたしにモノを差し出してくる。
わたしが少しも欲しがっていないものを、なぜか欲しがってると勘違いしてくるのだ。
正直に言うと困ってしまう。だって、はたからみたらわたしはまるで姉のモノを横取りする困った妹に見える気がするの。
そんなある日、わたしはショッキングな事実に気付いてしまう。
「ふ、太った……」
なんだか二の腕やお腹がぷにぷにしてきた気が……原因はもしかしなくても、お姉様に押し付けられる食べ物の数々。
今はまだ他人からみて気付かれるほどの肉付きではないけれど、このままなにもしないでいたら、数年後にはブクブクと太って肥満になってしまうかもしれない。
わたしだって女の子だもん。着られるドレスがなくなってしまったら悲しいし、このままじゃいけない。
そう思ったわたしは、その日から夜な夜な庭で走り込みを始める事にした。
なんで夜にこっそりなのかといえば、家の人たちに太ってきたと知られるのは恥ずかしいという乙女心からだ。なのに。
「フローラ」
「お、お兄様!? こ、こんな時間にどうしたの?」
庭に出た所でお兄様に見つかってしまい慌てる。
「それは、こっちの台詞だよ。こんな深夜にいったいどこへ行くんだい?」
わたしは最初、もごもごと言い淀んでいたのだけれど、お兄様が心配そうにわたしを見ていることに気が付き、仕方ないので正直に話すことにした。
「お庭でジョギングを……しようと、思ったの」
「は? ジョギング? こんな時間になんで?」
意表を突かれたような顔をされ、居たたまれない気持ちになりながらも、わたしは最近太ってきたこと、恥ずかしいから誰にも内緒で運動しようと思ったことを伝えたのだけど。
「……ふっ、ははは」
「な、なぜ笑うの!」
お兄様が突然吹き出すものだから、余計に恥ずかしくなってわたしは顔を真っ赤にさせた。
「ああ、ごめんね。怒らないで。バカにしているわけじゃないんだ」
「でも、お兄様笑ってる!!」
目に涙を浮かべて爆笑だ。そういえば、お兄様はいつもニコニコ笑顔だけど、こんな風に笑った顔は初めてみたかもしれない。
「ごめんね、フローラ。オレはてっきり、キミが家出しようとしているんじゃないかと思っていたから」
「え?」
今度はわたしの方が驚き目をぱちくりさせてしまった。
「大丈夫? キミも大変だね。悩みがあるならいつでも聞くよ」
「???」
お兄様は労わる様にわたしの頭を撫でてくれたけれど、なんのことだかさっぱりわからない。
「ありがとう、でも、悩みなんてないわ。だって、お兄様たちと家族になってから毎日幸せだもの」
「っ……本当に?」
「もちろん! 家族が増えて毎日楽しい!」
わたしの返答になぜかお兄様は少し驚いた顔をした後。
「そっか。オレも、フローラを見てると毎日楽しいよ」
そう言って、微笑んでくれた。美形のお兄様の笑みは見惚れる程に綺麗だった。
その日から、夜にわたしがこっそりジョギングする時は、なぜかお兄様が毎回様子を見に来てくれるようになったのだけど、わたしが走っている姿を見ているだけで暇じゃないのかしら。とわたしは不思議に思っていた。
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