第52話 The beginning and then 〜1〜


「……決行は二週間後。王の生誕祭なら近衛兵も少なく、城内も賑やかになる。それに乗じよう」


 王城の奥まった場所にある武器倉庫。

 護衛もなく普段ならほとんど誰も立ち寄らないこの場所に、十人ほどが身を寄せ合って密談をしていた。

 ブレイク王子を取り囲み見守る顔は皆一様に、強張った表情を浮かべている。

 かねてより画策していた義の蜂起。いよいよその時が、決定されたのだ。


 背筋に汗がじわりと滲む。体の全身が硬直していくのをエリシュはつぶさに感じ取った。


「どうしたんだいエリシュ。もしかして怖気付いたのかい? 君らしくもないなぁ」

「い、いえ、ブレイク王子。決してそのようなことは……」


 エリシュは慌てて否定をする。


 ブレイク王子の洞察力は、目を見張るものがある。

 大概はその勘の良さを、家臣への気遣いに充てることがほとんどだったが、この時ばかりが勝手が違っていた。

 優しさを交えた少々揶揄するような言い回し。

 周りの同志へ与える士気への影響を考慮した発言と同時に、自分と二人きりのときにだけ時折見せる、素の口調。

 それは16歳の少年としては当たり前すぎる、てらいのない無垢な色だ。


「……とうの昔に覚悟はできています。『弱いものが幸せに暮らせる国に変えたい』……ブレイク王子のお考えを聞いたあの日から……!」


 エリシュは決意の光を瞳に宿し、ブレイク王子を直視する。

 

 冷静さが私の信条。

 いついかなる時も、慌てず、無駄なく、最善の案を頭の中で構築する。

 だけど、いつだってそう。彼は、凍てつく視線をさらりと躱す。

 そして優しく包み込むのだ。

 今、私を見据えている、この瞳で。


「……いつものエリシュに戻ったようだね。これで僕も安心したよ。この決起には、エリシュの力が欠かせないからね。頼んだよ」


 この心をほぐすあどけない笑顔が、エリシュにさらなる忠誠を高めると共に、淡い恋心を募らせていく。10歳近く歳が離れた、己の主君に。


「ブレイク王子。私の兄が、王の近衛兵を勤めております。兄も常々、今の悪政を嘆いていました。事情を説明すれば、きっと我々に賛同してくれるかと存じます」

「おおベント! それは心強い! ベントの兄が味方についてくれるのなら、相手を内側から撹乱することができる。是非口説いてもらいたい」


 だがすぐさまに、側近の一人が異を唱える。


「お言葉ですがブレイク王子。決行まで二週間というこのタイミングで、同志を急増するのは賛同しかねます。ベントの言葉を疑うわけではないのですが、万が一のことも考えないといけないのではないでしょうか?」


 武器倉庫が、静寂に支配された。埃の揺らめく音さえも、聞こえてきそうだ。


「……確かにその懸念は払拭できない。だが、我々の同志は30人程。いくら城内の警備が緩む生誕祭と言えども、そんな大人数で玉座の間までは目通りできない。間違いなく扉を守る兵士たちと交戦になるだろう。数で押し切っても、全員が玉座の間まで、たどり着けない。加えて最低でも10人の近衛兵が、王を守護している。そのすべてがランクAの強者たちだ。その一人でもこちらの味方についてくれるなら、我らの悲願は成就する可能性が上がるだろう。……もとより奇襲の形をとっても、成功の可能性は半分以下なのだからね」


 冷静に状況を分析するブレイク王子に、周りの同志も言葉が続かない。


「……だから、賭けよう。この国を変えたいと思うまだ見ぬ同志に。そしてそれでも足りない分は、我々がこの国を想う気持ちで補おう。狙うは王、ただ一人。だけど必要以上に兵士は傷つけないようにね。そしてこの中の誰かの剣を、必ず王まで届かせてほしい」

「……それって、結構難しいですよ? ブレイク王子」


 側近の一人が仰々しい表情で、目を見張る。だけど悲壮感は感じられない。

 周りを取り囲む側近たちにも同様の表情が、笑みを浮かべた顔が、一様に並べられていた。


「ハハハハハハ。ごめんねみんな。僕の我儘に付き合わせちゃって」


 自分の親を亡き者とする。

 その葛藤を乗り越えるのに、この少年がどれだけ苦しんでいたか、側近たちの全員が知っていた。

 だから今更、余計な同情は無用だ。

 王子の肩書きが剥がれ落ち、少年の顔へと戻った彼を、やわらかな苦笑が包み込んだ。


「はぁ……今更何を言われるのです」

「我らはどこまでもお供しますよ、ブレイク王子!」

「この国の民を真に想われているのは王子、ただ一人ですから」


 あどけなさを残す少年はエリシュを見ると、屈託のない笑顔を真正面からぶつけてきた。

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