第47話 一騎討ち

『妾がこの外魔獣モンスターたちを率いる『冷徹の魔女』と呼ばれし者。そこの人間よ。よもや簡単に死ねるなどと思わんほうがいい。ここまで好き放題暴れた報いを、存分に受けるがよいぞ!』


 緩やかに右手を動かすと、鉄球は緑に塗られた付着物をばらまいて、遠心力を蓄えていく。

 高速で弧を描き、唸りを上げるモーニングスター。

 迅速かつ雄大に『冷徹の魔女』が戦闘態勢を整えると、周りの外魔獣モンスターたちは二歩、三歩と後退りを始め、決戦の土壌を二人に明け渡していく。


 大和の後ろには、エリシュたちも駆けつけていた。階層主フロアマスターの一軍も、周りの外魔獣モンスターを牽制しながら、両者の動向に固唾を呑む。


 大和と『冷徹の魔女』との、一騎討ち。手出し無用の一対一タイマン勝負。

 この勝敗が戦局を大きく左右することは、周りで見守る兵士たちの表情からもうかがい知れる。

 むしろ本能の赴くままに行動する外魔獣モンスターのほうが、会得しているのかもしれない。

 

「———兄貴! 負けないでくださいっ!」


 アルベートの激励が、号砲の代わりとなった。

 皮切りにまずは『冷徹の魔女』。左手の杖をかざすと無詠唱で放たれた数発の火球が、大和を襲う。

 集中力を存分に高めた大和も、抜かりはない。サイドステップで見事に回避する。だが、そのほんのわずかな隙を突いて『冷徹の魔女』が、大和との間合いを瞬時に奪う。

 荒々しく振り回さた鉄球が唸りを上げて、大和の顔面を確実に捉えた。


 ———かに見えた。誰の目にも。


 非の打ちどころがない華麗なコンボ。恐らくは『冷徹の魔女』の十八番おはこの攻撃手段。それさえも大和は余裕で掻い潜り、『冷徹の魔女』へとさらに距離を詰めていく。

 鼻先が、触れ合うくらいまで。


「なあ、お前玲奈だろ……? なんでこんな格好してんだよ。……早く、目を覚ましてくれよ!」

『な、何を言っている! 貴様なんぞ、見たこともないわ!』


『冷徹の魔女』は狼狽しながら飛び退いた。赤く燃える眼光が、大和を射抜く。

 額に、頬に、血管が浮き上がると、いびつに歪み伸縮を繰り返す。つい先ほどまで涼しい顔をしていた相貌そうぼうが、醜く崩れ出した。もはや名前の所以ゆえんたる冷徹さは、毛ほどにも感じられない。

 

 怒りに我を忘れた『冷徹の魔女』から放たれる、速射性を兼ね備えた魔法攻撃マジックアタックによる中距離攻撃と、足元が小爆発を起こすほどの瞬発力によるモーニングスターでの肉弾戦。

 常人ならばこれほどまでにその襲撃のさまを、披露することはなかっただろう。先制攻撃で命を刈り取られていた。まず間違いなく。

 

 だが大和は、それらを全部見切っていた。

 風を駆るほどの動きと、人間の域を超えた反応速度。

 すべての行動が『冷徹の魔女』を凌駕りょうがしていた。


 その上で自らは手を出そうとは、決してしない。

 隙をうかがっては接近を繰り返し、しきりに『冷徹の魔女』へ、何事か話しかけている。


「玲奈」

「目を覚ましてくれよ」

「一緒に帰ろうよ」


 大和なら、必殺の一閃を叩き込むチャンスはいくらでもあった。

 その好機を捨て、『冷徹の魔女』の攻撃をただただかわしては、にじり寄っていく。

 

『くっ……!』


 憤怒よりも焦燥を募らせていく『冷徹の魔女』。自分の必殺パターンがまったく通用しない。すべて外される。面白いようにけられていく。


 苛立ちを隠しきれないまま『冷徹の魔女』は後ろに飛び下がると、一旦大きく距離を取る。

 左手の杖に埋め込まれた魔石が怪しげに輝き出すと、低い振動音が轟いた。『冷徹の魔女』が自身の魔法力を杖に送り、そのエネルギーを増幅させていく。

 怪しげな儀式の音が、鳴り止んだ。


『い、一体なんなのだ! 貴様は!! ———こ、これでも喰らえぃ!』


 掲げた杖の魔石から大量の火炎が噴き上がると、空中で一箇所に集約されていく。巨大な炎塊は、振り下ろした杖と同時に大和目掛けて放たれた。

 暴れ狂うフレアを絡み付けた、灼熱の豪球が迫り来る。

 対する大和は腰を落とし、得意の抜き身の構えから。


「うおりゃああああああああああ!」


 演舞にも似た流れるような所作から、激しい斬撃を繰り出した。

 

 火球と斬撃が空中で衝突すると、大気を盛大に震撼させる。

 しばらく続く、互いに譲らない力の拮抗。側にいた外魔獣モンスターが、一瞬で蒸発した。


 そして競り合いは、終焉を迎える。ばぁんと、大きな風船が破裂するような音が鳴り響くと、巨大な火球は霧散した。


『な、な、なんだと!? ……わ、妾の渾身の一撃を、剣圧だけで止めたというのか……?』


 この一撃で勝負がついたのだと、場の空気が先走る。

 大和の後方の集団が歓喜に湧き、誰もが勝利を疑わなかった。


「そっか……。こんな姿だもんな。分からないのも無理はないよな」


 勝ちどきとは反対に、大和の両手がだらしなくぶら下がった。

 同時に彼の体から眩い光がせていき、頭髪の黄金は毛先から紺へと色を戻す。

 そして、無防備にヤマトは両手を広げ。


「もう、お前しかいないんだよ。いい加減、目を覚ましてくれよ、玲奈……」


 近づいていく。『冷徹の魔女』に。


『ひっ……! く、くるなぁ……』


 慄然りつぜんに襲われた『冷徹の魔女』は、モーニングスターを闇雲に振り回して後ずさる。

 ヤマトの左腕が、弾け飛んだ。


「…………っ!!」


 瞭然りょうぜんとした血の赤が舞い散ると、ちぎれた腕が重力を失って、どさりとがらくたのように地へ落ちた。

 それでも大和は怯まなかった。痛みを唇で噛み殺し、腕一本を大きく開いて近づいていく。

 精一杯の笑みを浮かべながら。


『ふ、フハハハハハハ! と、とうとう狂ったか貴様! ……望みとあれば、この一撃で死ぬがよい!』


『冷徹の魔女』の左手の杖が一瞬光ると、魔力の刃がそそり出た。

 忌まわしい槍と化した杖を振りかぶると、迷いなく大和に向かって投げ放つ。


「———危ない! !」


 咄嗟の声が、大和の前に立ち塞がる。

 必殺の一撃に身を挺して防いだのは、クリスティだった。

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