第20話 受けた借りは必ず返す!

 下層へと続く階段を降り、ここは79階層。

 80階層より上の人工的に整備された迷路ダンジョンとは違って閉塞感を感じさせない開けた空間ではあるが、地面には苔生した岩肌が起伏を生み出し、天井からはつらら状の鍾乳石が垂れ下がっており、まるで巨大な洞窟のような作りとなっていた。


 俺たちは階段の側で腰を下ろし、ひとまずは息を整える。


 軽量甲冑ライトアーマーの購入ついでに80階層で買い込んだ回復薬ポーションや食料、水などの数量を今一度確認しているエリシュの背中に、俺は声を投げ掛けた。


「なあ……80階層のあの女が玲奈じゃなかったのは残念だったんだがな……国家反逆罪って一体どういうことだ!? 俺が城を飛び出したのも、はたから見れば『プチ家出』みたいなもんだろう? それがなんでこんな大事件になっているんだよっ!」


 俺の知らない事情が、きっとある。

 振り向いたエリシュは垂れる黒髪を指ですくい、耳の後ろへと流す。遮るものがなくなった視界に俺を捕らえ、ゆっくりと口を開いた。


「ブレイク王子はね、クーデターを起こそうとしていたの」

「く、クーデターぁぁぁぁぁ!?」


 想像の範疇はんちゅうを超えた答え合わせに、俺の頭の中は真っ白になり言葉さえも失ってしまう。

 暫く続く無音状態。ようやく俺は言葉を取り戻す。


「……い、いやちょっと待て! 一旦整理。……ブレイクって王子だよな?」

「ええ」

「王子って、偉いよな? 生活にも困っていないよな?」

「まあ、そうね」

「その偉い王子様がクーデター? どういうことか、さっぱりわからないんだけども!?」


 エリシュがそらを見上げた。天井は高いが暗闇の奥に見えるのは、迷路ダンジョンの岩壁のみだ。見上げているのはブレイクとの思い出だろうか。


「偉いからこそ、よ。……さっきも少し話したけど、平和なのは80階層と最上層の王城だけ。だって外魔獣モンスターの数が絶対的に少ないし、ステータスランクの高い人は80階層へと上がってしまう。このハラムディン全体を見れば平和なのはごく一部。ブレイク王子はそんなこの国を変えようとしていたの。だけど一度権力や平穏な生活を味わった人間は、それを安易に手放そうとはしない。……だからブレイク王子はご自分の肉親に反旗をひるがえし、クーデターを計画していたの。もちろん私も賛同者の一人よ」

「……でも、ブレイクは死んでしまった」

「ええ。クーデターを事前に察知した王———ブレイク王子の父親が、毒を盛ったと王子側の人間は考えているわ。……確証はないけれどね」


 エリシュは薄弱な水の膜を瞳に作り、迷路ダンジョンの遠方に意識を馳せていた。

 溢れ出す思い出に耐えるその横顔を、俺はただただ静観することしかできない。


 ———いや、俺にできることがあるとすれば。


「……なあエリシュ。ブレイクはクーデターを起こして、何をしたかったんだ? 具体的に教えてくれ」

居住階層ハウスフロアの戦力統一と今の階級制度の撤廃。『自分を守れない力のない弱い者こそが、上層階に相応しい』……よく私にそう話していたわ。後は外魔獣モンスターの駆逐、もしくは停戦交渉ね。外魔獣モンスターにも言葉を解し知能ある存在がいるのよ。最下層の報告で、そう聞いてるわ」


 外魔獣モンスターは自然発生している訳じゃないらしい。つまり、裏で糸を引く存在がいるってこと。


「———よし! 玲奈探しを手伝ってもらってる借りもあるしな! 階級制度の撤廃とか、王子の真似事はできねぇが、外魔獣モンスターの駆逐なら俺も手伝うぜ!」

「ヤマト……あなた……」

「だけど、玲奈探しが第一優先。これはぜってー譲れないからな! 玲奈を探して下層を目指す。外魔獣モンスター退治はそのついでだ。そこは忘れないでくれ!」


 エリシュの頬に一粒の雫が走る。『口調は全然違うのに』と、溢した口元は対照的に優しい弧を描き出した。

 女の涙には勝てないよな、と、どこかの陳腐なセリフを鵜呑みにして、俺は自分自身を納得させる。そして同時に。

 

 ———今このときにも、玲奈は一人で泣いているかもしれない。


 消えない恋の情炎に、ありったけの想い燃料を注ぎ込んで。

 手足を動かそう、がむしゃらに。

 待っている人がいるんだから。


 俺は心情の勢いそのままに立ち上がると、大きく目を見張ったエリシュを笑顔で見下ろした。


「さあ行こうぜ、玲奈が待っている下層へ。次は50階層だったよな? グズグズしてる暇なんかねぇ。……っと、次も居住階層ハウスフロアに着いた時には、顔を隠さないといけないな」

「……ふふ。その必要はないわ。80階層より下層で、ブレイク王子の顔を知っている人なんて、滅多にいないもの」

「そ、そうか。でも俺たちって一応指名手配お尋ね者だろ? 居住階層ハウスフロアじゃ新参者は目立つんじゃねーのか?」

「大丈夫。私たちは冒険者フリーファイターを名乗ればいい。詳しいことは歩きながら説明するわ」

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