第3話 王子なんて聞いてねえぇぇ!

「れ、玲奈———-!!」


 自分の奏でた絶叫に驚きつつ、俺は腹筋の力だけでビヨンと起き上がった。

 

「「「「「「———!?」」」」」」


 広い室内には趣味センスのよい家具が惜しげもなく並べられていた。さらにその数を超越する人の群れ。俺の周りには、驚きを隠せないでいる人の目がはびこっていた。

 天蓋付きのベッドに半身を起こし、まずは事態を把握しようと頭をボリボリと掻く俺に向かって、取り巻きの一人が紅潮した顔で声を張り上げる。


「ぶ、ぶ、ブレイク王子が、お目覚めになった!」


 ……ぱ、ぱーどん?


「お、おい。今なんて言った? もう一度、ゆっくり言ってくれ」

「ぶ、ブレイク王子。まだご無理をなされてはいけません。ささ、早く横になられてください」


 ……お、王子だとぉぉぉぉおおお!?


 取り巻きの忠告を無視して、俺はベッドから飛び降りる。広い部屋を見渡して「こんな大きさは必要なのか?」とツッコミを入れたくなるくらいの著大な鏡と対峙した。


 サラリと流れる紺色の髪に、やや柔和な輪郭に端正な顔立ち。前の大和よりもナヨっとした風貌だけど、歳の頃は同じくらいだろうか。


 小笠原大和———前世の記憶はしっかりとある。

 そして玲奈。

 お前の事だって、想いの端すら欠けちゃいない。


 あの女神、メビウスって言ったっけ。アイツが俺の願いをもし本当に叶えてくれたのなら、この世界のどこかに、玲奈はいる。そしてきっと生きている。


 ———待ってろよ、玲奈。俺が必ず見つけ出してやるからな!


「あ、あの……ブレイク王子、お体のほうは……その、なんともないのでしょうか?」


 側近の一人がパチパチとまばたきを繰り返し、自分の目を疑いながら、この場の空気を支配する疑問符を投げ掛けてきた。


「ああ、まったく問題ねーよ。絶好調だ、絶好調」


 俺は腕をぐるぐると回し、シャドーボクシングを披露する。その様子を見ていた側近たちが、アホみたいに口を開けた。


 ……これが「空いた口が塞がらない」ってヤツなんだな。


 またも側近の一人———夜空のような美麗な黒髪を肩に垂らした妙齢の女が、その整った口を開く。


「ブレイク王子はまだ病み上がりです。皆は王子のご回復を王に伝えてきなさい」


 そう言い放った女を残し、側近たちがぞろぞろと驚愕を口々に退室していく。女は最後の一人が退出すると、俯けたいぶかしげな顔を正面へと立て直す。

 吸い込まれそうな漆黒の瞳が俺を捉えた。


「ブレイク様……。私の……どうか私の名前を、お呼びください」

「……えっ!?  お前の名前……」


 実は、目が覚めたときから、胸の内にほのかな違和感があった。段々と萎みつつある小さな光。けれど、とても温かい。ソレは最期の光彩を瞬かせると、俺に想いを託してあっけなく消滅した。


「……ブレイクってヤツは、たった今、消えた」

「な!? それをどういう……そして、お前は一体!?」


 帯剣しているその柄を握り構える女に慌て、俺は両手で壁を作る。

 

「ま、待て! 最後まで話を聞け! 『……いつも側にいてくれて、ありがとう。二人でこっそりと抜け出して、城の周りを探検したことが一番の思い出。いつまでも体を大切に。僕が大好きだったエリシュ』。これが俺の中に残ってたヤツの、最後の言葉だ」


 俺が話し終わると同時に手から剣が滑り落ち、カランと乾いた音を奏でる。黒髪をはさっと広げ———エリシュは顔を手で覆い隠し、嗚咽を漏らした。


「……悪かったな。こんなことだとわかってれば、もっといろいろと聞いとけばよかった」

「……あなたは一体何者なの?」

「俺は小笠原大和。日本ってところから転生してきた。おそらくだけど、この世界で死ぬ人間と入れ違いでこの体に入ってきたんだ。……じゃあ悪いけど、そろそろ行くわ」


 唐突に部屋を出ようとする俺を見て、今度はエリシュに慌てる番が巡ってくる。


「……ちょ、ちょっと待って! 一体どこに行くつもりなの!?」

「俺と同じくこの世界に転生した玲奈を探すためだ」

「探すって……何か心当たりでもあるの?」

「うっ……それは……」


 何のアテも考えもなく、俺は続く言葉が見つからない。目尻に溜めた涙をそっと指で掻き落とすと、エリシュは震える声を紡ぎ出した。

 

「……いいわ。ブレイク様の最期の言葉を伝えてくれたお礼に……少しだけ協力してあげる」

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