第14話 3-4

 デートの当日、守は自宅のキッチンで厚焼き玉子を作っていた。 

 他にもキッチンには朝早くから作っていたサンドイッチや可愛らしいタコの形をしたウインナーなどが弁当箱に詰められていた。

 守はそのクールな性格とは裏腹に料理上手で、今日も由香のために弁当を作っていた。

 普通、こういうことは女がするものなのだが、彼はそういう観念に囚われないタイプなので黙々と弁当箱におかずを詰めていく。


「よし、これくらいでいいだろう」


 弁当箱をリュックに入れて準備万端。鏡で自分の顔を見るとなぜか顔が赤くなる。

 しばらく、鏡と睨み合いをしていると電話のベルが鳴った。


「はい」

『もしもし? おやっさんですか? 大変なことが起こりました! て、哲二が……』

 受話器の向こう側には慌てて喋る夕貴がいた。随分、取り乱した様子だ。

「おい、落ちついて話せ。哲二がなんだと?」

『はい。あ、あのですから……とにかく、こっちに来てください!』

 

   *


 守は病院のロビーに入ると辺りを見渡した。

「あ、おやっさん。こっちです!」

 夕貴が血相を変えて駆け寄ってくる。

「夕貴、一体、どうしたんだ?」

「あの……実は……」

 夕貴は話している途中で言葉に詰まり、大きな瞳に涙を浮かばせた。


「泣いていてもわからん。おちついて今の状況を話してくれ」

「す、すいません……。実は哲二がマザーの追手にやられたんです」

「なんだと! あの哲二が……」

「はい……今、ICUに入っています」

「案内してくれ……」


 守は何百発もの弾丸を浴びせられた思いに駆られた。

 あの冬の蝉の保護システムの中でも、トップクラスに近い哲二がやられたのだ。守は震えを抑えられずにはいられなかった。

 ICUまで案内してくれた夕貴の後ろ姿はとても小さく見えた。背中を小刻みに震わせてすすり泣きをしている。


「ここです……」

 ICUの前にある待合室にくると長椅子にひどく動揺している史樹がいた。

「よう、守……。哲二がさ……」

「何も言うな……夕貴に聞いた」

「そうか……今、哲二の意識が回復したらしい。少しなら面会できるらしいぜ。どうする?」

「わかった。俺が会って来る」


 ナースステーションにいた看護婦に面会を申し込むと、看護婦の案内で狭い部屋に入れられ、白いエプロンのような除菌服と頭に同じく白いビニールの帽子を被された。

 入念に手を特殊な洗剤で洗わされて、最後にスプレーのようなもので全身を除菌してやっとのことで中に入れた。


 ICUに入ると中は生命維持のための機械が並んでいて、ピッ、ピッといった電子音が部屋中から絶え間なく聞こえてくる。

 哲二は部屋の一番奥のベッドで死人のように青白い顔で眠っていた。

「哲二、俺だ」

 哲二がゆっくりと目を開ける。

「ま、守……」

 守は哲二の小さな手をギュッと掴んだ。


「……私ともあろう者がコテンパンにやられた。惨敗だ……卓真がいなければ、俺は死んでいた」

「なに、卓真が?」

「ああ、卓真が最後の力をふりしぼって、自爆したんだ。卓真自身も綾香の捨て身の攻撃によって助けられたんだ」

「綾香まで……」

 守は悔しそうに唇を噛みしめた。

「追手はFXシリーズのハイ・エンドだ」

「ハイ・エンド?」

 守は頭の中にある検索機をフルに活動させ、その名前を調べた。

 その名は聞いた事がある。FXシリーズの中で活きのいい奴がいると馬斬隊の中でも、かなり有名な奴だった。

 なんでも、武器の取り扱いに関してはピカイチだとか。


「FX‐0987……確かに、特殊武器を簡単に使いこなすと聞いたが、お前達に勝てる器か?」

 哲二はため息をつき、少し間を置いてから答えた。

「……奴はSSSを持っている。しかも、赤の剣だ」

「赤の剣を……そんな、マザー本部はそこまでして俺達を排除したいのか」 

 守は両手に脂汗を掻き、その場で硬直してしまった。


「守……もう、私はお前に何もできることはない。この身体ではな……」

 哲二は身体にかかっていた毛布を剥いだ。

「哲二……お前……」

 守の目に映ったものは太ももの部分から欠けた両脚。文字通り、引きちぎれていた。

 太ももの先端には包帯が何重にも巻かれている。恐らく、爆風によって吹きとばされたのであろう。目を覆いたくなる。

 保護システムである哲二だからこそ耐えられるのだ。常人であれば、その場で強烈な痛みにより、ショック死していただろう。


 哀れむように見つめる守に対して、哲二は鼻で笑った。

「まあ、こんなところだ。マザーの力を使えば、再生できないこともないが、私は今、この人間社会で生きている一人の子供だ。私はこの風見哲二という人間を好いている。それを壊したくない。人間、哲二の母親は殺されだがこれも運命だ。残酷だが受け入れよう…………マザーから逃げ出して一年になるな。この一年、人間と共に生きてきて、わかったことがある。それは……味噌汁という食べ物はうまいということだ。特に母親の作ってくれたナスの入ったやつは最高だった……悲しい終わり方だが私は満足している。守、お前には感謝しているぞ」


 その哲二の笑顔は今まで一度も彼が見せたことのなかった屈託のない、とても美しいものだった。

 それは保護システムなどではない。人間、風見 哲二の笑顔だった。

 誇らしげに笑う彼を守は心底、尊敬した。



 血塗られた過去を持つ俺達でもこうも変われるものなのか……。

 いつか、俺もこういう風に笑える時がくるのか? その時は愛する人と一緒に笑いたい。

 ……だが、それではダメだ! 俺はそんな甘い夢を見ることは出来ない! 

 バカだった……今まで仲間に危険を及ぼしたくないと思っていたが甘かった。

 敵は容赦なく、俺の周りの人間達を消していくだろう。

 このままでは、大切な人間も……。

「品田まで……」

 ダメだ! 絶対にそんなことはさせない。

 これは俺自身の問題だ。もう、悲しいことは見たくない。見せたくない。

 やろう。俺だけでケリをつけてやる!

 守の顔にはもう曇りなんて一つもない。だが、決して晴々としているわけでもない。

 マザー時代の冷たい過去が彼を戦いの狼へと蘇らせていく。


 彼はなにも言わず、その場を立ち去ろうとした。

 守の変貌を察知した哲二は彼に警告というよりは友としての助言を与えた。

「守、逃げるというのも戦法の一つだからな」

 守は一瞬、哲二に目を合わせたが無言でICUから出た。


 待合室には肩を落とした夕貴と史樹が彼を待っていた。

「おやっさん……どうでした?」

 夕貴が心配そうに守に尋ねる。

「………………」

「どうかしたのか? なに黙りこくってんだよ」

 沈黙の守に史樹は訝しげに彼の顔を覗いた。

「夕貴、史樹。一つだけ言っておく」

 守の冷たい口調に夕貴と史樹はお互いに目を合わせ、答えを探った。

「なんですか? 急に改まっちゃって……」

「なんかあったのか?」

 守は二人の疑念を無視して、彼らの目を交互にジッと見つめ、これが答えだといわんばかりに鋭い眼光を放った。


「……もう俺には関わるな」


 夕貴と史樹は口にチャックをされたように何も言えなかった。彼の決心した言葉は何よりも重く、またそれは王から兵士に対しての命令同様、有無を言わず服従しなければならないのだ。

「お、おやっさん……」

 苦しみながらも夕貴は言った。ただそれだけしか、彼の名だけしか言えなかった。

 守は無言のまま病院を出た。彼の心情を語るように土砂降りの雨が激しく地面を叩く。

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