Chapter10
「剛力宝……うーん……たーちゃんで!」
「たーちゃん?」
「そう! 短くて呼びやすいし!」
「えぇ……」
作倉さんに呼び出されて部屋に入ってきたわたしは、作倉さんから「こちらが今回コンビを組むことになる剛力宝さん」と紹介されたワケ。
本人に会うのはここが初だったなぁ。
どういう能力を持っているか、みたいな話は昨日ぐらいに説明があったケド。
「堅苦しくなくていいですねぇ」
「いいですか?」
作倉さんがいいって言ってるんだからいいに決まってらぁ。
ってなワケで、たーちゃん呼び確定だから。
よろしくぅ!
わかったら返事をし!
「たーちゃんと秋月さんには、これから立てこもり事件の現場へ行っていただきます」
「作倉部長まで俺を“たーちゃん”呼びするんですか」
「ダメでしょうか?」
「いや、ダメってことではないですけど、なんだかな……」
上司の作倉さんからニックネームで呼ばれている人いないし。
レアだよレア。
なんでそんな納得いかなさそうな顔してるの?
「現場は幼稚園なのですが、園児1人を人質に取って身代金を要求していまして」
「強行突破で解決できませんか?」
それで助けられるなら苦労しないし。
わかってないなぁ。
組織に話がきたってコトは。
「犯人が能力者なの?」
「そうです。水を操る能力者でして、できるだけ穏便に解決していただきたいですねぇ」
流行りのヤツ?
子どもにはウケそうだけどどうなの?
ここが祭の場所か。
警察の皆様が犯人に頑張って呼びかけているところをぺこぺこしながらかき分けていくわたしとたーちゃん。
あ、たーちゃんの知り合いの皆様ってコトでもあるのか。
「身代金なんか渡すかよバーカ!」
アタッシュケースに敷き詰められた偽札。
くっそ重いが。
引きずって歩きたい。
キャリーケースに入れておけばよかったの。
「それ、絶対犯人に言わないでくださいね」
わかっとるわ。
あらゆるものが子どもサイズな幼稚園内部を進んで突き当たりがおゆうぎ室。
さてさて。
「後ろに回り込んでがっつーんと殴っておしまい?」
「どうやって回り込むんですか」
否定が早い。
抜き足差し足忍び足でなんとかならんかな。
ならんか。
「ダイヤモンドぶん投げてあいつの頭にシュートできない?」
男であるたーちゃんが重たいアタッシュケースを持てばいいのに。
と思うじゃない?
たーちゃんの能力【硬化】は手ぶらじゃないといけないの。
手で触れたものをダイヤモンドに変えるんだとかなんとかかんとか。
「人質の女の子に当たったらどうするんですか」
確かに。
それは問題なの。
人質を傷付けたらいけないの。
こういう時のために霜降パイセンから【必中】の極意を伝授してもらおう。
今度ね。
「なんで俺と秋月さんなんでしょう……」
なんだよ。
ここまできて文句言うなし。
そこに疑問があるなら作倉さんに直接聞けばよかったじゃない。
「作倉さんがわたし達にって任せてきたんだから大丈夫なの」
「そうですか……?」
めっちゃ心配そうにするし。
なめとんのか。
作倉さんは【予見】の能力者やぞ。
わたし達が成功する“未来”が見えているからこそ、こうして組ませたワケだし。
何の考えもなしにあれこれやる人じゃないの。
「そこで話しているのはどこのドイツだ!」
あ。
犯人に気付かれちゃった。
どっちみち近づかないといけないから仕方ないね。
扉を開けて犯行現場にいそいそと入場するわたしとたーちゃん。
「金を持ってきたようだなァ」
頭は悪そうだけど視力はイイっぽい。
わたしの持っているアタッシュケースに気付いたんでしょう。
「その子を先に渡してもらおうか」
「ハァ? そっちが金をよこしてからだ!」
んまあ、そう言ってくるよね。
どうすんのたーちゃん。
ぶっちゃけこれ重たくて重たくてわたしの肩が外れそうだし渡しちゃいたいケド。
「中身偽札だし、あげちゃっていいんじゃない?」
「偽札ゥ!?」
「秋月さん! なんで言っちゃうんですか!」
「あっ」
ついうっかり。
口が滑っちゃって。
ほら、わたしってば嘘がつけない性分だし。
いや、そんなこたぁないか。
「バカにしやがって!」
「きゃっ!」
女の子を壁に突き飛ばす犯人。
バカはどっちだバーカ!
ケガさせたらどうするの!
「吹き飛べぇええええええええ!」
掛け声と共に右手から水を放出する犯人。
水鉄砲の比にならない勢いだぁ。
これは怒らせちゃったかもなぁ……。
「秋月さん!」
たーちゃんが颯爽とおゆうぎ室に積み上げられていたブロックに触れてダイヤモンドへ変換。
盾を作ってくれていた。
その盾の裏にサイドステップで隠れるわたし。
危ない危ない。
「ふぅ!」
ダイヤモンドって実は脆いみたいなの聞いたコトあるけど。
なんとか防げているっぽいから平気か。
「どうするんですかここから!」
どうしましょう。
当初の目的を思い出そう。
「女の子を回収してトンズラ」
「本気で言ってるんですかそれ!」
「マジマジ。マジもマジ」
「えぇ……」
呆れちゃう気持ちはわからなくもないケド。
回りくどいのもアレだし。
率直にいってみよ。
「ところで、ダイヤモンドにしちゃった奥さんと娘さんって売り払ったの?」
「は?」
うわっ、こわっ。
そんなに睨まなくてもいいじゃない。
人間サイズのダイヤモンドなんてすんごい値段になりそうなの。
家族とはいえ所詮は他人だもの。
生活の為ならやっちゃってもおかしくないじゃない?
「その話、誰から聞いたんですか」
声のトーンが恐ろしく低い。
さっきまでのテンションはどこいったの。
触れられたくない過去ってヤツ?
「作倉さんからに決まってるじゃないの」
ご本人と会う前に根掘り葉掘り聞いておいたワケ。
だって、社会人? になってからマジで最初のビジネスパートナー? みたいな相手だもの。
年上だし気になるし。
人間性は把握しといたほうがいいじゃない。
「売ってませんからね。2人はいずれ元の姿に戻して、それから」
それから?
それっていつ?
地球が何回まわった後?
「戻せたら“あのとき”のようなハッピーで平穏な日常も戻ると?」
己の能力で奥さんと娘さんとをダイヤモンドにしちゃったなんて。
どっちかっていうとなかったコトにしたい過去だろうし。
こっちだってあんまり言いたくはないケド?
会って間もない年下の女の子に言われたらムカつくなんてレベルじゃないよね。
「こうやって遊具のブロックもダイヤモンドに変えちゃったケド、一度でも元に戻せたコトってあるの?」
コンコンと叩いてみせる。
こりゃあ、芯までダイヤモンドぎっちりだわ。
たーちゃん的には自分の家族を元に戻したいだろうし。
そのために警察官しつつ組織にも所属みたいになっているんだろうし。
というか。
こういう話題って、その人にとっての地雷っていうんだっけ。
踏み抜いたらブチギレられるわな。
しゃーなし。
「!」
「うぉう」
たーちゃんの右ストレートが飛んできたのを、わたしは【相殺】でパッと受け止める。
驚いたのは向こうのほうだ。
「なぜ!?」
説明しよう!
「いや、まあ、その、ちょこっとだけ悪かったと思ってるケド。わたしの【相殺】ってこういうトコ不便なの」
「そうさい?」
「敵意をこちらに向けさせないといけないっていうか、そうでないと構造が分析できないっていうか」
キレさせるのが手っ取り早いから煽っちゃった。
でもまあ、一度食らえばあとはどうにでもなるし。
相手から向けられた能力と同じだけの能力を発動して【相殺】しちゃう。
だからたーちゃんが【硬化】で殴ってきても無効化っぽくなるってワケ。
おわかりいただけただろうか。
おわかりいただけなくてもそういうもんなんだって思ってほしいの。
「触れたのになんともならないなんて」
「なんともならないどころかわたしも任意のタイミングで【硬化】が使えるようになるし」
「なんですかそれ。チートですか」
わたしってば優秀なの。
すなわち!
いろんな能力者と会えば会うだけ強くなれるってコト!
「出てこいよォ!」
やば。
暴れてますがな。
水位も上がってきたし。
このまま溺れ死ぬのは嫌なの。
「アイツの頭、ダイヤモンドで殴っておきますか!」
「お高い凶器なの!」
いやー、なつかしいなー。
この後、犯人をボッコボコにして警察に明け渡した。
人質ちゃんも無事!
おゆうぎ室はあんまり無事じゃなかったケド、内装は直せばいいし。
誰も死ななかったから大団円なの。
「というか、手袋していればダイヤモンド化防げるってわかったんだし。わざわざわたしと組まなくともいいんじゃない?」
手袋の内部でうまいこと干渉しあってなんとかなるらしい。
わからん。
どういう理屈なのかわからん。
科学で証明できない力が“能力”だかわからなくても仕方ないよね。
「俺には警察官という本職がありますから」
「せやった」
「早いとこ能力の治療法が開発されればいいんですけど」
たーちゃんは治したい派だ。
そりゃあ不便だもんね。
気持ちはわかるよ。
全部治して、奥さんと娘さんと一緒の生活に戻りたい。
「わたしはこのままでもいいんだケド……」
わたしには高尚な目的も崇高な動機もない。
うっ。
なんか途端に自分がちっちゃい存在に思えてきた。
【金剛石の試金】
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