6.
『止まれ』、そう書かれた標識を右手に、前を進む氷乃さんを前に――
わたしはいつもの硬いフランスパン、八坂さんは数ではなく、それ一つに魔力を込めた硬いガラス瓶を右手に、シャンデリアを背に浮かぶ彼女の元へと突撃する。
シャンデリアからガラス片が無数に放たれ続けるが、標識による
魔法少女、黒咲稀癒。自身の願いの為、多くの人々を犠牲に都市伝説を育て――今は過度な『チャージ』で、魔法少女を超えし存在になった彼女を。
『この私に、真っ向から挑もうだなんて……。あはッ、笑わせてくれるわね』
彼女の背後に、天から吊り下がるシャンデリア。そこから放たれるガラス片はさらに速度を上げ、勢いも増し、炎を纏い始める。
それでも――氷乃さんは、雨のように降り注ぐ全ての炎弾を受け止めながら――
「――Follor Mee Arl Rure『
二つ、三つ、四つ……次々と現れる赤く三角形の標識は、彼女の後ろに下がるシャンデリアの上下左右、全方位を囲んでいくように――次々と生み出されていく。
――パパパパパパパパパパパパパパパッ!!
どんどん展開されていく標識に、シャンデリアは一瞬にして包み込まれてしまい――弾幕が、標識の壁の内部へと閉じ込められた。
「す、すごい……っ!」
まさに一瞬の早業に、わたしは思わず驚きの声を漏らしてしまう。あれほどのシャンデリアを、一瞬にして彼女の法則で飲み込んでしまったのだから無理もない。
「これで貴方を守る物は無くなったわね。――次は私たちの番よ!」
これで、降り注ぐ弾幕の雨は無くなった。これでまた一歩、その一歩は少しではあるものの――彼女を確実に、神の座から引きずり下ろすことができた。
『私のシャンデリアを封じた如きで調子に乗らない事ね。シャンデリアが無くても――私は強い』
かつて、わたしの目の前で。ネガエネミーをたったのエネルギー弾一撃で葬った彼女が言うには、説得力のありすぎる台詞だ。
でも。あの時から……わたしだって強くなった。仲間だってできた。今なら負ける気なんてしない。わたしは右手のフランスパンを握りしめて――
「はあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
真っ直ぐ、全速力で。虹色に光る彼女の元へと掛け――振り下ろすッ!
バシイイッ!! わたしの渾身の一撃も、その両手で白刃取りの要領で受け止められてしまうが、まだ終わりじゃない。
『――Deliele Ga Full Flowa【
さらに詠唱を重ね、上から焼き上げた大きなコッペパンが落ちてくる。わたしの攻撃を受け止め続ける彼女は、そのまま――ドスっ!! と、その身体ごと叩き落とされる。
同時、彼女の身体から、虹色のオーラが――ほんの少しだけ。逃げ出していくかのように、抜けていった。
間違いなく……効いている。ほんの少しだったとしても……間違いなく、彼女を神の領域からわたしたちの元へと引きずり落とすことが出来ている。
一度は大きなパンの勢い、重さに耐えられず、一緒に落ちていった彼女だったが、硬い地面でぺしゃんこになるまであと数メートルの所で体勢を持ち直し、再び飛び上がる。
――ゴウッ! と、風を唸らせながら勢いよくわたしの元へと戻ってきた彼女は、その虹色に光る拳を握り、こちらに放つ。
そのあまりの速さに、わたしは反応が遅れてしまう。……が、――ばッ!
『止まれ』、そう書かれた標識を右手に掲げた氷乃さんが、わたしと黒咲稀癒の間へと割り込み、向けられた拳をその標識で受け止める。
その横から、さっ! と飛び出してきた八坂さんが、右手に握るそのガラス瓶を――拳を受け止められ、僅かに隙を見せた彼女へと一気に振り下ろす。
――ガシャアアアアァァァンッ!!
瓶が割れる、耳が痛くなるような音と共に、べちょりと。彼女の頭上から、いっぱいに詰められていた緑色のスライムが、彼女の顔へとまとわりつく。
スライムは、彼女の視界を確実に遮った。あの一瞬の隙は、さらに大きな隙へと繋がって――
「今よ、朝野さんッ!」
「はいっ!」
八坂さんの声に、わたしは迷わず――『
その詠唱に応えるように、右手のフランスパンが光、凄まじいオーラを放ち始め――やがて……彼女の身体にも負けないほどに、虹色へと輝き始める。
そして――両手で持った、虹色に光る硬いフランスパンを……そのまま真っ直ぐに、魔法少女、黒咲稀癒目掛けて振り下ろすッ!!
!!――キイイイイイイイィィィィィィィッ――!!
剣と剣が交わるようだが、それ以上に――高く、透き通るような――不思議な音が鳴り響き……
わたしの虹色に光るフランスパン。
虹色に光る魔法少女、黒咲稀癒の身体。
その両方が触れた瞬間、互いの光はみるみるうちに失われていき――
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