4.
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――っ!!」
わたしは叫びながら――右手に握る、硬いフランスパンを剣のように振り下ろした。
……しかし。まるで大きな肉塊を細い爪楊枝でぺちぺちと叩いているような、その程度の感触しか得られない。
わたしのパンは確かに当たっているが……とてもじゃないが、ダメージを与えられているとは思えない。こんな攻撃では倒す以前の話で、痛いどころか痒いとさえ思われていないだろう。
「まあ、分かってはいたけど……でも、こんなに叩いてもびくともしないなんて……」
しかし、ここまではまだ想定内だった。この程度で倒せてしまったら、逆に拍子抜けだ。
わたしの魔法はこれだけではない。――むしろ、ここからが本番だった。
「――
詠唱を行なってからすぐであれば、詠唱を多少省略してしまっても、固有魔法が発動できる。それを上手く利用して、相手に隙を見せる事なく続けて。
次に、10人集まっても食べ切れないであろう、その長さ30メートルはあろうかという巨大なコッペパンを焼き上げ、それを上へと放り投げる。
わたしが今まで、戦いの中で使った魔法で、一番と言っても過言ではない強力な魔法。親友である風見つばめがネガエネミーに狙われた際に放った一撃だった。……その時の結果はともかくとして、その威力は証明済み。
目の前の敵に比べれば、それは小さなものだとしても――少しは効果があってもおかしくない。人間だって、自分に比べれば小さい、河原に落ちているような石でも、誰かに勢いよく投げつけられれば痛いだろう。何も、大きさだけが全てじゃない。
「――いっけえええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
空から降る、巨大なコッペパンは――巨大クジラの顔面に、クリティカルヒット――するはずだった。しかし、巨大なパンが命中しようとするその直前。
……その大きな口を、
「うそっ、あれを丸呑みして食べちゃうなんて……!」
巨大なコッペパンは、そのまま真っ直ぐに口の中へと、まるでブラックホールのように吸い込まれていく。口をゆっくり閉じ、もぐもぐとさせた後……そのまま、ごくりと飲み込んでしまった。
魔法で焼いたパンにどれほどの栄養が詰まっているのかは分からないが、これではまるで、敵を餌付けしてしまっただけのようだ。
――しかし、わたしの攻撃はこれだけでもない。まだまだ続く。
「じゃあ、これはどうかな? ――
これもまた、一度だけ……わたしが魔法少女になった日に使ったあの魔法を使う。――あの時は相手が悪かったせいで、真っ二つにされてしまったが――今回は刃物が相手じゃない。それに、あれから魔法少女として、短いながらも経験を積んだのだ。今なら十分、通用するはず。
わたしは、あの時に焼いたものよりも遥かに長く、硬い――わたしの身長の20倍はあろうかというほどの、巨大なフランスパンを焼き上げる。そして、それを――なんとか両手で押さえて、棒倒しの要領で――真上から一気に振り下ろすッ!
――ゴオオオオオオオオオォォォォォォォッ!! と、空気を震わせながら振り下ろされたそのフランスパンは、クジラの背中に命中した……その瞬間。――ばきばきぃぃッ!
「そんな、これでも折られちゃうなんて……!」
込められるだけの力を込め、焼き上げた渾身の一撃も――その圧倒的な大きさの前には無意味だった。
今まで通りの戦い方、考え、発想では、太刀打ちできない――それが『都市伝説』なのか……と、ひどく痛感させられる。
いままでのネガエネミーなんかとは比べ物にならない相手。そう聞いてはいたが――それでも、心のどこかでは『どうにかなる』だろう、だなんて軽く考えていたわたしの心の甘えが――この一瞬で、見事に打ち砕かれてしまった。
「――朝野さんっ、交代よ! 今度は私が行くわ!」
それを見ていた八坂さんは、これ以上は無駄だと判断したのか、後ろから声をかけ、わたしに交代を告げる。
……わたしは、凄まじい無力感に襲われる。結局、魔法少女になって一週間ではこの程度なんだと、そう痛感させられて。
しかし、今は八坂さんを信じよう。先輩である彼女ならあのネガエネミーを――そう心に思いながら、これ以上何もできないと悟ったわたしは一度後ろへと下がり――さっきよりもさらに増えた、ガラス瓶を大量に引き連れた八坂さんとバトンタッチする。
「……八坂さん、お願いしますっ」
「――任せて。と言いたいところだけど……正直、私にもあれをどうにかできる自信はないわね……。朝野さん、背中は預けたわっ!」
「はいっ! 任せてください!」
それでも、わたしに出来ることがある。八坂さんのサポート、絶対に守り抜くこと。魔法少女には互いに、出来ることと出来ないことがある。それを補い合って、互いに信じ合ってこそ、その先に。勝利の光が差すのだから――
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