3.
『あれは「窃盗」の悪意が具現化したネガエネミー……人を操って、その名の通りあらゆるものを盗ませようとするんだ』
「へえ……あれが……って、きもちわるっ!?」
その見た目に思わず、変な声をあげてしまったわたしの視線の先には――白く大きな手が浮かんでいて、その手には指が
ネガエネミーと言えば、これまでわたしが戦ってきたどれもが、ひどい見た目のものばかりだったけれど……気持ち悪さで言えば間違いなくトップクラスだ。
『アレが人を操りはじめる前に、さっさと倒しちゃおう』
「うんっ! ――はあああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
わたしは加速し――10本の指が生えた手に近づくと、まずは黄色く光り輝くエネルギー弾を一発だけ生み出して、とりあえず撃ち込んでみる。
もう、最初の頃のわたしとは違う。あんな弱々しいエネルギー弾ではなく、明確に。攻撃の意思を持ったものだ。
ギュンッ、と、一直線に飛んでいった弾が、その白い手にぶつかろうとした、その瞬間。……バシィっ!
わたしの放った弾は、まるで子供が飛ばした風船でも見るような調子で、軽々とはたき落とされてしまう。
「まあ、そうだよね……」
もちろん、魔法少女になってからまだ短いわたしではあるが、この程度の攻撃で倒せるとは思っていない。あくまでこれは『様子見』だ。
ここまで、毎日一体ずつ、それぞれ見た目も攻撃方法も全く違う、様々なネガエネミーと戦ってきたが……そのどれもが手強く、その生い立ちに沿った厄介な力を駆使して、わたしを追いつめてきた。
きっと、このネガエネミーも同じだろう。その生い立ちに関係する
たしかサポポンは『窃盗』の悪意がネガエネミーへと具現化したものだと言っていた。ならば、それに沿った特殊な攻撃を使ってくるはず……
実際にそのネガエネミーが持つ特殊な攻撃を誘発させて、事前にどんな事をしてくるのかを確認できれば……予想外の攻撃に一撃で倒されてしまう、という最悪な展開は避けられるはず。
相手がその攻撃をさらけ出すまでは、不用意に攻撃は仕掛けず、さっきのように軽くちょっかいをかけて様子を見る……というのが、まだまだ魔法少女としての経験が浅いわたしの戦い方。
――ギュン、ギュン、ギュン――ッ!
三発の弾が、順番に白く大きな手に向かっていく。それを一つ、二つとその手も弾きとばしていき――最後の一つ。その手は、エネルギー弾を『掴んだ』。
大きな手で覆い被されたそのエネルギー弾を――まるで野球でもしているかのような調子で、こちらに投げ返してきた。それも、手そのものが大きい分、軽く投げたように見える反面、とてつもない豪速球がわたしに向けて、襲いかかってくる。
突然の攻撃を警戒して、ある程度距離を取っていたわたしは、ひょいっと横へ避ける。これがもっと至近距離から放たれた攻撃なら……今のように、軽々と避けられた自信はない。
「やっぱり。大体予想通りだったけど……『攻撃を盗む』のがあのネガエネミーの戦い方みたい。――それなら、あまり厄介じゃないかも」
相手の全貌が掴めてきたわたしは、次こそ本当に、あのネガエネミーを倒すべく、覚悟を決め――白い手の元へと、グイッ! と一気に加速し、近づいていく。
(離れたところから撃ったところで、あの大きな手に奪われるか、弾き飛ばされるのがオチ。
……なら、それが間に合わないような近距離から、それも隙をついて、一発だけ撃ち込めばいいっ!)
攻撃を盗む――という攻撃以外、特別気をつけなければならない事はなさそうだ。ならば、一気に近づいて、近距離戦に持ち込んだほうが分がある。
魔法少女であるわたしの武器の一つである、小回りの利く飛行能力で、わたしに掴みかかろうとするその手、はたき落とそうとするその指、そのすべてを避けていく。
そして、その全てを避け切ったわたしは、その先で――詠唱する。
『――Deliele Ga Full Flowa【
――同時。長く、極限まで硬く焼き上げられた『フランスパン』が、わたしの右手に現れる。
わたしの固有能力……『自由に、どんなパンでもその場で焼くことができる』能力で焼き上げられた、わたしの
パンを焼くという、ニッチな固有能力から編み出された、わたし専用の武器。限界まで固められたそのフランスパンは、ネガエネミーを葬るトドメの武器となる――ッ!
わたしは、そのフランスパンを――バキイィィッ!! ただ一撃、振り下ろした。
『――ギギ、ガギギグギィィィ――ッ!?』
歯車がきしむような、苦しそうにも聞こえる異次元の声と共に、巨大な手は破裂し、バラバラに散っていった。
そして、ネガエネミーがいた場所に――紫色に輝く石――ネガエネミーの本体、エネルギーである、コアが転がり落ちる。
「よしっ、倒せた……!」
『かなり戦いにも慣れてきたみたいだね。あれを一撃で倒し切るなんて……それも無傷で。さすがだよ。――コアはボクが預かっておくからね』
コアの回収、そして保管は、サポポンの仕事の一つ。エネルギーを逃す事なく保管して、必要な時に取り出すのはサポポンの得意分野だ。
最初は全く歯が立たなかったネガエネミーも、何度か戦っていく中で、立ち回りや魔法の扱いにも慣れてきて、なんとか一人でも戦えるようになった。
あるときは中学生として。またあるときは魔法少女として。わたしはこれから、二つの自分がそれぞれ果たすべき役目を両立し――こなしていかなければならない。
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