3.
サポポンが言っていたことは本当だった。
半信半疑であったその言葉も、自分のこの目で見てしまった以上、それを信じるしかないだろう。
……玄関へと向かう際にすれ違った両親が、ピタリと、止まっていたのを。
近くでよーく観察してみると、ミリ単位で。ほんの少しずつ、微かに動いているのが分かる。どうやら本当に――わたしの1秒は、周りにとっての1000秒――らしい。
『さっきも言ったとおり、完全に止まってる訳じゃないけどね。だから、ピッタリ同じところで長居すると見られてしまう危険性もある。……普通に動いていれば、そんな事は起こり得ないけど』
半信半疑、あり得ないと思っていた事象が、本当に起こっているという事は。サポポンがこれから話すであろう……魔法少女だとか、そんなメルヘンチックな話も事実として受け入れなければならない、という事になってしまう。
「サポポン、だっけ。その……魔法少女とかいきなり言われても、全然わからないんだけど……」
『大丈夫! ボクが魔法少女について、実際に戦いながら教えてあげるから。さあ、ついてきて!』
サポポンはそう言うと――なんと、空高くに向かって一直線に、飛んでいってしまう。
……全く大丈夫じゃない。ついてきて――って、あんな高く飛んでいってしまった彼に、どうやってついていけばいいのだろう?
「ちょ、ちょっとー! あなたは飛べるかもしれないけど、わたしにはム――あわ、あわわわわわっ!?」
鳥のように翼も生えていない、サポポンのように空を飛べる能力だって持っていない、ただの人間であるわたしを置いて、さっさと飛んでいってしまうサポポンに……このまま置いてけぼりにされてはまずいと、無理を承知でジャンプした。
すると。あろうことか、体がそのままふわりと浮かび上がり――そのまま、地面に足がつくことは無かった。……つまるところ。わたしも、
こんな訳の分からない状況に一人、取り残されてたまるかと――空を飛べてしまった自身に宿る、信用ならないこの感覚でなんとか空を駆け――すぐにサポポンの元へと追いついた。
初めての『生身で空を飛ぶ感覚』に感じたのは、素肌へと突き刺さるすさまじい風。そして、あまりの速さと高さによる――とてつもない恐怖だった。
『どうかな。初めて空を飛んだ感想は』
「……怖かった……。一人でさっさと行っちゃうなんてひどいよ、サポポン」
『ごめん。空を飛ぶ……とはいっても、正確に飛び方を教えるよりは、今のこむぎみたいに本能と感覚で、身体で覚えるのが一番手っ取り早いからね。ほら、もう飛ぶのにも慣れてきた頃でしょ?』
そう言われて、わたしはやっと気がついた。飛び方なんて知るはずもないのに、己の感覚だけで――もう既に、何の違和感もなく――この空を飛び続けていることに。
それが分かっていて、彼はわざとわたしを置いていったのだ。……たしかに、その通りなのかもしれないけど……騙されたようで、少し腹立たしいような、そんな気もする。
「それで、今はどこに向かってるの? ずっと飛んでるけど……」
ある方向を目指して、まっすぐに飛び続けるわたしとサポポン。魔法少女について教えてくれる――そう言っていたので、目的もなくただ飛んでいるだけという訳ではないだろう。
『「ネガエネミー」の所さ。……魔法少女が戦う
「『ネガエネミー』……?」
もはや当然のように飛び込んできた、聞き覚えのないその単語に、わたしは首をかしげる。
『ほら、あれだよ』
サポポンがそう言うと、目の前には――刃渡り10メートルほどの、超巨大な『包丁』が――鋭利な刃物が浮かび、動いていたのだった。
「な、なななな、なにあれぇぇぇぇ――ッ!?」
初めて空を飛んだ際に感じた恐怖とは、別のベクトルの――また違った恐怖で、わたしは思わず悲鳴を上げてしまう。
まさか、あれと戦え……なんて事じゃないよね……? そう思いたいが――これから何が起こるのか、予想さえもできないこの超展開の中、そんなイヤな予感だけは当たってしまう。
『あれが「ネガエネミー」で、倒すべきターゲット。まずはネガエネミーという存在について、教えておこうか』
……逃れられないであろう、この巨大な包丁との戦い。あんな刃で斬られれば――わたしの体は真っ二つだろう。せめて、そうならない為にも――サポポンの説明を、ちゃんと聞いておく事にしよう。
――『ネガエネミー』とは、悪意や感情、噂に都市伝説。
そんな実体を持たないネガティブな概念が具現化したもので、魔法少女にしか見えない存在。
それは、ありとあらゆる方法でネガエネミー自身の心を満たそうとする。
殺意ならば殺害で。ストレスには破壊で。あらゆる噂話や都市伝説は、その通りの事象を引き起こす。
……それを止めるのが『魔法少女』の役割なのだ――
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