34 「神殿でおやすみ」
気絶したトネリコを起こし、俺たちは"気の試練"を開始した。
俺はトネリコの要望を聞き、武器の設計図を作り始めた。
シグルドにいる鍛冶師たちは手が離せない。
城門や投石器の修繕で休みなく働いている。
今回の聖宝器作りは他の職人の助け無しになりそうだぜぇ……。
……鍛治ギルドの皆がいたら、どんなに楽だったか。
俺とトネリコとミスリルは、設計図の前で頭を悩ませた。
ミスリルは以前よりも聖宝器制作に前のめりだ。
自分がどんな武器に変化するのか、興味が出てきたらしい。
「私は華奢ですけど、筋力があります。細くて長くて……投げて強い槍がいいなぁ」
トネリコが尻尾を揺らした。
彼女は4本の脚を折りたたんで座っている。
「そりゃぁいいなぁ!」
俺は豪快に相槌を打った。
ノーラの聖宝器"ソニックブーム"の威力を思い出す。
投擲の余波で、辺りの敵も粉砕する威力。
あれが再現できるといいなぁ!
「あとはぁ……。投げた槍が、私のところに戻ってきてくれたらいいです!神様が使う槍『グングニル』みたいに」
トネリコが無邪気な笑顔をみせる。
いいねっっ!
って……。
できるかぁっっ!!!
そう思ったけど……。
『勇者ハルマなら、このアイデアを取り入れるんじゃないか?』
俺は腕を組んで考える。
……俺だってぇ、やってやるぞぉ!
「出来ない」なんて、最初から決めつけねぇ!
俺は勇者ハルマに対抗意識を燃やした。勝手に。
アイデアを図にした後、俺は緑の矢を観察した。
火と土。
2回の聖宝器制作でコツは掴んだ。
俺は土の魔力を集中させ、矢に使われている魔鉱石の状態をよみとる。
その後、火の魔力を集中した。
熱の加え方。
どのような工程で作られたか。
それらを脳裏に焼きつけた。
だんだん作れそうな気がしてきたぜぇ、オリジナルの聖宝器。
軽くて強靭。
投げたら自動的に手元に戻る、ケンタウレのための槍。
やってやらぁっっ!!!
その日の夜。
俺とハルジオン、ミスリルは気の試練を続けていた。
トネリコは一旦、ケンタウロスの仲間の元に戻った。
ケンタウロスたちは、しばらくシグルドに滞在するらしい。
以前なら、ありえないことだ。
『魔族嫌い』だったアルフォンス王が、心を入れ替えたということだろうか。
"狼男"であるエドガー王子の件も解決してるといいけど。
俺は緑の矢を台座に置き直すと、背筋を伸ばした。
隣のミスリルも俺を真似て背筋を伸ばす。
神殿の扉が開き、疲れ切ったハルジオンが室内に入ってきた。
彼は外でエアと特訓をしていた。
「皆さん、お布団ですよっっ!休息も大事!『寝てない』は自慢になりませんからね!」
エアが祭壇の上に布団を並べた。
「みんなで並んで寝ましょう!」
俺たちは大きな布団に雑魚寝する。
エア、俺、ミスリル、ハルジオンの順で寝転がった。
え?
……エアも寝るの?
俺は女2人に挟まれている。
ミスリルとの添い寝は、旅の野宿で慣れているつもりだ。
でも……ドキドキするぜぇっっ!!!
「今日も、お疲れ様です……」
エアが俺の耳元で囁いた。
ふえっっ!?
全身がゾクゾクする。
俺は耳を押さえた。
「なっ、なんっっ!!!」
エアはいたずらっぽく笑う。
「よく頑張ったね。ゆっくり休んで、明日も元気に目覚めよっ」
彼女が再び囁いた。
ひゃい〜〜。
自然と表情が和らぐ。
最高じゃね?
これ。
俺の背中をミスリルがつつく。
俺は身体を少し回転させ、彼女の方を向いた。
ミスリルは不満げな表情をしていた。
「私も……。おっ、お疲れ様ぁ!」
ミスリルが突然声を出す。
「声でかぁっ!!!」
俺は仰天した。
「あぁ……ご、ごめんっっ!」
ミスリルが身体を起こして慌てる。
俺は「大丈夫」と手で訴えた。
ミスリル……色々真似したい年頃なのかねぇ。
「お疲れ様……私も見てるよ。頑張ってるとこ」
ミスリルは気を取り直すと、俺の耳元に囁いた。
ほほう……。
飲み込みが早いね、君ぃ。
エアとミスリルが俺の両耳に囁く。
至高〜〜〜〜〜〜。
「くだらん……」
遠くでハルジオンが呟いた。
ぐははぁ!!!
羨ましかろうっっ!!!
「ハルくんも、お疲れ様……」
エアがハルジオンに囁く。
「ふぁぁっ!」
ハルジオンが情けない声をあげた。
エアは一瞬でハルジオンの隣に移動していた。
「そうだ!気の魔力のすごい所、教えてあげます」
エアはそう言うと、身体を起こした。
「すっ、すごいとこぉ?」
ハルジオンが耳を押さえながらきいた。
「風はあらゆる所に吹きます。シグルドにも、ゴルドシュミットにも」
彼女は両手を広げる。
「
エアが得意げに言った。
んん?どういうこと?
「通話開始っ」
エアが軽く指を鳴らした。
すると突然、俺たちの前に気の球体が現れた。
「な、なんだぁ?」
俺たち3人は寝転びながら気の球体を見つめた。
「なんだぁ?」という俺の声に合わせて、気の球体が揺れる。
『……その声、カジバ?』
気の球体の中から女声が聞こえた。
「おお!?」
俺は目を丸くして驚く。
女声。
ミスリルの声ではない。
でも、聞き覚えのある声だ。
「……もしかしてぇ、姫様?」
俺は気の球体に問いかけた。
『ええ、そう。びっくりした……。突然、空気の玉が現れて……。これって気の魔術?』
動揺した声色で姫様が言う。
「そうみたいっす」
俺は答えた。
『みんなもそこに?』
姫様がきく。
「そうっす。ミスリルとハルジオンが。あとエ……」
そう言いかけた時、エアの姿が消えていることに気づいた。
あれぇ?
どうやら彼女は、気を遣って立ち去ったようだ。
空気が読める守護霊だ。
『気』の守護霊だけに……つって!!!!
『そっか。そっちは順調……なのかな?』
姫様が恐る恐るきく。
「色々ありました。数日後には報告が届くと思いますが……」
ハルジオンが気の球体に近づいて喋った。
彼はシグルド防衛決戦のゆくえと、ノーラが石化したことを順番に説明した。
ノーラの現状を聞き、姫様はショックを受けていた。
疲れ切った声色で狼狽えている。
職人殺しの襲撃。
ニコラウスの死。
オリハルコンの奪還。
彼女は色々な対応に追われているはず。
心配だ。
『ゴルドシュミットの現状は伝わってる?』
姫様が言う。
「聞きました。"職人殺し"の襲撃でオリハルコンが奪われたと」
ハルジオンが答えた。
『本当に情けないわ……。足を引っ張って、皆を危険に晒して。……本当にごめんなさい』
姫様が涙声で言う。
「謝ることなんかないっすよ!」
俺は強く言った。
ハルジオンも頷く。
「私もっ、そう思います」
ミスリルも同意した。
『ありがとう。私……ニコラウスのこと気づけなかった。そばにいたのに』
姫様が呟いた。
「”沈黙の使者”ニコラウス。……詳しく教えてくれませんか?」
ハルジオンがきいた。
『ええ』
姫様はそう言うと、ぽつりぽつりと説明を始めた。
鍛冶ギルドの長、ニコラウスは職人殺しが作った指輪を持っていた。
彼は指輪の力である”認識阻害”を使い、王宮の塔に忍び込んだ。
彼は塔の上で、黒雲を発生させた。
指輪が持つ、闇の魔力を使ったと思われる。
その雲はサイレンスの行動範囲を広げる役割があった。
異変に気づいた姫様とオリハルコンは護衛の兵士を連れて塔を登った。
しかし目の前に突然、大鷲に擬態した職人殺しが現れた。
護衛がやられてしまい、職人殺しにオリハルコンを奪われた。
そう説明する姫様は辛そうだった。
『職人殺しが私を襲った……』
姫様が呟く。
『でも……ニコラウスが私を庇った。私が取り出したハサミを見て……彼、正気に戻ったの。だけど、傷が深くて助からなかった』
姫様のハサミはニコラウスが作ったものだ。
それを見て、魅了が解けた?
『カジバを襲った
姫様が言う。
なんだって?
それを聞いても、俺はまだ信じられなかった。
……ニコラウスが簡単に指輪を受け取るかぁ?
『私……。ずっと彼が好きで……』
姫様が声を絞り出す。
『……結婚するなら、彼しかいなかった』
「姫様……」
俺は呟く。
『……ごめんなさい、こんな泣き言』
姫様が無理やり声を高くする。
「……今夜はいいんじゃないっすか」
俺は仰向けになって、頭の下で両腕を組んだ。
「こんな夜があってもいいんすよ」
「ふっ、フレちゃん。私たちがいますから」
ミスリルが気の球体に向かって優しく声をかける。
『……うん』
姫様が呟く。
『リルちゃん……なんだか頼もしくなった』
彼女は安心したような声色で言った。
「そっ、そう?ふへへっ」
ミスリルが照れる。
『今日は……ゆっくり話そっか。3人とも付き合ってくれる?』
姫様が呟く。
俺たちは「当たり前ですよ」と頷いた。
俺たちは寝転んだまま、お互いの話を始めた。
俺たちは不思議な関係だ。
"聖剣"で繋がる関係。
俺は聖剣の作り手。
ハルジオンは聖剣使い手。
ミスリルは聖剣の原型。
姫様は聖剣作りの依頼者。
最初は仕事上の関係だった。
だけど、夕食を共にしたり、一緒にサウナに入ったり、冒険したり、戦ったり……。
いつの間にか、家族のような絆が生まれて……。
俺にとっては三つ目の家族だ。
両親。
ドワーフの皆。
そして、ここ。
姫様は自分の話をした。
母親は記憶がない時に亡くなった。
オリハルコンとは長い付き合い。彼女は母親代わりであり、一番の友人だった。
お風呂が好き。勉強は嫌い。
バルタサール王とは良好な関係だが、最近は父と娘の距離感が難しい。
と、年相応の悩みも話した。
彼女はバルドール王国の姫。
だけど、まだ18歳だ。
ミスリルは姫様の話を黙々と聞いていた。
18年の人生。
ミスリルにとって、それはとてつもなく長い経験だろう。
彼女は生まれてから、まだ2ヶ月だ。
そして、3ヶ月後には消滅する。
何もしなければ……確実にそうなる。
ミスリルの死。それは、いつも脳裏にあった。
だけど、まだ決まったわけじゃない。
だけど……解決策は見つからない。
「お父さんとお母さん。まだよく分かんないな……」
ミスリルは身体を起こすと、片膝を抱えた。
「俺もだ。俺も分からない」
ハルジオンは身体を横向きに起こし、頭を片手の上にのせた。
「……サイレンスに両親を殺された、俺が赤子の時だ。俺はノーラに助けられ、漁師の夫婦に引き取られた。そのまま俺はヴァイキングが住む港町で育った。その頃の俺は、自分の出自も知らないガキだった」
……そうだったのか。
「ノーラは親戚の姉のようだった。時々俺の前に顔を出して、稽古をつけてくれたり、歴史や闇の生物について教えてくれた。そして4年前、ノーラが俺に真実を伝えた。そして俺はゴルドシュミットに行くことを決意した」
ハルジオンが寝転がったまま話す。
……そうか。
両親のいる生活を知っているのは、この中で俺だけか。
「俺はぁ……父ちゃんと母ちゃんと過ごした記憶がちょっとある。ぼやっとしてるけどぉ……暖かくて幸せだった」
俺は呟いた。
「でも、2人とも職人殺しに殺された。俺はそのまま逃げて、洞窟に引きこもった」
「そしてドワーフに拾われた。ドワーフの里の一番端の集落で暮らし始めたけど、俺はその中で自分の価値を示さなきゃいけなかった……。
俺は思い出しながら自分の話をした。
「大変だったぜぇ。俺は仕事を見つけなきゃいけなかった……。俺の武器は鍛冶技術だったけど、ドワーフの中じゃぁ全く武器にならなかった。だから、皿洗いや、家畜の世話をしながら鍛冶技術を修行したんだ」
「子供のドワーフとか……友達はいたの?」
姫様が俺にきいた。
「みんな家族で、友達だったぜ?」
俺は答える。
「なるほど……そういう感じねぇ」
姫様は何か納得したような声色だ。
「好きな子とかいたの?」
彼女が再び俺にきく。
「みんな大好きだぜぇ!」
俺はそう言った。
「……そうなるのねぇ」
姫様の声が低くなる。
ありゃぁ。
欲しい返答じゃなかったらしい。
「ええと。この人といるとドキドキする……とか。その人のことを考えると、幸せ……とか。恋愛的な『好き』はないの?」
姫様がきく。
なんだか、声に元気が出てきたなぁ姫様。
『この人といるとドキドキする』ねぇ……。
エアとミスリルに挟まれた時はドキドキしてたぜ、俺?
あとはぁ……。
初めてミスリルを見た時……。
姫様に手を引かれた時もドキドキしたなぁ。
ノーラに飯をご馳走して貰った時も。
『その人のことを考えると、幸せ』かぁ……。
そうか。
姫様がニコラウスを想う気持ち。
それは、恋愛的な「好き」だったんだなぁ……。
俺にはいるだろうか、そんな人が。
俺はミスリルを家族だと思ってる。
ミスリルは世界で一番美しいとも思ってる。
ミスリルを応援したい。
ミスリルに死んで欲しくない。
うーん。
俺はミスリルを見た。
彼女と目が合う。
俺はなんだか恥ずかしくなって、目を逸らした。
食べ物が好き。
鍛冶が好き。
家族が好き。
女が好き。
ミスリルが好き。
今まで全部一緒だと思ってたけどぉ。
「好き」の中にも色々あるんだなぁ。
ん?
そういえば。
「あぁ〜。もしかして、トネリコってハルジオンが好きなのかぁっっ!!!」
俺は大声で納得する。
ハルジオンが飛び起きて咳き込んだ。
『ちょっっっ、カジバっっ!!!何言っちゃってんのぉ!!!』
姫様が慌てた。
「えぇ……」
ミスリルが冷ややかな視線を俺に向けた。
「やべっ。……こういうのは言っちゃいけないよなぁ?普通」
俺は頭を掻く。
「まぁ……今のはカジバの感想でしかないし……。実際にそうとは限らないしね……」
姫様が話題を曖昧にする。
トネリコ、ごめんなぁ!!!
……でも絶対トネリコってハルジオンのこと好きだよなぁ。
俺は内心そう思う。
ハルジオンは「くだらん」と布団に包まってしまった。
「ふっ、ふふっっ」
姫様が思わず笑う。
「……そろそろ、寝よっか」
俺たちが布団に潜ると、神殿の外から歌が聞こえてきた。
エアだ。
彼女は弦楽器を弾きながら、優しい声で歌っている。
俺はゆっくりと目を瞑った。
今夜はよく眠れそうだ。
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本作に登場する武器と種族をかんたん解説!
■グングニル
北欧神話に登場する架空の
決して的を外さず、敵を打ち倒した後はひとりでに持ち主のもとに戻るよ。
番外編!
■エアメール
外国郵便の一種。航空郵便を意味する言葉。
またみてね!
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