4 「聖剣の作り手」
石造りの廊下を歩き、俺たちは玉座のある大広間に迎えられた。
目の前には威厳のある王と気品のある姫。
それぞれ玉座に座っている。
姫様のそばには黄金の髪を持つ人形のように美しい人物が立っていた。
広間の左右にも人がいる。
鎧を着た騎士がチラホラ。
偉そうな人にぃ〜〜、もっと偉そうな人。
広間の隅には鍛冶師が数人いる。
職人だぁ……。
職人は雰囲気で分かる。
「バルドールの国王バルタサールがそなた達を歓迎する!!」
その声で俺の意識は玉座に戻された。
「エレオノーラ殿。事情は察するが、まずはそなたの口から説明していただこう」
ノーラは頷くと説明を始めた。
俺がミスリルを発掘したこと。サイレンスに2度襲われたこと。そして、俺がミスリルを剣に変えたこと……。
途中、ノーラが俺を『聖剣の作り手に推薦する』と言ったことだけが引っかかったけど……。
一通り話を聞くと王様は深く頷いた。
「これは……我々に勝機が見えてきたということだな」
「ええ、希望はあります」とノーラが言い、ミスリルのフードを取った。
ミスリルのご尊顔が露わになる。
周囲から感嘆の声があがった。
ミスリルは細く華奢な身体なのに、立ち姿の安定感が凄い。
片足を緩めるような仕草が出来ないからだろう。
事情を知らない人が見たら武道の達人にでも見えるんじゃないかな。
王様が俺を見た。
「鍛冶師のカジバよ。まずはミスリルをここまで送り届けたこと誠に感謝する」
いえいえと頭を下げておく。
こういった礼儀は全く分かんねぇからニュアンスでやっている。
「知っての通り100年前に滅びた”岩石王”の復活が近い。エルフの森の妖精王によると、次の日食が魔王復活の最大のチャンスだそうだ」
王様が説明を始める。
「太陽が隠され、闇の魔力が活性化する」
「次の日食はいつですか?」
俺は尋ねる。
「我らの国の新年元旦。5ヶ月後だ」
王様はゆっくりと答えた。
「我々はそれまでに岩石王を倒す事のできる唯一の武器”聖剣エクスカリバー”を再び手に入れる。そして闇の王国”ヨトゥンヘイム”にある”岩石王の核”を破壊する最後の戦いに備えなければならない。敵は今も魔王完全復活のために画策している」
「アイツら、ミスリルを欲しがってました」
「ああ、大陸には多くの魔鉱石が散らばっている。それは100年前に砕けた岩石王の一部だ。奴らは今それを回収している。その多くは小石ほどだが、中にはミスリルのような強力な石もある」
「魔王の一部だからミスリルを取り戻してぇのか」
俺はストンと腑に落ちた。
「さて、これからそなたに頼まなければならないことがある」
王様が言った。
何ですかねぇ……。
さっき聞こえた気がするけど。
「カジバ、そなたを”聖剣の作り手”に任命したい。どうか我々のために協力してくれぬか?」
随分と丁寧だなぁ。それだけ危機迫っているのか。
王様ってのはもっと傲慢で高圧的だと思ってた……。
さて、どうしよう?
「あのぉ……”聖剣”ってさぁ、一番強いんですよね?」
そう王様に聞いてみる。
「ああそうとも」と王様は頷いた。
「任命するってことはぁ……つまり。俺の聖剣作りを応援してくれるってこと?」
「そう捉えて貰って構わない。寝床や食事もこちらで用意しよう」
まっ!?
俺は最強の武器を作りたい。
それを応援してくれる偉い人……。
王様が応援するってことは、姫様も応援してくれるはず。
女に応援されるのは嬉しい。
飯と住居にも期待できる。
ついでにノーラのご馳走の約束も待ってる。
はぁぁぁ〜〜〜〜。
断る理由ねぇじゃん……。
「作りましょうよ、聖剣!!俺ぇやりますよ!!」
こうして俺は”聖剣の作り手”に任命された。
―――――
「さて、まずはその力を見せてくれぬか?」
王様が言う。
「力ってミスリルを武器に変えるやつですか?」
「そうだ、我々は”
「いいんすけど……それするとミスリルの擬態が解けるんで、サイレンスに居場所がバレますよ」
俺は右隣に立つミスリルに目をやる。
「正しい心配だ。だが、相手も魔鉱石がこの国にあることは勘づいている。そしてこの城を奴らが攻めるのは容易ではない」
左隣にいるノーラも静かに頷く。
「そうっすか……じゃあやります!!」
少し緊張するなぁ……。
っていうか、出来るのか?
勝手に習得した気でいるけど……。
まぁ、いいか!!
「ミスリル、手ぇ出して」
俺が言うと、ミスリルは「分かった」と手を差し出した。
俺はその手をしっかりと握る。
バチッとした感覚がある。いけそうだ。
あの時と同じく脳内で長剣のイメージを強める。
ミスリルが輝き、光が剣の形になっていく。勢いよく火花が散り、左右の人間が一歩下がった。
俺の手元には立派な長剣が出現した。
熱がひくように剣身がオレンジ色から美しい銀へ変わっていく。
いてぇ……。
右腕がビリビリと痛む。
普段使っていない筋肉を使った後のような痛みだ。
左右から拍手があがった。
特に職人たちが沸いている。
姫様も玉座から腰をあげ、前のめりになっていた。
「どうっすか。想像通りだといいけど……」
「想像以上だカジバ!!間違いなく魔鉱石をモーフィングした」
王様が声をあげる。
「凄まじい魔力だな。”オリハルコン” 確認できるか?」
王様が言うと姫様のそばに立つ黄金の髪の美女がこちらに歩き寄った。
「剣を拝借します」
オリハルコンと呼ばれた美女が両手を差し出したので、俺は大人しく長剣を手渡した。
彼女は剣を両手で持つと、じっくりと眺める。
彼女の太陽のように輝く黄金の眼を見て、俺は確信した。
彼女も”魔鉱石”だ。
”オリハルコン” とは、ミスリルと同じく希少な鉱石の名前である。
炎のように輝く美しい黄金。
あらゆる衝撃に耐える強靭な武器が作れると聞く。
「十分です。ウケる」
彼女はそう言うと剣を俺に返した。
ウケ……る?
聞いたことない表現に一瞬戸惑った。
「ミスリルを劣化させずに剣の形にしています。もちろん聖剣にはまだまだ及びませんが」
オリハルコンはそう言った。
「この子、詳しいの?」
そう尋ねると、王様は微妙な顔をした。
「彼女は”元聖剣エクスカリバー”ですよ」
クスッと笑い、隣の姫様が答える。
「えっ?」
「彼女こそ、この世でただ一つのランク5の魔鉱石だ」
ノーラが付け足した。
凄ぇ人じゃん!!
いや……凄ぇ石じゃん!!
「ですから彼女は聖剣製作の工程をその身に刻んでいます。彼女にはこの先、何度も頼ることになるでしょう」
姫様が言った。
オリハルコンは少し微笑むと俺の手を握った。
何かを確認する様に手のひらを触っている。
冷てぇ。
「かなりの対魔力があるようです。逸材ですね。ウケる」
彼女が言った。
だからウケるってなんだ?
褒めてんのか、貶してんのか分からん……。
「ミスリルを元に戻せますか?」
オリハルコンが俺に尋ねた。
「たぶん」
俺は剣を持ち、人型のミスリルをイメージをする。
……だが。思ったようにいかない。
「人型に戻すのではなく武器を素材に戻すイメージをして下さい。製作工程の逆です」
オリハルコンから助言が出た。
実際その通りにすると上手くいった。
ミスリルは剣から鉱石に戻ると、その後人型へと変化した。
「一度鉱石に戻してしまえば、私たちは自動的に何かに擬態するので、今後はこのように」
そうオリハルコンが教えてくれた。
ミスリルを戻した途端どっと疲れがやってきて、俺は膝をついた。
「カジバ、やばい」とミスリルが近寄ってくる。
可愛いやつよのぉ……。
出会った時とは違い、彼女は衣服を着た状態で擬態している。
喋るようにもなったし、色々と成長しているんだな。
「本日はここで切り上げるとしよう、旅の疲れもあるだろう。ゆっくり休んでくれ」
俺の様子を見て、王様が言った。
―――――
左右の人々が広間を去ると姫様は玉座から立ち上がり、俺とノーラのもとにやってきた。
「ノーラ!!4年ぶりね」
「ええ、フレイヤ姫。大きくなりましたね」
俺の横で4年ぶりの再会が行われる。
姫様が俺を見た。
「フレイヤよ。よろしくねカジバ」
「はい……」
フランクな姫様に動揺した。
この人、公私の切り替えが早ぇなぁ……。
「2人とも、お風呂に浸かりなさい!
疲れをとるのはやっぱりお風呂よ!」
姫様はそう言うと「いい、早急に入浴の準備を」と臣下に命令した。
「ミスリルはどうすんの?」
俺は姫様に聞く。
「彼女はしばらくオリハルコンが面倒を見るわ。日常生活を送れるように教育するの」
「なるほどぉ……」
”元聖剣”ってことは、オリハルコンはミスリルよりずっと先輩なんだなぁ。
がんばれよぉ、ミスリル!!
「それじゃあ行くわよ!!」
「私は宿で済ますが……」というノーラと、モーフィングで疲れ切った俺は、姫様に無理矢理、王宮の奥へと連れていかれた。
ミスリルはその光景を不思議そうに眺めていた――
―――――
俺は今、巨大な浴室で身体を洗っている。
立派な大理石の浴槽には、たっぷりのお湯。
入浴道具の説明を散々聞かされたので律儀に従う事にした。
強引な姫。
あの人、思ってた感じと違うわぁ……。
それにしても、この身体を拭く布……めちゃくちゃ肌触りがいい。
たまらん。
「お風呂〜〜!!」
「フレイヤ、一緒に入るのか……」
壁を挟んだ隣から2種類の声が聞こえる。
姫様とノーラだ。
この城、なんとぉ!!浴室が2つある!!
俺の見立ては間違っていなかった……。
ここでの生活、困ることは無さそうだ。
「随分と立派な……」とノーラの声。
「勇者様の影響で、初代国王が風呂好きなのはノーラも知ってるでしょう?お風呂最高っ!!」と姫様。
壁越しに聞こえる声か。
フッ
なんだか、良いじゃねぇか……。
というか……姫様よ。
自分が風呂に入りたかっただけじゃねぇか!!
まあ……俺も旅で汚れていたしな。
ドワーフの皆なら「豪快じゃい!!」と笑うだろう。
でも、王宮の人たちは清潔を整っていた。
だったらしっかり綺麗にするぞぉ〜〜。
俺はゴシゴシと身体を擦る。
『豪に入れば郷に従え』
それが、うまく生き抜くコツである。
お湯に浸かると、疲れが一気に引いていくのが分かった。
全身に染み渡る。
体温が上がるぅ。
幸せじゃい!!
生活が変わる時は一瞬だなぁ〜〜。
不安もあるが、全然良い。
地下に引きこもっていた時よりも、ずっと良い……。
生きてるって感じがする。
風呂からあがると、用意してあった白い衣服を着た。
廊下に出ると、姫様が待っていた。
「随分と気に入ってくれたみたいね」と微笑む。
彼女は髪を下ろしていた。
ちゃっかりと入浴を楽しんだ後だ。
「待っていたわ、こっちへ」
そう言って彼女は俺の手をとった。
「ノーラは?」
「情報収集に行くって。全く……休み下手なんだから」
彼女に手を引かれ、後方を歩く。
なんだぁ?
なんだ、これは。
姫様よ……。
こんなん好きになるじゃん……。
―――――
「ここに腰掛けて」
俺は姫様の部屋で椅子に座る。
なんだか逆に怖くなってきた……。
目の前には何故か鏡がある。
「私のドレッサー。特別に貸してあげる」
鏡に映る姫様は俺の背後で銀のハサミを取り出した。
「え?!何につかうんすか……」
俺の引きつった表情を見て、姫様は悪戯な笑みを浮かべた。
チョキチョキとハサミを動かしている。
「神よ……」と姫様が呟いた。
やべぇよぉ。
やべぇ人だよ!!コイツ!!
「髪よ、髪の毛!!そのままじゃみっともないわ。私が整えてあげる。いいでしょう?」
姫様はクスクスと笑った。
ああ、髪かぁ……。
俺は肩の力を抜く。
「ああ……はい」
気の抜けた了承と対照的に、姫様はなんだか嬉しそうだ。
俺は冷静を取り戻すと銀のハサミに目を向けた。
なるほど、散髪用ハサミかぁ……。
考えたこともなかった。
ドワーフの連中は皆ナイフを使って散髪していた。
といっても滅多に散髪しないんだけど……。
それにしてもよく出来たハサミだ。
見ただけで技術の高さが分かる。広間にいた職人が作ったんだろうか?
姫様は俺の顔を真っ直ぐ前に向けた。
「心配しないで?散髪は得意なの」
ほんとかよぉ。
まあ……いいや。従うことにしよう。
「切るわね」
そう言うと、姫様は手慣れたように髪を切り始めた。
……うん、切れ味も良さそうだ。音も心地いい。
良いハサミだぜ……。
それにしても、こんなに無防備でいいのかと思う。
この状況、後ろから首を突き刺されても仕方ないぞ?
でも……。
姫様は、なんだか落ち着く空気を纏っていた。
ふわふわとした気持ちになる。
これが王族の格か……。
俺は考えるのをやめ、ゆっくりと目を閉じた。
―――――
「できたわ。うん。この方がずっと良い!!」
姫様の声で俺は目を覚ます。
鏡には様変わりした自分の姿が写っていた。
前髪の毛先が揃えられ、耳が隠れるほどあった横髪はさっぱりとしている。
かなり涼しい〜〜。
「いかが?」と姫様が聞いた。
「想像よりずっといいや、スッキリした感じ」
「よかったぁ」
ドワーフの皆へ。
俺はアンタ達みたいにワイルドな男に憧れていたけど、俺の目指す”カッコイイ”はこっちかもしれねぇや……。
さよなら髭への憧れ……。
「姫様は手先が器用なんすね」
そう言うと、彼女はご機嫌になった。
「鍛冶師は好きよ。このハサミみたいに素晴らしい道具を作って、皆の暮らしを豊かにしてくれる。だからこそ悲しい、”職人殺し”によって多くの命が奪われたことが……」
そうだ。
許せねぇ。
「職人殺しのせいで、途絶えた技術も多いそうよ。職人達が殺されていなければ、この国ももっと技術が発展したはずなのに」
そうだ。
その通りだぜ、姫様。
だからこそ、俺は作らないといけない。
聖剣エクスカリバーを……。
―――――
散髪の後、姫様は俺の部屋を用意してくれた。
一人で使うには広すぎる部屋。
ベッドが3つもある。
俺は真ん中のベッドに飛び込むと、天井を見た。
……こんな夜が来るとは、夢にも思わなかったなぁ〜〜。
ドワーフの皆にも伝えないと……。
しばらく天井眺めた後、俺はゆっくりと眠りに落ちた――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本作に登場する武器と種族をかんたん解説!
番外編!
■オリハルコン
古代ギリシャ・ローマの文献に登場する幻の金属。
本作では『最も硬く伸縮性がある』という一般イメージを引き継いで、黄金の鉱石として登場しているよ。
■バルドール
北欧神話に登場する光の神『バルドル』が名前の由来。
本作の王国名として登場しているよ。
■ヨトゥンヘイム
北欧神話に登場する巨人の国。
本作では魔王のすむ闇の王国として登場するよ。
またみてね!
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