第三章【天才、無双する】

第三十三話【強化合宿】

「無事に選考通ったわよ? 強化合宿」


 アムレットの杖を作ってからしばらく経ったある日、サーミリアに呼ばれた俺とアムレットへ、呆れた顔で放たれた言葉は、俺たちが学園で行う強化合宿への選抜生徒に選ばれた知らせだった。

 毎年、各学年から魔法の扱いに長ける者を選抜し、よりその能力を育てるために行われる強化合宿。

 俺たちにとって重要なのは、その内容よりも学園からの評価の方だ。


「強化合宿に選ばれること自体が、一定の評価の証になり、さらに合宿中の評価は、普段の評価よりもはるかに効力がある。そうだったな?」

「そうね。そもそも魔法の扱いに長ける者を選抜するなんて表向きで、これまでは黄爵こうしゃく以上からしか選ばれなかったのに。実際はより上の爵位の者たちの優位性を盤石にするための特別学習よ?」

「表向きだろうが何だろうが、そうなっている以上、相応しい成績を残したら通すしかない。そうだろう?」

「まぁ、ペイル君なら通って当然な気はするけど。それにしてもアムレットちゃんは良く通ったわね」


 サーミリアは意味ありげに目を細めて見せる。

 その視線にアムレットは恥ずかしそうにする。


「フィリオ君のおかげです。色々教えてくれたから……」

「ふーん? ねぇ、ペイル君。私にも教えてくれるつもりはないの?」

「へ、変な意味じゃないですからね!」


 アムレットは顔を真っ赤にするが、いつものサーミリアのからかいだ。

 放っておけばいいのに。

 まぁ、アムレットがそういうことができないと分かって、サーミリアは面白がってやってるのだろうが。


「ちなみに。私が推薦しておいたわ。メルビンなんてあからさまに反対していたけどね。ま、とにかく今回の強化合宿には二人とも参加が決まった。準備をしておいてね」

「準備と言っても、一週間の合宿で必要な着替えくらいだろう?」

「必要なものは各自の杖。それと、一週間の合宿中の身の回りの世話をする使用人を同行させることになっているから、その手配も」

「なんだと? 事前に仕入れた話には使用人の同行なんて聞いてないな……」

「今年から変わったのよ」

「使用人……フィリオ君……どうしよう? 私、使用人なんていないよ?」


 平民出身のアムレットは、彼女の高い魔力量により本来は貴族の子息子女のみが通うマグナレア学園に通っているが、卒業するまでは身分は変わらない。

 各学年ごとに実施される進級試験を合格し、無事に卒業できれば、晴れてその評価に応じて相応しいとされる貴族の養子になる。

 そんな彼女には身の回りの世話をする使用人などいない。

 今は寮生活のため、学園が雇った寮の使用人たちが他の生徒たちも含めて身の回りの世話を見ている。


「ああ。そうだったわね。仕方がないわ、アムレットちゃんには私の使用人を一人貸すわ。大丈夫。私と同じでいい子よ」

「サーミリア先生と同じってところに凄く不安がありますぅ」


 こうして俺とアムレットは他の高位貴族の子息子女に混じって、学園の強化合宿に参加することとなった。



「坊ちゃま。着いたようございます。荷物はルーナが部屋へ運んでおきますので、そのまま集合場所へお向かいください」


 今回の強化合宿に同行してもらう侍女のルーナが場所が止まった瞬間そう言った。

 少し考えたが、まだ時間がある。

 せっかくだから荷物運びなどさっさと終わらせて、ルーナと合宿場所を見回ることに決めた。


「いや、荷物運びは俺も手伝うよ。遠出するなんてルーナも初めてだろう? 珍しい機会だから、周りを見て回ろう」

「ですが……いえ。かしこまりました。ありがとうございます」


 そこまで多くない荷物だが、ルーナ一人で運ぶには数も量も一度には無理がある。

 荷物の全てを魔法で浮かばせた後、そのまま俺たちは割り当てられた部屋へと運ぶ。

 俺が魔法を使うところを見ても、ルーナはもう驚いた顔は見せない。

 強化合宿に参加することを両親に伝えた際に、魔法が使えるようになったことを少しだけ見せたからだ。

 両親、そしてルーナは始めは驚いた顔を見せたが、すぐに満面の笑みで喜びの声を上げていた。

 部屋へ向かう途中、俺の横を付き添うように歩くルーナは、妙に嬉しそうな、誇らしげな顔を付きで話しかけてきた。


「それにしても、今でも少しだけ信じられません。まさか坊ちゃまが学園の選抜生徒に選ばれるなんて。ルーナは従者として誇りに思います」

「はは。まだ選ばれただけだ」

「いいえ! こう申し上げるのはなんですが、淡爵家から選ばれるということだけでも凄いことでございます」

「そうか。そうだな。お、着いたみたいだぞ」


 事前に受け取っていたカギを使い部屋の扉を開けて中に入る。

 一通り部屋を見て回った後、俺は感嘆の声を上げた。


「これが上級貴族のための部屋か。なるほど。凄まじいな」

「ルーナはあまり詳しくはありませんが、これでも黄爵こうしゃく家や赤爵せきしゃく家の方々の私邸に比べればつつましい方かと……」


 一週間滞在するだけの部屋だが、まるで家のようだ。

 部屋数は六つ。

 主寝室の他に使用人のための部屋が二つ。

 その三つを合わせたものよりもさらに広い居室が一つと、さらに二つ部屋がある。

 ルーナ一人で切り盛りするには広すぎる広さだ。

 そういえば、以前リチャードが学園内に侍女を三人帯同させていたのを見かけたが、なるほど、同じ貴族でも全く違うというのも頷ける。


「まぁ、そんなに汚す気もないし、使わない部屋もあるだろう。多少汚れていたって死にゃあしない。ルーナも適当にやってくれればいいよ」

「そんなわけにはいきません。坊ちゃまが頑張っている間にルーナが怠けるなど。身の回りのことはご心配せず、坊ちゃまは安心して合宿に励んでください。それに……」

「ん? 最後の方が聞き取れなかったな」

「いえ! なんでもございません」


 何故かルーナは顔を赤くして否定の言葉を言う。

 俺もあえて深追いする必要もないとそれきりにした。

 とりあえず、部屋の中に居ても仕方がないので、予定通り集合時間までルーナと辺りを散策することに。

 合宿場所は片側が海に面した場所だった。

 生まれて初めて海を見るというルーナは、まるで子供のように目を輝かせて日の光を複雑に反射して光る真っ青な海にはしゃぐ。


「坊ちゃま! 見てください! これが波というものなんですね? 水が一人でに動いています! 誰か知らないところで魔法を唱えているのではないんですね⁉」

「はは。これだけの水を絶え間なく動かすだけの魔法を唱えるとなると、大変だろうな」

「おや? 貴様は確か……そうだ。フィリオだったな?」


 話しかけられ、俺は声の主へ顔を向ける。

 そこには金爵こんしゃく家の令嬢、ティターニアの姿があった。

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