(十)紫葉皇子の夜伽

夕貴ゆうき、皇帝の后である竜胆りんどう皇后が摂政を受け持つ事になった。これまでは皇子が一人だったが、二人となれば皇位継承者から選ぶのが常だ。

 夕貴と紫葉しよう皇子、二人のうちどちらが皇帝になるか決まるまで議論はまだまだ難しい。だが、世継ぎを先に持つことは武器となる。」


「皇帝……」

 母を救いたい一心で皇子としてそこに座る夕貴、さすがの夕貴も皇帝になるなどつい先日まで無縁な人生であった為戸惑いは隠せないようである。


「大丈夫だ、夕貴。政は我ら周りの者がいる。武家の希望として皆夕貴を皇帝にと励んでおる故。難しい話はゆっくりと、どうせあちらの頭の中は無に等しい。」


 永安ながやすは遠回しに紫葉のことを阿呆と言っているようだが。


「はい」


「だがな、正室を迎えたらすぐに側室選びだ。よいな」

「はい」



「夕貴殿下 だ 大丈夫ですか?はいしか聞こえませんでしたが……」

 とおうぎが夕貴の様子を気に掛ける。


「ああ 刀しか握ってこなかったからな……今度は女の手を握れか」


 夕貴はちらりと美桜マノスケに目を向けるが、美桜は視線を逸らしたのだった。



 ◇◇◇



 美桜の助言を元に麗麗れいれいが正式に名を蓮華れんか妃とし、側室として迎え入れられた。

 この晩、紅の着物を纏い初の夜伽を迎える。


「失礼いたします。蓮華れんか妃の準備が整いました。」

 紫葉しよう皇子は侍従武官の菊之輔きくのすけを連れ蓮華妃の部屋を訪ねる。


 そのまま、仕切り屏風の前に座る菊之輔。

「何をしておる?」

「今日からは、護衛の為私が見張り役となります」


 これまでは、女官が務めていた夜伽の見張りは皇子の侍従武官のお役目となったのである。


「はあ……そうか」

「どうだ、後宮は?困ったら何でも申すが良い」

「ありがたきお言葉。殿下のお側に置いて頂けて幸せです」

「そなた、マノスケがすすめただけあって、美しい」

「ありがとうございます。殿下の美しさには敵いませんが」

「ははは」


「さ、そなた余を好きにするが良い」

「あ、え?」

「で、では……失礼いたします」


 しばらく無言の二人に、心配する菊之輔。


「あれ、やはり…… だめじゃ」

「…………」

「そなた、技が足りんのでは?」

「わ 技?ですか」

「余はかまわぬ。誰かに教えてもらえ」

「…………」

「あの、紫葉殿下、またお誘い頂けますか」

「はあ、それまでに技を磨け」

「……はい」


 首を傾げながら蓮華こと麗麗は紫葉を見送る。待っていた女官もあまりの早さに残念そうである。




 ◇◇◇


 翌朝、美桜と扇は夕貴の部屋の前の庭で素振りをしている。

「ヤーッ」

「違う!マノスケ 脇!」


 そこへやって来たのは蓮華妃。すっかり身動きが取りにくい着物を着ている為か美桜に跳びつかず静かに佇む。

「あ!麗麗!」

「ほほう 無礼な。こちらは蓮華妃様でおられます。」

「ああ、失礼しました。蓮華妃様」


 小さくなった美桜をみてくすくす笑う蓮華はお付の女官に後ろへ下がるよう言い、美桜に耳打ちをした。


「え?!む 無理です」

(なんで、私が夜伽の技を?寝技なんて知らない……あ、扇なら)


「扇!ちょっと」

「なんだ?」

「扇は、夜伽の技を知っているか?」

「ひゃあ?!」

「だから、夜な夜な書物に目を通してただろ。裸の絵の描かれたあれをいっぱい見てたじゃないか、経験は?」

「おまえ……何故そんな事を言わねばならん」


「もう良いわ。私達誰も無知と言う事……はあ。いと難しや……」

 と話し方も変わったような蓮華に美桜は笑わぬよう堪えていた。



 その後


「お前たち!書庫へ参る」と夕貴が勢い良く庭へ出てくる。

「しょ、書庫?」

「ああ、永安殿はああ言うがやはり、少しは知識が必要だ」

「さすが夕貴殿下 向上心がすばらしゅうございますっ」

「マノスケ、何だその話し方は、年寄の女官みたいに、余を馬鹿にしておるのか」

「よ……余っ?」

「「はははは」」

 と笑い合う二人。


「あれ、扇は?行かんのか」

「私はここに待機します」

 扇の頭の中は夜伽でいっぱいであった。経験などあるはずが無い。



 書庫に足を踏み入れた夕貴

「わあ……なんだこれは」

「夕貴殿下 書庫の担当を呼んだ方が良いのでは?」

「そうするか、あ、待て」

「はいっ」

「いや 何でもない」


 美桜は書庫の担当を呼びに出た。


 そこへ、たまたまか、探していたのか菊之輔が小走りに走り寄る。その足の運び方、手の置き方は女より女形である。


「マノスケ殿!」

「あ、菊之輔様」

「此度は侍従武官へ昇格おめでとう。」

「あ、ありがとうございます」

「でぇ、今宵、紫葉殿下がね、剣舞を見たいと仰せで。ただし、侍従武官となったからには夕貴殿下にお断りを入れないといけないでしょ〜。」


「はい……では聞いてみます」

(夕貴殿下が駄目だと言ってくれたらもう行かなくていいのかな。あの男女部屋に……)


「蓮華妃、マノスケ殿のお友達だとか」

「はい」

「妃の顔を立てる為には、マノスケ頑張ってね〜」

「…………」

 なんとなく、圧力を感じ理解した美桜はガクリと肩を落としたのだった。



 その後、書庫で熱心に読書をする夕貴の前に立つ美桜。


「お前も座れ。何か読むか?」

「あ、いえ。私は……」

「なんだ?心配事か。麗麗か」

「あ、いえ。読み物が終わってから、少しお時間を頂けますか」


 俯き遠慮がちな美桜に目をやった夕貴は、パタリと本を閉じた。

「さっ終わったぞ」


「えっ、ああ すいません。」

「良いから、さあ、申せ。」

「はい。紫葉殿下の侍従武官が先程……今晩」

「剣舞か?」

「はい」

「お前は、舞いたいか?あの方の為に」

「いえ」

「じゃ、断ろう」

「あ、しかし」

「……ああ。麗麗か」

「……はい」

「分かった。くれぐれも気をつけろ。そして殺めるな」

「はい」



 その晩


 また化粧をされ、舞を終えた美桜は紫葉の部屋で茶を唆る。口まで持っていきまた茶碗を置く美桜に

「余を疑うのか、そなたが夕貴殿の側近だろうと殺めはしない。」


 殺められる恐れがあるのは紫葉のほうである。


「ひとつ、頼みがある」

「頼み ですか」

「ああ……。」

 高慢なはずの紫葉が視線を膝に落とし次の言葉を考えている様子に美桜も落ち着かない。


「そなた、余に抱擁してはくれんか」

「は?抱擁……といいますと?」


「ああ もうよいっじっとしていろ」

 と紫葉は尻を擦って美桜に近づきぐいっと抱き寄せたのだ。

「…………」

 完全に固まる美桜。


 しかし、紫葉は美桜の細く白い首筋に唇をそわし、鼻で深く一つ呼吸をした。


 ゾクゾクと寒気が全身を駆け巡りまだ何かしようもんなら美桜の一撃が入りそうである。


『――なぜだ!なぜ余はマノスケに反応する……なぜこの者が欲しいと……やはり余は、まさか あ〜っなんということだっなんという……』


「ああ、分かった。余は良く分かった。帰って良いぞ」

 急に力無く落胆し紫葉が帰るよう促す。


 美桜が部屋から出た後。


 鏡に映る自身の顔を見つめる紫葉。涙をぽろりと落とす。

 右手を股に添え確認し、

「はあ……余は、余は男色なのか……」


 美桜を抱きしめたら、欲情したのであった。あれだけ反応を示さなかった自分が、男に反応したのが悲しかったのだ。


「ゔあーーーー」

「どうされましたか!殿下」


 悲鳴を聞き走り入った菊之輔は、喚き泣く紫葉を抱きしめた。


「ん……?なんだ」

 と紫葉は改めて菊之輔の顔を見て抱擁してみる。

「ん!?気色悪い」

「え」

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