(七)もう一人の皇子
「あっちぃっ!!な 何しやがる!なんだてめえ」
(夕貴殿、二人相手……するおつもりか。ここは師匠の御手並拝見。任せるとするか。また丸腰だし……ああ)
美桜の顔を見た一人が指をさす
「あ あいつ、道場の」
「うちの花形をよくも傷つけてくれたな」
「あんたが道場の頭か?」
「頭でも尾っぽでも良いっ!」
斬りかかった一人相手にあっという間に打ち合いが始まる。店は皆逃げ出してもぬけの殻。
通りには遠目に人々が見物している。
夕貴はもとより美桜を巻き込む気はないようで見事に二人を相手にし、一人の刀が落ち蹴飛ばされ美桜の足元へと滑り混んできた。
とっさに刀を手に取る美桜。
夕貴の後ろで固唾をのんで見守る。しかし、背後から殺気を感じたのだ。
ぱっと振り返り斬りかかった男と刀を合わせた美桜。
(一人増えたか、これきりにしてよ 目立ちたくない。もう、力任せだな男は……)
美桜は〆の字を描くように早業で刀を振り、あっという間に相手の刀を落とさせ、跪かせた。
夕貴も既に二人を伸びさせていた。
男の首に刃先を当てたまま立ち上がった美桜に唖然とする夕貴である。
「お侍さん!これ使うか!!」茶屋の店主が縄を放り投げる。
「かたじけない。湯呑代と団子代だ」と割った湯呑の弁償代と団子の代金を置く夕貴だった。
二人は、三人の浪人を繋いで縛り宮殿へ向かう。
「すまない。マノスケ。まだ仲間がいたとは。お前よくあんな、動きをしたな」
どうやら夕貴は全て見ていたようだと分かり答えに困る美桜。
「いやあ、大したもんでは……舞と同じです。見て盗みました。」
とにやりと笑う美桜に夕貴は少々悪戯な顔を向ける。
「まあ 筋がいいのは確かだが、悲鳴の一つも聞こえなかったな。」
「う……あっ今になって悲鳴あげそうです」
「じゃ、あげてみろ」
「……ぎゃあ」
小馬鹿にしたような小さな悲鳴である。
夕貴が不審に思う程、美桜の太刀捌きは長けていたようだ。
宮殿の武官府へ罪人を連れていき、道場へ戻った二人は疲れもありぼーっと縁側に座る。
「あっ遅かったですね。」
「…………」
「夕貴殿?」
その晩、またもや道場に怪しげな男二人がやって来る。
夕貴が警戒しながら出迎えた者は、皇帝の側室
「夕貴、お前が今日縄にかけた浪人、おそらく宮中の何者かの刺客だ。身分の高い人物と思われるが……。」
「え?!」
「もう一人の皇位継承者の存在が明るみに出てしまったのだ」
「その刺客が探しておったと言う、隠し子……」
「よって、夕貴 お前を保護する」
「…………?」
道場の皆は息をつく間を忘れた程に静まり返る。
「私が、その隠し子だというのですか?」
「夕貴、陛下が崩御する日が近い故、隠し子の暗殺を目論む輩が複数いる。何も此度の者だけではない。また
「……で、その隠し子は」
「夕貴……お前は我が姉君 桔梗妃の息子。紫葉皇太子の他に唯一、陛下の血を引く男だ」
「…………」
夕貴は産まれたと共に死産を装い山寺に隠されていたのだ。その後十年あまりの時を経て武家の永安は夕貴を他の武家屋敷に奉公に出し、その後武官府に入れたのであった。宮中にいれば安全だと判断しあえて潜ませたのだった。
武術を磨き己を守る力をつけさせる為でもあった。
「さ、すぐに参ろう。直に夕貴の名を知りこの道場に何者かが来る」
「待ってください。この者たちは」
夕貴はそんな危険な道場に皆を置いていくなど出来ないと心許無い。
「直に武官府から迎えが参る。ここの見習い武官も全員宮中に引き取るそうだ」
「皆、達者で」
「夕貴殿!!!」
振り返り美桜の前に立ち
「じっとしろ」と懐から取り出した桜のべっ甲簪を結び目に差した。
「夕貴殿 これは、贈り物では」
「お前にやる。剣舞で使え」
いつもと変わらず夕貴の束ねた髪が凛と揺れるのを、美桜はただ見えなくなるまで見送るのだった。
突如訪れた師との別れを受け入れるには余りに唐突過ぎたのだ。
「おい、本当に夕貴殿が……」
「夕貴殿も知らなかったんだろ……」
「これからどうなる」
「夕貴殿は宮廷入りされるのか」
「何として?」「分からん 皇太子殿下の弟?兄?あ 歳は?!」
「今また刺客来たらどうする?!扇だっていないんだぞ」
「鈴ちゃん……鈴ちゃんはどうなる?!」
と美桜が皆に問うも、全員首を傾げたのだった。
「と、とりあえず 荷物だ!荷物まとめよう」
「おいっ!佐助何してる」
「何って、荷物まとめるんだよー!」
「お前、その刀、切れないやつだぞ 刃を落としてある」
「え」
「おい!!迎えに参ったぞ!!」
「「扇!!」」
「マノスケ、あの刺客捕らえたんだろ。良くやったな。怪我は無いか。聞いた時は心の蔵が飛び出そうで。無茶ばかりするなよ。」
「大丈夫だ。夕貴殿はどうなる?」
「さあ 宮廷入りするしかないかな、あ 鈴ちゃんは女官の下に入る事になった」
「あ 鈴ちゃん、大丈夫?」
「さ!みんな行くぞ急げ はよう」
「はい!」
一行はぞろぞろと荷物を背負って歩く。鍋まで背負っている者から枕を抱えるものまでいた。
宮中では、側室選びの会場準備が進む中、紫葉皇太子の護衛を強化の為対策会議が行われていた。
武官見習いまでもが宮中に流れ込み慌ただしい中、夕貴の母 桔梗は投獄されたのだった。罪名は皇子隠し、謀反の疑いである。
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