後宮などお断り。美桜宮中読心術物語~そなた名は何と申す

江戸 清水

(一)道場入りに成功

 去年と同じく焦げ茶色の枝に蕾が顔を出し一斉に開き出した薄紅色の花。少しずつ風に吹かれては花びらが舞い弧を描く都は、日々人攫いから盗人、放火とあまり穏やかな春を迎えてはいなかった。


 都の顔と言われる瑠璃川るりがわに町娘のようなおなごが流されていく。それを橋から身を乗り出して見る者達。


「ああ 可哀想に 若い娘か?」

「身投げかな」


 仰向けのまま流され都外れの岩場ではさまっている流木に身を上げ

「はあ はあ これで私は死んだ」と息を整えながらまだ十代の娘とは思えない鋭い目で呟いた。


 名は美桜みおう。訳あって刺客組織の元で育てられ、また訳あって復讐心からこの国の皇帝に刃を向けるため、刺客組織に迷惑をかけぬよう自ら死んだことにしたのだ。


 美桜にはひとつだけ不思議な能力があった。母を亡くした後に突然備わったのである。

 それは、触れた者の『心の声』が聞こえるのだ。ただし触れた時の少しの間だけで、美桜は幻聴かと疑っていた。だが煩わしいため極力人に触れぬよう生きてきた。



「ああ 痛え 寒い ゔゔ 」と川から這い上がり、目に入った集落から山吹色の着物と帯紐と布を盗んだ。

 その場で娘の着物を脱ぎ落とし布で頭を拭く姿は素っ裸である。その華奢な背中には斜めに刀傷が残っている。そして男物の着物に着替えた。


 着ていた女物の紺地の着物と、桜模様の瑠璃玉かんざしを川に投げ入れる。しかし慌てて川に足を踏み入れかんざしだけをもう一度手に掴み袖にしまう。


 そのまま川沿いを歩き都近くまで戻った美桜は、人攫いに合ったのだ。だがこれも計算のうちであった。

 数日豚小屋のような檻で臭い飯を食う。


 すると目当ての都の宮廷付き道場の者が訪ねてきた。


(私を選べ 私だー!こっちみて こっち ほら!!きたー!)


 道場の男は、奴隷として売られている者たちを一通り眺め「その者を」と美桜を買い取ったのだ。


 奴隷は縄を繋ぎ引くのが常だが、この男は奴隷が欲しいわけではない。

 馬に美桜を乗せる為に持ち上げる。

『なんだこのちび助は子供のように小さいな』と男の心の声が脳裏に響いた。

 そのまま男は手綱を引いて歩く。


「お前名はなんと申す?」

「……マノスケです」

(ああ 考えていなかった男の名。とっさに出たのがマノスケ……間抜けだ。まっ、ちび助と思われたみたいだし)


「私は夕貴ゆうきだ。お前は今日から武官見習いだ。」


「はい」


「なんだ、よほど酷い扱いを受けたか。さっきの眼力は何処へ消えた」


(ふん 男のくせに妙に美しい顔して よくあんな皇帝を守る気になるものだ)


「ははは 大丈夫です。こう見えても体は丈夫です。恩に着ます 夕貴殿」


 夕貴は、それを聞き頷き前を見直して歩く。歩くたびに一つに結われた長く真っ直ぐな墨色の髪を揺らす。


 美桜マノスケは、なるべく明るく振る舞うことにしたようだ。おなごであること、刺客に育てられたこと、母の敵の為皇帝を殺めようとしていることを隠し通す為に。



 ◇


 しかし、武官道場で聞いた話にマノスケこと美桜は愕然とする。近頃公の場に姿を表さなかった皇帝は、病で床にふせ、いわば放っておけば時期に命尽きるほどであった。


(はあ 死にかけだとは……。私は何を……。―――ならば、貴様の大事なものを)



 ◇


 それから幾月も過ぎ、すっかり美桜は男として皆に溶け込んでいた。


 さらには、あろうことか美桜の剣舞が宮中で噂となり度々皇太子に呼ばれては披露していたのだ。





(話が長い。面倒……。なんなら今この場で殺めても良い……はああ)

 今日も皇太子の 紫葉しように言われ剣舞を舞い、その後長々と話し相手となっていた。


「やはりマノスケ、そなたの剣舞は美しい。だが余には敵わぬ。この美貌はこの国一番」

 と、藤色に白竜模様の着物の袖を振り妖艶な色気を放つ紫葉しよう皇太子。長い黒髪は結われずに左片方にだけ白い髪飾りと呼ぶには足らない紐をあしらうのが好みらしい。


「ありがとうございます 殿下。しかし男というのは勇ましさや泥臭さもあってこそ美しくはありませんか?」


「なに?余に足りないものがあるとでも言うのか、はあ なんという無礼者!第一そなたには勇ましさの欠片も無い」


(まただ 呼び出され話し相手になっては怒られる。女の腐ったみたいな男だな……暇なのかな)


 紫葉しようは、何事にも一番でなければ気がすまない。その道の達人や一番だと称される者を呼んではコケにするのが好きである。

 意見されたり指摘されるとすぐ、屈辱ととる。


 特に美しさにはうるさく、女が男より着飾り華やかなのは癪に障る!と。宮中の女官は地味な着物、お付きの男性は化粧をし、煌びやかな袴を纏う。


 男色ではない。ただ自分より美しい女は嫌いだからと、ブサイクな正室と側室を置く。いや、正室の松前まつまえ皇太子妃は西の姫であった。政略結婚でたまたま美しくなかっただけである。


「駄目だ……。―――美しくない、駄目だ……」と夜な夜な部屋をまわり、結局世継ぎなど出来ずにいた。


 ちょっと阿呆なのではないかと美桜マノスケも刺客魂をへし折られるのだった。

 皇太子の父、皇帝は昔「余より賢いものは要らぬ!」と騒ぎ当時の優秀な学者や医官が惨殺された。

 皇太子はそれに比べれば可愛いものだが。





「はあ……たでえま戻りました」

「なんだその魂引っこ抜かれたみたいな顔は」

「うるさいっ」

「はあ、可愛いのは女みてぇな顔だけか、さっ茶でも飲め 落ち着くぞ」

「一日何杯飲むんだよ」


 美桜マノスケを出迎えたのはおうぎという男。一応美桜の先輩なのだ。武官見習いとして宮廷のすぐ近くにある夕貴仕切る道場にいる。


 近々試験があり、合格すれば武官になれるが身体検査がある為、美桜は是が非でも回避したいのであった。


「あー!マノスケー!会いたかった〜っ」

 ドンッ バタッ

「痛い……麗麗」

「んもっ力ないなぁ。マノスケはっかわいい顔だもん 仕方ないっかぁ」


『やっぱりたまんないっ。この美しい男。』


 毎度冷やかしに来ては美桜に突進し抱きつくのは麗麗れいれい

 同じく夕貴に拾われた娘。木根きね師範の元で舞踊を学びながら側室を目指してる。


(ああ 私、男じゃないんだよ……)


 よくあんなキチガイ皇太子の側室に。

 けれど麗麗は美人だからきっと落ちるだろう。と美桜は他人事である。



「マノスケ!今から舞を教えてぇ〜」

「舞なら木根師範から充分習ってんだろ」

「違うっ!剣舞の方!」

「側室の試験に剣舞?」

「無いけど、マノスケを呼ぶくらい殿下は剣舞がお好きなんでしょ。おねがい〜」

「はあ めんどくさい」

「なんて言った?」


 そんなやり取りをしていたらまた厄介なのが走り込んでくる。

(またあいつだ、一回返り討ちにしてやりたい……)


「どりゃーっ!!!!!」

「…………」

「なんでかわす!分かったじゃ相手しろっ!!」


「ギャーーーーッ」


「てめえー!こらーっ!背中を敵に向けるとは殺めろと言っとるのかーっだったらやってやるー!!」


 木刀を振り上げ追いかけて来るのは佐助さすけ。同じ武官見習いだが血の気だけが多い。美桜マノスケと佐助、二人は合わせて二助と呼ばれている。一緒になどされたくないであろうが間抜けに徹しなければならない為致し方ない。


 丸腰の相手を木刀で打ちのめす気で来るのは正気の沙汰ではない。

 自ら志を持って武官を目指すのは素晴らしい。だからって人を目の敵にし、切磋琢磨道連れである。しかしおうぎ麗麗れいれいも笑っている。


 と佐助が追いついた。


(あ やめてよ痛いんだって、その一撃まともに入ったら。女に手を出すなーっ。)


 パーンッ


 しゃらんと長い髪がしなった。

「もうよいだろ。佐助」

 夕貴の木刀がぎりぎりで弾いたのだった。


「マノスケ、舞姫奉公は済んだか」

 皇太子の剣舞好きをこんな言い方をしていいのだろうか聞いてる周りががそわそわしている。


「さ、お前たち。試験まで僅か、今から私が手合わせ致す」



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和風が書きたくて和風が書きたくて( ;∀;)

拙い文章で失礼いたします。

『美桜にだけ聞こえる心の声』(主人公美桜の心情)でございます。

よろしくお願いいたしますっ。


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