人類最強vs原作主人公組 そして──

 ──こいつは、本気でやばいな。


 そのことをローランドが察するまでに要した時間は、一秒とかからなかった。というより、遠くから目視した瞬間に全てを察した。根本として、生物としての造りから目の前の青年は一線を画しているのだろうと。


 本来であれば、即座に逃亡を選択する。だが、目の前の敵はそれを許さない。逃げようとした瞬間の隙を突いて、こちらの命を刈り取るだろう。


 ならば最初から挑まなければいいだろうという話だが、あくまでローランドの最優先事項は"レイラ"だ。彼からしてみれば、レイラの安全性を確保できるのであれば自分の命なんぞどうなってもいい。


(ならばレイラが逃げることができれば問題ない……というほど単純な話でもない)


 どうやら目の前の青年は、自分よりもレイラを脅威だと判断しているらしい。事実、その通りだとローランドは思う。単純な戦闘能力でいえば自分の方が上だと自覚しているが、戦場における汎用性だったり、敵に回したくない相手はレイラの方だろう。森羅万象すら断つことが可能なレイラの斬撃は、固定砲台として優秀極まりない。


 それらから総合的に判断して、常に一定以上の意識をレイラに割いているのだろう。レイラが隙を見せれば殺せるような状態だ。これによりレイラは構えを解くことができず、逃亡なんて以ての外。『祝福』を有するレイラは、自分以上にそのことを理解しているに違いない。


(……さて、どう動くか)


 青年から放たれた拳を打ち払う。打ち払うと同時に衝撃で内部から神経をズタズタにする一撃を喰らわせたはずだが、青年は顔色ひとつ変えない。そもそも、通用していないと考えるのが妥当だろう。


(技術を強引に捩じ伏せる基礎能力と、こちらと同等の技量……)


 段違いだな、と顔色は変えずにローランドは戦力分析を完了させた。この状態のまま戦闘を続けるのであれば──万に一つも、こちら側に勝ち目はない。


(マヌスにいるこのクラスの存在となると……)


 思考を巡らせながら、ローランドは青年の腹に蹴りを放った。青年は微動だにしなかったが、ローランドの目的はそこではない。反発する力に身を任せて彼は距離を置き、そのままレイラの眼前で停止した。


「ローラン。その人、人類最強」

「……なるほど」


 流石に格が違いすぎるのでもしやとは思ったが、どうやら最悪の敵と相対していたらしい。


 人類最強。


 大陸最強格の中でも、頭一つ抜きん出ている実力を誇るとされている謎の存在。他の大陸最強格であればまだ勝ちの目を拾える可能性自体は残されているが、人類最強は文字通り別格。一応は同格に位置する大陸最強格が相手でも、番狂わせは起きないほどの超越した存在であると聖女から聞いたことがある。


(……なんであの人がそこまで知っているのか、という思考は今は余分だな)


 思考を巡らせる過程で湧いた疑問。聖女は果たしてどこまで視ている──否、知っているのかというものを、ローランドは一度捨て置くことにした。そちらに思考を回すと、確実に隙が生まれてしまうから。


(拳を合わせたから分かった。これほどまでに戦闘に特化しているとなると、最強になるしかないんだろう)


 大陸有数の強者は、その多くが一芸に特化した技量を有している。キーランであれば暗器を極めているし、レイラでいえば空間斬撃。そしてローランドは、特殊な武術を極めているのだ。


 一方で大陸最強格は一芸に特化した技量を有しつつ、それぞれが持つ人類最高峰の才能を開花させている怪物だ。シリルであれば頭脳を、クロエであれば魔術を、それぞれ人類最高峰の才能として開花させている。


 そしておそらく目の前の青年は──身体能力が人類最高峰のそれなのだろうとローランドは推察した。そして、その才能を磨き上げて得た技量をも有しているのだと。


(付け入る隙が、ない)


 人類最高峰の才能を有しつつ、あらゆる能力を限界まで鍛え上げている怪物。今この戦闘が拮抗しているのは、目の前の青年がレイラにも意識を割いていることと──大きく力を温存しているから。そしてそれはおそらく、彼を倒せるであろうジルへの対策の一環。


(……つまり、こいつはオウサマを相手には敗北する可能性があるということか)


 力を温存する必要があるということは、そういうことだろう。人類最強は、ジルという男に対して全力を尽くす必要があると、そういうことに違いない。


(……ならば俺がやるべきことは時間稼ぎか)


 それが最も生存率の高い方法だ、とローランドが結論付けようとした時だった。


『……いや、それは違うぞローラン』

「なるほど」


 ソルフィアがローランドの脳内へと呟くのと同じくして、人類最強の口が開く。


『実力差を勘違いするな。お前が全力を尽くしていたから、時間稼ぎが成立していたただけだ』

「リズムが変わったな。時間稼ぎに移るか。ならば、力を温存する理由はない」

『時間稼ぎをするつもりで戦えば──死ぬぞ』

「今この場が死地と知れ、名も無き英雄よ」

「!!」

「ローラン!」


 突如目の前の大気が爆発し、ローランドの体が吹き飛ぶ。レイラが絶叫をあげるが、それに応える余裕はローランドに存在しなかった。


「か、ハッ……!?」


 見えなかった、どころの騒ぎではない。何が起きたのかすら分からなかった。


 気が付いたら目の前が爆発していた──そうとしか、言えなかった。


(なんだ今の速度は……ッッッ!?)


 背中から大地に叩きつけられたが、そのまま寝ている訳にはいかない。追撃で、確実に死ぬ。跳ね返りの要領で立ち上がりながら、ローランドは距離を置くべく後方へとバックステップをしようとして。


『あの小僧、神々の遺産の能力を使用可能なのか……。あの王やその自称妹といい、神々を彷彿させる存在が次々と……やはり、神代へと回帰し始めているのが原因か?』

「……神代への考察は後にしてくれ、ソルフィア。考えをまとめることができない」

『ああ、そうだな。……しかし困ったな我輩の力とあの秘宝の能力はそこまで相性が良くない』

「……肝心な時に役に立たないんだな」

『うるさい泣くぞ。……まあ、とりあえず言っておくがローランド……距離を置くな』

「なにを──」


 言葉を続ける余裕はなかった。

 いつのまにか人類最強が目の前にいて、腹に拳が突き刺ささっていたからだ。呆ける暇すらなく、極大の衝撃がローランドを襲う。轟音が炸裂し、ローランドの背後を余波が駆け抜けた。


「ゴッ……!?」

「貫くつもりでいたのだが、なにやら頑丈なものを仕込んでいるらしいな」


 口から血の塊を吐き出しながら膝を突くローランドを見下ろしながら、人類最強は淡々と言う。

 そして僅かに目を細めて、彼は左手を振り上げた。


「ならば、縦に割るとしよう」








 死ぬ。


 このままでは、ローランドが死んでしまう。ローランドが死ぬ。そう思った瞬間……レイラの、世界のどこかが軋む音がした。


「────ッッ!」


 斬撃が放たれる。森羅万象を断つ絶対の一撃。それへの対処をすべく、人類最強はローランドへと向けた手刀とは別の手で断絶された空間を強引に掴みねじ伏せた。


 が、


「なっ……」


 同時に、振り下ろされた人類最強の手刀は、切断された空間の歪みによって強引に受け止められる結末に終わった。耳をつんざくような音が響いたが、それだけ。人類最強の一撃は、ローランドに届かなかった。


「……なるほど。断絶した空間を利用した、絶対防御か。これを超えるには、先に空間を結合するという一手が必要となる。そして──」


 大地が震撼し、人類最強の足場が崩れる。強引に体勢が崩され、無理やり隙を作らされた。


「──そしてその一手があれば、この男の実力であれば自分に攻撃を届かせることができる。刀の少女の真価は攻撃ではなく、防御だったということか」


 空間の断絶。


 森羅万象を断つことのできる斬撃は、攻撃面において全てを切断するという脅威の性能を誇る。同時に、防御面においてもそれは全てを防ぐ絶対の盾として機能する。


 なにせ、物質が存在するために必要な空間そのものが断絶しているのだ。空間の断絶した部分を超えることなど、物理的に不可能。厳密には異なるが、漫画の世界の住人が、強引に紙面を破かれてしまえば切断面の向こう側へと干渉できないのと似たような理屈と考えれば良い。


 もちろん空間を正常な在り方に戻せば問題ないし、それ自体は人類最強にも可能だ。しかし人類最強でも、それをするには確実に一手間が必要となる。その一手間を、ローランドが見逃すはずがない。


「ソルフィア!!」

『──ようやく我輩を頼る気になったか。遅すぎるが、まあ言うまい』


 ローランドの手元に、光の弓が展開された。太陽もかくやといった光量を放つそれに眼を細めながら、人類最強は口を開いた。


「……良いコンビだ」

 

 直後。

 世界が光に包まれ、人類最強を中心に空間が爆ぜる。見た目に反して、物音は一切存在しなかった。



 ◆◆◆



『……まあ、初めての使用ではこの程度か。あれ以上であれば、ローランドの体も保たなかっただろうしな……。だが、これで枷が一つ外れたか。ふむ、悪くない』


 凄絶、という他なかった。


 先ほどまでは岩肌が覗く渓谷だったはずの空間は、一瞬にして砂漠が埋め尽くす地帯へと姿を変えていた。ローランドを中心に、半径十数キロメートル以上の範囲の地形が完全に変化している。その一撃を放った代償として意識を失ったのか、ローランドは地に伏せていたが。


「ローラン!」


 祝福の効果で事前に危機を察知できたこと。そしてなによりソルフィアによる気遣いの結果、なんとか攻撃を防ぐことのできたレイラが地に伏しているローランドへと駆け寄っていく。


 ローランドが地に伏す姿など見たことがない彼女は血の気が引いていたが、穏やかな表情で眠っているかのような彼の姿を見て、ほっと一息を吐いた。


「良かった……」

『自滅、などという間抜けな結末を我輩が許すわけがないだろう。ローランが死ぬことはない』

「……これが、ソルさんの力なんですか」

『力の一端、だ。本来であれば、神々をも屠る一撃だぞ』

「なるほど。ならば、人類最強もこれで」

『……いや、それは』

「──これで、なんだ?」


 ザッ、と砂を踏む音が響く。


「この程度で、人類の頂点に傷がつくとでも? たかだか半径十キロに位置する土地を滅ぼす程度の一撃で滅亡するほど、人類は脆くないだろう。ならば、人類の頂点に位置する自分が斃れる訳がない」


 先ほどまでとなんら変わらない声音だった。

 ローランドやレイラによる猛攻を受けても、焦り一つ見せなかった青年の、悠然とした声。

 それが意味する事態を察したレイラは絶句しながら、顔を声のした方向へと向ける。


「人類の歴史を積み上げて生まれた存在が自分なのだと、上司は言った。ならば、この身はそれに応えよう」


 視線の先。そこに、無傷の人類最強が君臨していた。


「無、傷……? あの距離で、あの一撃を受けて……? そんな、バカな……」


 あり得ない、とレイラは思う。

 今の一撃は間違いなく、局所的に恐ろしいまでの威力を誇っていた。砂漠地帯と化した周辺が、その事実を物語っている。おそらく、砂が無ければ凄まじい深さと範囲のクレーターがこの場にあったことだろう。それほどまでの、一撃だったのだから。


『忌々しいな、神々の遺産。そしてそれを纏うのが、お前という人間か……』

「新しい声だな。だが、この場にはいないらしい。ならば、自分のこれからの行動に変化はない」


 さて、と人類最強が体の調子を確かめるかのように首の骨を鳴らす。そして問題ないと判断したのか、軽く頷いた人類最強は右手を頭上にかざした。


「良いコンビだった、心よりの賛辞を送ろう。そして」


 いつのまにか人類最強の右手にはハルバードが握られていた。それを振り上げながら、人類最強は更に言葉を続ける。


「お前たちに敬意を評し、この一撃を手向けると決めた」


 人類最強の肉体から放たれた黄金の光が天を貫き、空を覆っていた暗雲が一瞬にして晴れた。そして現れた蒼天の下に君臨するは、名実共に人類最強の青年。


「受け取れ、今の自分が放つことのできる『人類最強』最大最高の一撃を。二人の英雄よ」


 人類最強がそう言うと同時に、世界が震撼する。レイラの『祝福』がかつてないほどの反応を示し、彼女の肌を粟立たせた。


「いざ──」

「──『人類最強』最大最高の一撃とやらを、英雄とはいえ只人にぶつけるとは過剰にすぎよう。さような一撃は、人類を超越した神へと向けるのが道理であろう?」


 なに、と人類最強が言葉を漏らした時だった。彼の足元の大地が、大きく割れる。


「天の術式、起動」


 消失した足場に目を見開きながら落下していく人類最強。それを見下ろしながら、中空で一人の男が口元に弧を描く。描いて、言った。


「地下六千メートルに閉じ込められた時、貴様はどう対処する?」


 男──ジルが拳を握りしめると同時、轟音と共に割れていた大地が閉ざされた。


















「王……」


 圧巻、という他ない魔術だった。

 大地を割ることで崖を作り、そこに敵対者を落とした上で大地を閉じる。間違いなく圧死するし、そうでなくても出てこられないだろう。

 そう思って、レイラはジルに声をかけた。


 だが、


「……」


 だが、ジルの顔色は浮かばない。いつもより心なしか険しい表情を浮かべたジルが、両の手をポケットから取り出して。


「レイラ。ローランドを連れてここから離れるが良い」

「……えっ?」


 瞬間。


 轟音と共に大地が爆発し、砂が高く巻き上げられる。大瀑布のように迫る砂の津波を、ジルは黒炎で防ぎながら、


「貴様らの安全を保ちながら、人類最強を討ち取るのは中々に骨が折れる。そのような児戯に戯れるのも悪くはないが、人類最強が貴様らを人質にとらぬとも、限らぬであろうしな?」

「随分と余裕な発言だな、神を名乗る男。自分という存在は、お前にとってそこまで安いか」

「そう言っていることも分からぬほどに、貴様は愚鈍か? 龍帝は貴様よりも、賢しかったぞ?」

「くだらない挑発として受け取ろう。神殺しの任、ここで果たさせてもらおうか」

「ほう──に吐いた唾は、飲み込めんぞ?」

「元より、お前を地に降ろすためにここにいる」


 砂塵の嵐を突き抜けて現れた人類最強。

 彼が振り下ろしたハルバードを受け止めながら、ジルは笑う。笑って、言った。


「人類という枠組みの中においての最強になど、私は微塵も興味がないが──歯向かうのであれば話は別よな。貴様はここで、死ね」

 

 それはまさしく、神の宣告。

 この世全てが自身の思い通りに動くと信じて疑わない超越者による、規定事項の通達だった。


「死ね、か」


 だがそれに否を突きつけるは、神殺しの任を命じられし人類最強。

 人間という種族における頂点に立つ青年は、表情を変えることなく堂々と口を開いた。


「生憎だが、その言葉には従えない。神々よ、人類種の極致を知るがいい」


 そして──二つの影が、衝突した。

 

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