超越者達の乱舞
急転直下?
順調だった。
実に、実に順調だった。
帝国との御前試合の件は大陸に広まり、更にかの帝国に支配されたのではなく同盟関係を結んだことは多くの小国や民族を揺るがした。
なにせ、あの帝国である。
近年は大人しくなっているとはいえ、あの国の歴史とは略奪と支配の歴史だ。そんな国相手に対等に渡り合ったという事実は、力を持たない集団にとって非常に眩しく映る。
帝国で過去──百年とか昔の話だが──に迫害を受けていた民族の数割は俺の国への移民を志望し、俺の国の周辺諸国の重鎮達が連日お伺いする日々。
そしてそんな重鎮達相手に、神威を放つことで俺という存在の強大さと偉大さを心身から理解させる。
(最近、神威の使い方が分かってきたからな)
抵抗する術を持たない連中にとって、神威は"毒"のようなものだ。神の威光にひれ伏せという言葉があるように、抵抗する力を持たない人間にとって神威はまさしく神の御技。
抵抗するには一定以上の力を有するだとか、非常に強力な自我を有しているだとか、神に対する憎悪を抱いているだとか──その他にも検証中だが──何かしらの要因が必須。一般人程度であれば、抗う術はないのである。
大陸有数の強者であれば一定以上の力を有しているし、魔術大国の人間であれば非常に強力な自我を有している。そういった手合いが相手であれば、神威を解放するだけでは不十分だが──強者に縋るしかない小国程度が相手であれば、俺は君臨するだけで支配者たり得るのだ。
(度し難いほどに愚かな連中も抵抗してくる可能性はあるが、そんな連中相手にはジルの力の一端を見せつけるだけで心をへし折れる。そしてへし折れた心に、神威を毒として注ぎ込めば全ては思うがまま)
順調。そう、順調だ。
俺が思い描いていたシナリオ通りにことは進んでいる。
半裸の信仰に関しても「屋内でやれ(要約)」の結果、他国の重鎮達には触れられていない。小さな教会や神殿のようなものを建設し始めたが、もはやそういう宗教として確立してしまった文化に関して俺がとやかくいう必要はないだろう。
信仰を受ければ受けるほど俺の力が向上する以上、信仰そのものを止める理由はない。節度を守って信仰を示してくれるなら、俺としてはむしろ万々歳だ。
魔術大国すら受け入れた俺に対して、教会勢力が「神はやはりスケールが違うのですね……」みたいな感じで感涙の涙を流しているという情報をグレイシーからもらったのも記憶に新しい。
曰く、『復唱するわね……「魔術大国すらも受け入れる。神はまさしく、望む者であれば世界の全てであろうと受け入れる器を有しているのですね……。今一度、我らに誓わせて頂きたい。この身の全てを、貴方様に捧げると」……だそうよお兄様』とのこと。
全てを受け入れる。
天下統一という目標を立てた俺にとって、これ以上なく相応しい言葉である。文字通り世界の全てを受け入れた時、俺の能力はどれだけ向上していることやら。
(ああ本当に──)
順調。
順調なのだ。
俺が思っている以上に事態は順調に進んでいて、確実に野望達成へと近づいていることを実感する。そしてだからこそ逆に、俺は不安を抱いていたりもするがそれはそれ。
「ふむ」
執務作業を終えた俺は、窓から王城を見下ろす。町は活気に満ちていて、人々は楽しそうだ。
「……」
神々の打倒以外に目を向けていなかったが、ふとした時にこうして国の人々を見ると、思うところはある。
例えばそう。神々を打倒した後のことだ。まだまだ力不足の現状で考える事ではないだろうが、果たして俺は神々を打倒した後にどうするのが正解なのだろうか。
今は必要だから王として君臨しているが、それが必要じゃなくなった時に俺はどうあるべき……いや、どうありたいのだろう。
王として君臨し続けるのだろうか。国を捨てて放浪でもするのだろうか。後継者くらいは作るのだろうか。あるいは──
「……ふん」
そこで、俺は思考を打ち切った。この先は今考えるべきではないと、直感で理解したから。
やはり、余裕なんてものは禁物。人間は怠惰な生き物であるとはよく言ったものだ。時間が生まれれば余計なことに思考を回してしまい、本来やるべきことを見失ってしまう。
試験期間の最中に、ふと暇な時間ができたらゲームに逃避するのと似たような理屈。落単必至と思われた科目の試験を乗り越えた途端に残りの単位も取ったと錯覚し、結果残りの単位全てを落とした悪夢を忘れてはいけない。
(そうだな。俺自ら動いて、残りの『レーグル』の面々を探すのも手か。あの兄妹の兄の方は手元に置いておかないと不安であるの、だ……し……)
そんな風に思考しながら、町を眺めていた時。ふと視界に映った見慣れた二人組に、俺の思考が一瞬停止する。
(な、ん……)
高校生くらいの二人組だった。好青年らしく切り揃えられた黒髪の少年と、腰くらいにまで届く長く艶やかな青髪の少女の二人組。
周囲を見渡しながら、彼らは町を歩いていた。
知っている。
その二人のことを、俺は嫌というほど知っている。
ていうか、アニメ『ラグナロク』を視聴していてあの二人を知らない人物は皆無だろう。いたとしたらそれはアニメを見ていないか、同名タイトルの別アニメ視聴者である。
(……ここで邂逅するか)
俺の眼が自然と細まったタイミングで、都合よく黒髪の少年が顔を上げた。
(原作主人公──)
互いの視線が交錯し、時間が停止する。
物語における主人公と、悪の親玉の邂逅。それが意味するところは、言うまでもない。
覚悟していたことだが、しかし内心で顔をしかめるのを止めることができない。
(……ふん、落ち着け。視線が合っただけだ。幾ら主人公とはいえ、それだけで突撃してくるわけがない。いや確かに連中の直感はアニメでも凄まじかったが、俺が憑依して以降悪事なんて働いていないわけで。極端な話、俺にはまるで身覚えがない。俺本人に覚えがない悪事に直感が働いて俺のところに突撃する訳がなかろう)
この場における最良とは、俺と連中が直接対峙しないことである。当然ながら原作主人公達への対策は練っているが、それでも会わないことがベストであることに違いない。
早々に──されど決して侮られないタイミング、かつ格上っぽい雰囲気を演出することを忘れずに──視線を切り、俺は静かに席に着く。
紅茶のカップを手に取り、一息。
なにも、なにも問題はない。まあ来るなら相手をしてやるが、おそらく来ることはないだろう。少なくとも、いきなり突撃なんてアホな真似はしないはずである。突撃営業なんぞ、今日日流行らないだろうからな。
「ジル少年。謁見希望の話が来たよ。男の子と女の子の二人組」
「………………」
波乱の幕が、上がろうとしていた。
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