インフレ勢力の居城へ

 俺がキーランと邂逅かいこうしてから、つまりこの世界にやってきてから三週間の時が過ぎた。


「ジル様。こちらお召し物でございます」

「ジル様。お食事のご用意が」

「ジル様。朝の目覚めの到来を僭越ながら私がお告げに参りました」

「ジル様。何やら国に不法侵入をしようとしていた輩を発見いたしました。如何なさいますか?」

「ジル様」

「ジル様」

「ジル様」


 誰だこいつ。


 目の前に現れてはいい笑顔でジル様ジル様連呼してくるキーランを見て、俺は表向きは無表情を、内心では引きつった笑みを浮かべていた。


(おかしい。どう考えてもこれは俺の知るキーランではない)


 原作のキーランは、言うなれば淡々と仕事をこなす職人。焦らず、慌てず、冷静に仕事をこなす。そんな人物だ。容姿の良さもあって、彼を好きになる視聴者も多かった。それこそ原作のジルも結構キーランはお気に入りのようであったし。


 だからこそ、俺は声を大にして言いたいのである。誰だこいつと。


 正直、行動と言動が完全に原作のそれとは別人である。原作のキーランはジルとビジネスライクな関係を築いていたはずだ。だというのに、このキーランの姿はなんだ。なんだその笑顔は。なんだその甲斐甲斐しさは。


 正直、キャラ崩壊すぎる。


 そのキャラ崩壊ぶりは、一瞬だけ「実はこいつ憑依系オリ主とかじゃないだろうな」と疑って警戒すらしたほど。


 ちなみにオリ主とはオリジナル主人公の略であり、主に二次創作なんかで使われている用語である。現代人がアニメの世界に原作知識を持った状態で転移し、神様から貰った転生特典で無双するという展開が多く、元々原作にいた面々からすると非常に理不尽極まりない存在である。


 だが、結論から言うとその可能性はない。


 というのも、何故か俺はキーランの心が読めるのである。そして心を読んだ結果、彼がキーラン本人であることは確定した。まあ、変態の心の内など読みたくもないというのが本音だが、便利なことは便利なのだ。少なくとも、突然背中から刺されたりする心配は必要ないのだから。


(……それに、心を読めなかったらこいつがホモであると疑っていたかもしれない)


 特に目が覚めたら視界ドアップにキーランがいた時など、キャラを演じるのをやめて悲鳴をあげそうになった。


「……」


 今もニッコニコでこちらを見ているキーランをチラ見しながら、内心でため息をつく。まさかこんなことキャラ崩壊が起きるなんて思いもしなかった。


 これのせいで、残りの『レーグル』と顔を合わせるのが嫌になった。従える部下の全員がキーランのように変な性格になったら、俺のメンタルが耐えられる気がしない。


(……とはいえ、いつまでも放置してはおけないか)


 レーグルは貴重な戦力であり、駒だ。

 少なくとも第一部において、彼らは最強格の存在だったのだ。そんな彼らを放置するなんて勿体ないことを、出来るはずがない。使えるものはとことん使わなければ。


(原作ではジルがレーグルを各国に放ってから暫くして、大国以外全ての国から神の力が手に入る。その辺りから本格的にレーグル編が始まるはず……)


 レーグル編が始まるまでの期間がどれほどなのか、正確にはイマイチ分からない。この辺の時系列は余り詳細に明かされていないので、どうしようもないと言えるのだが。これが学園モノであれば『文化祭』や『体育祭』みたいな目立つイベントをしるべにできただろうに。


(とりあえず分かっているのは、このまま何も変化させずに原作が開始されたら俺がかませ犬待った無しコースになってしまうこと)


 それを避けるために、俺にできることは何か。


 鍛錬たんれんは当然こなしている。


 当初は不安定だった力のコントロールが可能になったし、この身体ができることもおおよそ把握した。最初は「軽く魔術を使ったつもりで国が消し飛んでしまったらどうしよう」みたいな部分に不安を抱いていたから進捗が良くなかったが、今は問題ない。

 

 だが、足りない。このような鍛錬を続けていても、その先に待っている成長は原作ジルの延長線上でしかないからだ。その程度では、神々との決戦を考えると全く安心できない。異なるアプローチから、更なる成長を己にうながす必要があるだろう。


 だから、俺は本来なら有り得ない方向からの成長を欲した。原作のジルになくて、俺にあるものそれは──


(……海底都市、は無いな。あそこは俺ではどうしようもない極悪難易度都市だ。それこそ原作のジル本人でも攻略は無理だろうし。そもそもあそこは……)


 ──それは、知識だ。


 原作のジルは知らなかったから、対処できなかった。しかし俺は、この後に起こる出来事を知っている。それどころか、原作のジルでは知らない情報を幾つも有している。


 ならばそれを、利用しない手はない。


 神々が過去から俺に対して死の呪いを仕掛けてくるならば、俺は未来の知識から神々への対抗策を講じてみせよう。


 さしあたって、やるべきことは。


(インフレの象徴である教会勢力。奴等と接触するか)


 思い立ったが吉日である。

 教会勢力と接触するため、俺は国を発つ準備を始めた。


 

 ◆◆◆



 教会勢力。


 第二部において新たに物語の表舞台に上がったその勢力は、はっきり言って人類の完全な味方とは言い難い。


 彼らは「レーグルが世界を終末に導く」と考え行動していた主人公や大陸の人たちと異なり、世界の終末という予言の真の意味を把握していた。つまるところ教会は、ジル率いる『レーグル』が世界を終末に導く連中ではないと知っていたし、何故世界が変貌へんぼうしたのかも知っていた。


 極端な話、彼らが幼い頃のジルを殺害なりなんなりしていれば世界は変貌せずに何事もなく、ただただ続いたであろう。


 だが、彼らは何もしなかった。世界そのものが変貌するという異常事態が発生することを、知っているにもかかわらず。


 何故か? それは、彼らの目的がただ一つだからだ。


 ──神々の降臨。


 教会の人々にとって、それが最も重要なのである。

 ジルが『神の力』の封印を解いてその身に宿したことで確定する世界の変貌。それは、現世が天界へと昇華する予兆なのだ。


 時間が経てば今ある世界は終末を迎え、神々が降臨可能である天界の環境へと変貌し、そこに神々が降臨し救済が訪れるという筋書き。


 彼らにとっては『レーグル』による大陸の被害など、神々の降臨と比較すればどうでもよかったのだ。なにせ、神々が降臨すれば全て解決するのだから。


 しかし、そんな教会の上層部にとって予想外だったのは『邪神』の誕生である。


 ジルなどという神もどきはどうでも良かったが、曲がりなりにも本物の神である『邪神』は、彼らにとって看過できるものじゃなかったらしい。そんな明らかな異物が存在した場合、果たして世界は本当に正しく天界に変化できるのか。


 万が一にでも世界が天界に変化しなければ、神々の降臨は成されない。その未来は教会勢力にとって、死を遥かに凌駕する地獄である。


 故にそれまで独自の技術を用いて異なる次元にいた彼らは不安を解消すべく、不安の元凶たる『邪神』を討つため表舞台に上がることを選び、第二部にて新勢力として台頭する流れになるのだ。


(まあそいつらの技術や戦力のせいで、インフレが加速するんだが。第一部の最強格であるレーグルクラスの人間が、ゴロゴロ出てくるんだが)


 さて、何故俺が教会とパイプを結ぼうと考えたのか。答えは彼らの持つ『技術』と物語での役割に起因する。


 彼らは人類が失った技術、神話の時代の叡智えいちを有している事実に加え曲がりなりにも神である『邪神』にすら対抗する勢力なのだ。傘下さんかに加えることが出来ずとも、同盟関係に持ち込めれば上々。


 加えて、人類の全てを救うという思想を持ち合わせている訳ではないのも好都合。


 それは第一部において一切表舞台に上がっていないことからも明白だろう。彼らにとって、最終的に神々に導かれて世界に恒久こうきゅう的な平和が訪れるのならその過程はどうでも良いのだ。


 それこそ外の世界での立場が犯罪者の人間だろうと聖人の人間だろうと、彼らからすれば大差ないだろう。

 

(といっても普通に考えて、教会勢力と手を組むなんて不可能だ)


 彼らは神々しか信じない。

 そんな連中を相手に、交渉なんて普通は不可能だと思うだろう。


 だが、どっちにしろやらなければかませ犬で死ぬ可能性が高いのだ。ならばやるしかない。

 それに、俺には見えていた。己の活路が。勝利への道しるべが。


 ──と。


「……」


 国を出て目的地に向かい始めてから、約五時間。

 目的地に辿り着いた俺は立ち止まり、ゆっくりと何もない空間を見上げた。


 そう。何もなかった。


 ジルの国の外れにある一面荒野の土地。作物は育たず、人が住む環境でもない為、有していたところでなんのメリットもない。それゆえに、どの国も所有権を主張しない。そんな何もない場所。


「……なあ」


 ゆえに、立ち止まった俺の背中に同行者から困惑の声が向けられるのは必然だった。


「歩きだした方向の時点で妙だなとは思ってたが、本当にここが目的地なのか? 何もねえぞ、ここは」

「口を慎めヘクター。信仰無き貴様に、ジル様の崇高なるお考えが分かるはずもないだろう。そもそも、貴様とジル様では見ている世界が異なるのだ。貴様は黙って付き従っていれば良い」

「ああ"? テメェが口を慎めよクソ雑魚が。俺に指図するんじゃねえ」

「……」


 ──一人で来ればよかった。


 そう後悔し天を仰ぐも、そこには澄み渡る青空しかない。どうしてこうなったんだろうかと、少し前の出来事を振り返る。

 

 元々、俺は一人で教会勢力と顔を合わせるつもりだった。仮にも王である自分が国を離れるので、一応直属の配下である『レーグル』の面々に一報だけして。


 すると、未知の勢力と接触するという言葉に一人の青年が反応を示した。


 前髪が短めの金髪に、茶色い瞳が特徴の青年の名はヘクター。

 第一部でジルが率いる『レーグル』の一角にして、白兵戦であればレーグル最強の戦闘狂。


 戦いに行くわけではないと言ったが、それでも気になるらしい。強者を求めて国を抜けた男だしそういうこともあるのだろうかと納得した俺は暴れない事を条件にそれを承諾、ヘクターと共に教会に向かおうとしたのだが。


『お待ち下さい。であれば私も同行させていただきたい』


 俺は悩んだ。


 ヘクターなら教会勢力相手に万が一直接的な戦闘になっても最高戦力が相手でも無ければ生存可能だろうが、キーランは加護の特性的に正直微妙なラインだからである。


 とはいえ、彼の忠誠心を見てるとこれを断って万が一恨まれたりしたらとても怖い。深い愛情が深い憎しみに変わることほど怖いものはない。不相応な力を持っただけで、小心者でしかない俺はビビってキーランの言葉を承諾した。それがいけなかった。


『貴様には信仰心が無い』

『……は?』


 顔を合わせた直後のキーランとヘクターの会話がこれである。

 突如そのような事を口走ったキーランに対して、当然ヘクターは困惑。こいつ何を言っているんだ? という視線をこちらに向けた。


『……』


 だが当然ながら俺も、キーランの言っていることは全く理解出来ない。


 正直なところ信仰心ってなんだよ、以外の言葉が無いのである。とはいえそれを言ったところでどうなるのか。キーランがどう行動するのか、全く読めない。よって、俺の選んだ選択は沈黙である。逃げたとも言う。


『見ろ。ジル様も貴様の信仰心の無さを嘆いておられる』

『いや、俺にはボスもお前の言葉が意味わかんねえから沈黙してるようにしか見えねえんだが?』


 ヘクターの言葉はまさしく的を射ていた。

 思わず俺が一度頷いてしまうほどに、ヘクターは正しく真実を射抜いていたのだ。

 だが、信仰心が頂点に達しているキーランは聞く耳を持たない。


『見ろ。ジル様も私の言葉に頷いていらっしゃる』

『いや、どう考えても俺の言葉に頷いてただろ』

『口を慎めヘクター。貴様はジル様のなんだ? 言ってみろ。貴様ごときがジル様の思考を推し量り、代弁するなどおこがましいと思わんか?』

『いや、それそっくりそのままテメェに突き刺さるんじゃねえか?』

『口を慎めヘクター。私はジル様に信仰を捧げ、またジル様も私の信仰をお受けになられている。貴様とは違い私はジル様の代弁者としての権利を授かっているのだ』

『そんなことはない、と言いたげな顔をしているが?』

『口を慎めヘクター。貴様ごときがジル様の思考を推し量ろうなど、不敬にも程がある』

『テメェのそれは構文か何かか?』

 

 そんな会話が道中に何度も起きたのだ。

 基本的に、ヘクターは戦闘狂な面以外まともな感性を持つ人間だった。それこそ、同僚相手であってもいきなり仕掛けたりしない程度には。


 しかし、どんな人間でも流石に許容量というものが存在する。

 俺をしてキーランの言動は度が過ぎていると思ったのだ。直接向けられたヘクターの内心は言うまでもない。


「大体な、信仰ってなんだよ。テメェは無神論者だったろうが」

「何を言う。神はここにいらっしゃる。ジル様こそが神だ。神を知った以上、その神に信仰を捧げるのは当然の理」

「……イカれてやがる」

「イカれているのは貴様だヘクター。今すぐにでも矯正してやりたいところだ」

「ハッ! 吠えたな! いいぜ、ボスもお前には辟易してるだろうしよ! 帰ったら殺してやる!」

「ふん。信仰なき貴様の刃が、私に届くことはない」


 二人の仲は最悪だった。

 このまま放置していれば、殺し合いに発展しそうなほどに。


(はあ……)


 ──故に俺は己の『固有能力』を発動し、その身に取り込んだ『神の力』を解放することで、二人の注意を強制的にこちらに向けさせた。


 俺を中心に大地が陥没し、大気が震える。少し離れたところから、鳥の群れが逃げるように羽ばたいていくのを察知した。


(さて)


 俺から溢れ出る神秘的なオーラは、大陸有数の強者である二人の間に流れる険悪な空気を吹き飛ばして余りあるもの。ジルの実力は間違いなく、現時点において大陸最強なのだから。


 そんなジルが力を解放すれば、強者の側である二人は決して無視できない。


「……っ!」

「おお! 神!」


 ヘクターが眼を見開いてこちらを注視し、キーランが変態と化す一歩手前に来ている。

 後者を全力で無視して、俺は続いての工程に移った。


(教会勢力は、神話の技術を用いて自らの拠点を別次元に移している)


 それは、現代では失われた神代の秘術。失われた秘術が故に、干渉することは不可能。だから本来であれば、現代人の方から教会勢力と接触するなど、無理難題なのだ。


(だが、この肉体は例外だ)


 ジルの持つ固有能力。それは、神ならば例外なく有しているありふれた力──だが、それでも神々の『権能』であることに違いはない。


 ジルが取り込んだ『神の力』の一部は、文字通り神々の力の一端でしかない──だが、それでも神々の力であることに変わりはない。


(固有能力だけじゃ神威が足りない。『神の力』だけじゃ神格が足りない。故に俺はこれら二つを同時に発動することで、本来であれば目視すら許されない境界線を、無理やり現実に実体化させる)


 神話の技術。


 確かにそれは、現代のそれとは一線を画すものなのだろう。だがそれに、同じく神話の時代の力である『神の力』そのものが干渉できない道理はない。本来なら適切な手順を踏む必要があるそれを、俺は強引にこじ開ける。


(さあ、こい!)


 突如、空間に現れた歪な線。それこそが現実と別次元を隔てる空間の境界であり、教会勢力の拠点への入り口なのだ。


 キーランとヘクターにも見えているのだろう。二人の纏う空気の変化が、こちらにもはっきりと伝わった。


(実体化さえさせてしまえばこちらのものだ)


 俺が境界線へと足を踏み出すと、体が境界線へと沈んでいく。

 

(さあ、では対面と行こうか教会勢力)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る