第17話 デイラボッチの家族
ダイラボウ山頂近くに、数台分のクルマが駐車できるだけの路肩がある。そこにロードスターを停め、2人は下車した。
ここから数分程度歩くと、開けた展望の広場に突き当たる。山の上から静岡市街、駿河湾、そして焼津市まで見渡せるほどの展望だ。パラグライダーの発着場としても利用されているらしい。
「そう……ここだな、デイラボッチの足跡ってのは」
孝介はそう言いながら広場を見回した。
山頂から僅かに下った位置にあるこの広場は、自然の地形である。……いや、この広場こそが「巨人の足跡」なのだ。本来なら山頂へつながる斜面になっているはずだが、かつてここを巨人が踏みしめたために、このような不思議な地形と化した。
それを裏付ける看板も設置されている。
*****
だいらぼうの話
むかし「大らぼう」という大男がおりました。富士山をつくるといってびわ湖の土を大きなもっこに入れてはこびました。
大男は富厚里山の上から水見色の高山へと一またぎに歩きました。その時の足あとがあるので「だいらぼう」と名づけられました。
木枯の森と下流の舟山はその時のもっこからこぼれ落ちてできたものだと言われています。
中藁科小学校郷土研究クラブ
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この看板の文章は、かつて巨人がいたことを前提に書かれている。そうでなければここまで断定的な物言いはしないはずだ。
真夜は喜びのあまり飛び跳ねながら、
「コウ、これ見なさい! やっぱりデイラボッチは存在するのよ! ね! ね! ね!?」
と、孝介の腕を引っ張る。
「わーったわーった、そうはしゃぐな! ……しかし真夜、相模原のデイラボッチ伝説とは話がだいぶ違うな?」
「え?」
「相模原のほうは、富士山を運んできたが途中で挫折した話だろ? ところがここじゃ、ダイラボウが琵琶湖の土を使って一から富士山を作ったことになってるじゃねぇか」
「あら、それなら説明がつくわよ」
真夜は胸を張り、ドヤッとした顔で解説する。
「デイラボッチは、何もひとりじゃなかったのよ。ちゃんと家族がいて、大人も子供もいて、彼ら全員で作業を分担した……と考えれば説明はつくわ」
「へぇ、なるほど?」
「つまり、琵琶湖の土を使って富士山を作った巨人と、それを運んだけれど途中で諦めた巨人が別に存在したのよ。そして、富士山を運ぶ時もきっとひとりじゃなかったんだわ。日本各地にデイラボッチの足跡がたくさんあるのも、当然と言えば当然の話ね」
それを聞いた孝介は、
「デイラボッチの家族、か。そりゃまあ、奴さんにも両親だの嫁だの子供だのがいてもおかしかねぇわな」
と、頷いた。
「さすがだな、真夜」
「このくらいの考察は簡単にできるわ」
「少し感心したぜ。やっぱり女の視線ってのは大事なもんだ」
「……え?」
「デイラボッチに家族がいるとか子供がいるとかってのは、男の頭じゃなかなか思いつかねぇからな。俺なんかはどうしても、奴さんは一匹狼だったんじゃねぇかという先入観を持っちまう。……そうか、家族か。こりゃいいことを聞いたぜ」
孝介はそのようなことを言いながら、ニタニタ笑い始めた。
意外な褒められ方にやや困惑しながらも、真夜は鉛筆とスケッチブックを取り出す。静岡市街を眺めながら、いつもの写生を開始した。
異世界の巨人は、もはや絶滅しているかもしれない。しかし、かつて存在していたことはもはや間違いない。
真夜の胸と鉛筆が大いに躍った。
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