第15話 富士山を見上げながら
EXPASA足柄下りに立ち寄った際、真夜は必ず『富士朝霧高原 富士ミルクランド』に立ち寄る。
ここのソフトクリームが、彼女のこの世界最大の好物だ。
真夜は牛乳というものをあまり飲まないし好きでもないが、このソフトクリームだけは別だ。口内全体に広がる濃厚な味わいは、何回経験しても決して飽きない。従って、東名高速を下る時は必ずEXPASA足柄に停まるよう真夜は孝介に命令する。
「お前ぇはやっぱ子供だ」
孝介はエナジードリンクを飲みながら、真夜にそう告げる。
「アレだ、お前ぇは10歳くらいから成長が止まってるんだ。デカくなったのは背丈と胸とケツだけだ。中身はまだ中学生にもなってねぇ」
それに対し、真夜はムッとした表情でこう返す。
「人のこと言えないでしょ」
「ん?」
「コウだって、よく子供じみたことを言ったりやったりするくせに」
「はっ!」
孝介はそう笑い飛ばし、
「互いに子供だから、こうしてしぶとく付き合ってるんだ。悪いことじゃねぇさ」
と、ソフトクリームを頬張る真夜の頬を指でつついた。
*****
今日はまさに「日本晴れ」だ。
EXPASA足柄の展望台に登ると、青空の只中にそびえ立つ夏の富士山が松島夫妻を出迎えた。
孝介は溜め息をつく。この男は富士山を見ると、必ずこの仕草をする。そして、
「俺が相撲取りやってた頃……そう、十両に上がった時だ。四股名を“大松樹”にするか“松葉富士”にするかってぇことがあったんだ。周りは“松葉富士”のほうがいいって言ってくれたんだが、俺は結局“大松樹”にした。……“富士”と名乗るのが怖かったんだ」
などと話し始めた。しかし真夜はやや冷たい口調で、
「その話、もう何度か聞いたわ」
と、返した。
「その時のコウの先輩が“ナントカ富士”を名乗ってたってのも、耳にタコができるほど聞いたんだけど」
「“ナントカ富士”って言うな、バカヤロ! ちゃんと“皐月富士関”と言え」
孝介はそう返し、
「皐月富士関は、俺が入門した頃にはもう三役だった。部屋は違ったが一門は同じで稽古場も同じ町内にあったから、俺は皐月富士関の付け人をやらせてもらったんだがな……。まあ間違いなく、俺が今まで出会った男の中では皐月富士関が一番だ。あれこそが横綱の器ってぇやつだ」
と、富士山を見上げながら声を漏らした。
あまりノスタルジックなことを言わない性分の孝介だが、元横綱皐月富士の品山親方のことになると話は別だ。どうやらこの世界の大相撲とやらは厳格な身分制度があるらしく、最頂点の横綱は神の如く偉大な存在……ということを真夜は既に調査している。
一方、孝介は横綱よりも遥かに下の前頭という階級止まりで引退したらしい。まあ、この粗野な男が神などになれるはずはないだろう……と真夜は胸を撫で下ろしたことがある。
「結局、俺は富士山になれなかったんだ。……そんな富士山を持ち上げたデイラボッチってなぁ、よほどの相撲取りだったんじゃねぇかな」
孝介はそう言って苦笑した。
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