第12話 やっぱり山木田美生は恐るべき魔女だ!

 山木田美生の住むマンションは、孝介と真夜のそれよりも遥かに巨大だ。


 出入口から山木田の部屋に至るまでの道程は、まさしくダンジョンだ。同じようなドアが立ち並び、しかもそれが地上14階にまで及んでいる。山木田は最上階の部屋に住んでいるという。


「コ、コウ!? 油断しちゃダメよ! ほら、あのドアから魔物が出てくるかもしれないわ! き、き、気を引き締めてかかりなさい!」


 エレベーターで14階へ到着した。真夜はガチガチに緊張しながら、周囲を見回して慎重に歩を進める。が、孝介は警戒心など微塵も見せずに真夜の手を引き、


「あーあー、分かった分かった。いい子だからこっちに来るんだ」


 と、目的の部屋まで彼女を引きずった。


 *****


「あらあらまあまあ、いらっしゃい! よく来てくれたわ」


 松島夫妻を出迎えた山木田は、この上なく上機嫌な様子だ。


「よう、ボス。すまねぇな、突然邪魔しちまって」


「とんでもないわ! むしろ嬉しいくらい。さ、上がって。お茶淹れるから」


 そう言いながら山木田は、夫妻をリビングへ招いた。


 山木田美生は独り暮らし、ということは孝介から事前に聞いている。が、こんな大きな部屋に独りとは随分もったいない気が……と真夜が思案してしまうほど立派な部屋である。メイドがいるわけでもなさそうだ。


 現に、山木田は自分の手で紅茶を作っている。


「あなたたちとは、一度こうしてここでゆっくり話してみたかったの。松島くんったら、口ではいろいろと強がってるのに、結局はあなたのようなしっかりした感じの子を選んだのね。ちょっと安心したわ」


 山木田はティーポットから3人分のカップに紅茶を淹れながら、


「特に20代の頃の、相撲を辞めて何年かしか経ってないあたりの松島くんのことを知っているから、尚更……ね」


 と、ソファーに腰かけた夫妻にウインクをして見せた。


「まるで俺の母ちゃんみてぇな物言いだな」


 孝介は苦笑しながら大きな手でカップを手に取り、


「あんたとは長い付き合いだが、未だに俺は子供扱いだ」


 と、紅茶を一口飲んだ。


「そりゃあ、松島くんは子供だもの。永遠の子供」


「はっ! そんなことを俺に言えるのはあんただけだぜ、ボス」


 孝介はそう声を上げた。


「その子供が、山木田派の大番頭としてせっせか働いてる事実にもっと目を向けてほしいんだがな」


「おやめなさい、“山木田派”なんて言い方。私は派閥を作った覚えなんてないわ」


「てやんでぇ! そんなこと言っときながら、ボスはテメェの子分を体よくコキ使ってんじゃねぇか」


 などと言い合い、2人は大笑いした。


 どうも、この2人の関係性が今でもよく見えない。


 この世界では高位の魔操師である山木田と孝介は、単に「ライター仲間」という関係に留まっていない。かといって魔術の師匠と弟子、ということでもなさそうだ。しかし「山木田派」と呼ばれる派閥はあるらしいから、孝介が山木田が運営する連盟もしくは秘密結社のようなものに加入しているのは確かだろう。


「あの……少しよろしいですか?」


 真夜は会話に割り込み、


「山木田さん……いえ、山木田先生とコウは、一体どういう関係なんですか?」


 と、単刀直入に質問した。


「どういう関係、ねぇ。うふふ、それはどう答えればいいかしら?」


「ボスと大番頭、でいいんじゃねぇか?」


「あら、私は松島くんのことを自分と同格に思ってるわよ」


「よく言うぜ! ……真夜、気をつけろよ。このオバサンは、優しい顔と表情で他人に何でもさせちまう魔女だ」


 や、やっぱり! 由比ガ浜海岸以来、山木田美生はもしかしたら自分を凌駕するかもしれない魔操師だと思案していたが、人を操る催眠魔術の使い手でもあったことがこれで判明した!


 真夜は山木田を睨みつつ、紅茶の入ったカップを傾ける。


「あらあら、真夜ちゃんどうしたの? そんなに怖い顔しないで」


 山木田はバターのとろけるような口調で、真夜にそう話しかけた。その外見は優しそうな女性だが、実際は桁外れの魔力と無数の魔術を兼ね備える要注意人物だ。真夜は最高レベルの警戒心を抱きつつ、カップの紅茶を飲んだ。


 ……もしかしたら、この紅茶に何か毒でも入ってるんじゃないか?


 そう思案した直後、真夜は咳込んでしまう。口に含んでいた紅茶が外に飛び出し、彼女の服を汚してしまった。


「ああ、真夜ちゃん大丈夫?」


 山木田はすぐさまティッシュを取り出して、真夜の服の汚れを拭おうとする。が、真夜はそれを断った。


「け、結構! ごほごほっ!」


 油断していると、この魔女の催眠魔術にかかってしまう。それを防ぐため、1秒たりとも気を抜いてはならない。


 真夜は自分でティッシュを手に取り、紅茶で濡れた部分を丁寧に拭いた。

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