第46話 贄

「そして、本日、結婚するとの意思を王宮に伝えまして、即日認められたため、私たちは晴れて夫婦となりました」


 フェルトマン伯爵は、聖女デリラとの結婚を声も高らかに宣言した。

 しかし、聖女デリラは聞いてないよ、とでも言うかのように疑問の声を漏らす。



「えっ?」


「「「「えっ?」」」」



 ざわつく会場。

 しかしフェルトマン伯爵は、そんな周囲を無視して続ける。



「妻となった聖女殿には今後、診療所に入って貰う」


「えっ? だからさっきから何なの? そんなこと、私がいつ承知したって言うのよ?」


「お前も口答えするというのか? 従わねば後悔することになるぞ?」



 先ほどから、フェルトマン伯爵の様子がおかしい。

 いや、これが平常運転なのかもしれないが、高圧な性格にさらに磨きがかかっている。

 何か、嫌な予感がする。



「私はね、聖女なの。勇者パーティの仕事だってあるというのに」


「フン。お前も仕置きが必要なのか?」


「はぁ? 何言っているの? 結婚なんて取消し! 婚約破棄よ!」


「ハッ……お前も私から離れるというのか? もう我慢ならん。が、まあ先に……あの女から始末するか」



 フェルトマン伯爵は、懐から黒くい球体を取りだした。

 黒い球体、あれは水晶珠か? 似たようなものは前見たことがある。リリアが、アクファ同盟に奪われ、返して欲しいと言われた水晶珠に形が似ている。


 もっとも、リリアが持っていたものは白く仄かに光っていた。それに比べると随分禍々しい。

 フェルトマン伯爵が持っている水晶珠は真っ黒だ。



「スキル【規範召喚パラゴン】起動! 贄は、生意気な元婚約相手の神官、エリシス!」



 フェルトマン伯爵の口元がゆがみ、笑みがこぼれる。


 ただならぬ状況に、周囲にいた貴族は後ずさり、気の早い者は部屋の外に向かって逃げていく。

 入れ替わるように、館を警備していた騎士が数名入ってきた。



「フェルトマン伯爵! 何をしている?」


「ふん……目障りな騎士だ。お前らもまとめて、始末してやるわ。さあ、生贄を取込み、我に従う使徒を呼び寄せろ!」



 黒い水晶珠から黒い霧のようなもやがあらわれ、エリシスを包む。



「何っ? エリシス!」



 俺はその黒いモヤを振り払おうとするが、あっという間にエリシスの身体が霧散してしまった。

 たまらず、大声で叫ぶ。



「フェルトマン伯爵! エリシスに何をした!?」


「はっ。私に楯突く生意気な女を活用してやっただけだ。すぐに我が使徒がやってくる。たかだか神官だ。せいぜい、小型竜レッサードラゴンぐらいしか召喚できないだろうが……」


 何かを召喚するためにエリシスを生贄にしただと?

 もうエリシスは……?


 フェルトマン伯爵は、黒い水晶珠を地面に叩きつけた。

 バリンと大きなガラスが割れるような音と共に、地面で砕け散る。そして、そこから生えるように、大きな影が伸びていく。



「なんだあれは?」


「まさか、伯爵が召喚したのか……?」


「逃げろっ、巻き込まれるぞ! 館が崩れる!」



そんな声が貴族の間から聞こえる。



「ハハハハ! お前たちは、そこで見ているがいいさ。さて、あまりガッカリさせてくれるなよ? 降臨する使徒はにえの能力に応じて強いものが現れると聞いている。ハハハハハ!」



 フェルトマン伯爵は、高笑いをしている。

 やがて、影が収まり、そこに現れたのは……。



「グオオオオオオオオオォォォォォン!!」



 けたましい咆哮。



「なっ……なんだこりゃあああああ!」



 その姿を見て、フェルトマン伯爵の顔色が蒼白になった。

 それはまさに、神話の時代の生物。

 翼を持ち、蛇のように長い首と尾を持つ巨大な生き物。



「む……無理だ……こんな怪物……制御できるわけが……」



 フェルトマン伯爵は腰を抜かしその場に倒れた。


 巨体はこの広い館に収まらない。

 髭を蓄え、壮観な姿は美しくもある。太古の昔から生きていると言われる……伝説の古竜エンシャントドラゴン



「グオォォォン」



 再びの雄叫びと共に、巨体が動き出し屋根を突き破る。

 瓦礫が降り注ぎ、天井に大穴が空いている。そこからは夜空が見えた。


 その場にいたあらゆる者が逃げ惑い悲鳴を上げている。

 しかし……。


 そいつが何者であろうと……俺は……言葉を失っていた。

 エリシス。せっかく新しいパーティメンバーになってくれたというのに。

 生贄ということは……その命と引き換えにした……だと?



 頭の中を絶望が支配しようとしたとき。



「フィーグ様! ここはどこでしょう?」


「えっ?」



 エリシスとのパーティは、まだ解消されていなかった。

 のんきなエリシスの声が、俺の頭に響く。



「わぁ、フィーグ様がとても小さく見えます!」

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