第10話:麗しの眠り姫

 アンドレイ=ラプソティは両のこめかみに薄っすらと浮かび上がる青筋を物理的に抑えるために、両手の指の先をこめかみに当てて、軽くさするのであった。まるで脳みそからトンチをひねり出すような所作をするアンドレイ=ラプソティは結局のところ、ふぅぅぅーーーーと長く息を吐きだすと同時に、肩から出来る限り力を抜くのであった。


「共闘しましょう。先ほどの発言は受け流しておきます。どうせ貴方たちはこちら側が何をどう言おうが、創造主:Y.O.N.N様への中傷をやめようとはしないのですから」


「失敬だなっ! これは諫言、忠言の類だっ! 我輩たちは間違っていることは間違っていると主張しているにすぎないぞっ!」


「はいはい、ただの『中傷』を自分の正義のみで、『諫言』だと主張するひとはごまんといます。ああ言えばこう言うは悪魔の専売特許ですからね」


 アンドレイ=ラプソティはまるで駄々っ子をあやすかのようにベリアルを諭してみせる。これぞ、天使の本懐だとばかりに、悪魔を調伏する言葉を発する。ベリアルはグヌヌ……と唸りはじめるが、その姿に少しばかり気が晴れるアンドレイ=ラプソティであった。


 なにはともあれ、『天界の十三司徒』と『七大悪魔』の共闘が実現することになる。彼らを閉じ込めている檻を内側から破壊するための共同作業が始まると同時に、無人の家屋が次々と彼らの神力ちから呪力ちからで破壊されていく。


「意外なことに乗り気だなっ! どうだ? いっそ、堕天して、我輩と親友ダチにならないか? 今なら、七大悪魔お得セットもつけるぜ?」


「何を言っているのかわかりませんね。私は仕方なく破壊行動をしているだけです。私の心は痛みを覚えています。貴方のように喜びを感じていません」


 アンドレイ=ラプソティの返しにベリアルは気分良さそうにカハッ! と笑ってみせる。力の源は違うが、今、おこなっている行為は『破壊』そのものだ。ベリアルはもっとアンドレイ=ラプソティに創造物を『破壊』することに喜びを感じてほしいと思わざるをえなかった。


 今は無人の建物を破壊しているだけに過ぎないが、建造物だけでなく、アンドレイ=ラプソティにはこの世のルール自体を破壊する堕天使になってほしいと思ってしまうベリアルであった。そう願えば願うほど、腹の底から呪力ちからが溢れ出し、破壊衝動がよぎなく昂っていく。200人程度が住む村の家屋や馬小屋、牛小屋、鶏小屋はモノの十数分でアンドレイ=ラプソティたちによって破壊されつくしてしまう。


 そして、周りに残されたのは村の中心にあるあの肉塊で出来た不気味な背の低い塔だけであった。アンドレイ=ラプソティとベリアルは視線を軽く交わし合うと、こくりと頷き合い、お互いに距離を取る。それぞれの場所で2人は力を蓄える構えを取り、一気呵成の呼吸と共に両腕を自分たちの前方にある肉塊の塔へと突き出す。


 突き出された両腕の先にある手のひらから、太くて長い一条の光線ビームを撃ち出す。アンドレイ=ラプソティは銀色の光線ビームを。ベリアルは紫色が混じる黒い光線ビームをそれぞれに放つ。それぞれの光線ビームが肉塊に穴を開けるべく、その表面を穿っていく。


 『天界の十三司徒』と『七大悪魔』の攻撃を受けた肉塊の塔は反撃に出る。肉塊の塔のあちこちから肉で出来た触手を伸ばし始める。伸ばされた触手はうねうねと動き、自分を攻撃している人物たちを捕らえようとする。


「コッシロー殿! 私が邪魔されないように触手を撃ち落としてくださいっ!」


「合点承知の介でッチュウ!」


 コッシロー=ネヅはアンドレイ=ラプソティの身体を捕らえようと伸びてきた触手軍に向かって、大きく開いた口から極太の光線ビームを放つ。ジュゥ! とまるで鉄板に乗せた焼肉用の生肉が一瞬で炭になるような音が響き渡る。ベリアルはコッシロー=ネヅの行動を見て、思わず、ヒュゥ! と口笛を吹くことになる。


「おい、そこのケダモノ。我輩のの身体へと巻き付こうとしている触手も焼き払ってくれねえか!?」


「嫌でッチュウ。悪魔の手助けなぞ、するわけがないのでッチュウ!」


 ベリアルは苦笑せざるをえなかった。今は天使と悪魔という垣根を越えて、協力し合わねばならぬ事態だとというのに、それを良しとしない頑固頭がこの場に居たことに対して、苦笑する他無かったベリアルであった。しかしながら、それも致し方ないことは重々承知のベリアルである。彼は着込んでいる悪魔礼服の背中部分を弾け飛ばして、悪魔の6枚羽を現出させる。


 骨と皮で出来た悪魔の6枚羽を羽ばたかせ、そこから紫色の混じった黒い竜巻を発生させる。ベリアルの身に迫っていた肉の触手はその紫黒い竜巻に巻き込まれるや否や、ぶくぶくと膨れ上がり、ついには自壊してしまうのであった。


 コッシロー=ネヅはギョッとした表情で、その紫黒い竜巻から物理的に距離を開けようと2歩、3歩と後ずさりしてしまうのであった。しかしながら、その紫黒い竜巻をそちらに飛ばすつもりは無いと言いたげにベリアルはコッシロー=ネヅに軽くウインクを送るのであった。


「くっ! これって、もしかして、いたずらに攻撃を仕掛けただけになりましたか!?」


「おっと、奇遇だな。我輩も今、それをアンドレイに言うところだったよ。どうやら、我輩たちの破壊力よりも向こうの再生力のほうがずっと上だったようだっ!」


 謎の肉塊の塔はアンドレイ=ラプソティとベリアル両名から攻撃を喰らえば喰らうほど、その太さと高さを増していく。そして、その肉塊の塔自体が振動を起こし、村全体を刺激していく。


 先ほど、破壊し尽くした村の家屋群が徐々に再生されていく。その様子をちらりと横目で見るアンドレイ=ラプソティとベリアルは額から珠のような汗を零し始める他無かった。両名とも、誰かもうひとりでも加勢してくれればと願うのであった。アンドレイ=ラプソティとベリアルはちらりとコッシロー=ネヅの背中でスヤスヤと眠りつづける麗しの眠り姫スリーピング・ビューティを見てしまう。


 彼女がこの結界を内側から打ち破るキーマンになるであろうと考えていた。しかし、外界からのエネルギー供給が断たれ、さらにはこの結界内の特殊な事情が、アリス=アンジェラを麗しの眠り姫スリーピング・ビューティと化していたのだ。アンドレイ=ラプソティ、ベリアル、そして、コッシロー=ネヅが戦っているという真っ最中だというのに、未だに気持ち良さそうによだれを垂らしながら、コッシロー=ネヅの背中で眠り続ける暴挙を貪る彼女であった。


 ベリアルはそんなアリス=アンジェラを見ていると、彼女こそ『怠惰』が相応しいと思ってしまう。自分は『怠惰』の表現者であるというのに、必死に働いている。それだというのに、彼女は『惰眠を貪っている』と言っても過言では無いほどに、クークーピーと可愛らしい寝息を立てているのだ。


 そんなアリス=アンジェラを見ていると、背中にゾクゾクという快感の波が走ってしまうベリアルであった。いっそ、アンドレイ=ラプソティの堕天計画など放り投げて、アリス=アンジェラこそを堕天させましょうよとサタンに進言してしまいたくなるベリアルである。しかし、ベリアルは性的興奮に近しいその感情が一気に萎え落ちてしまうことになる。


「ふわあああ。よく眠ったのデス」


「そこは寝てろってのっ!」


「何か知らないひとから目覚めの一発を喰らったのデス。アリスはこの男を天界裁判にかけて、賠償金を請求したくなりまシタ。コッシローさん、正式な手続きをお願いいたしマス」


「それよりも、この状況を何とかしてほしいのでッチュウ!」


「しょうがありませんネエ。シャイニング・フル・グーパンを発動しマス。半径300ミャートル圏内の味方は退避をお願いいたしマス」

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