第7話:村

 辺りにめぼしい食料が無いことを知ったアンドレイ=ラプソティたちは西へ西へと向かう旅を再開せざるをえなくなる。水分補給を終えたことで、いくばくか体力と神力ちからを取り戻したアンドレイ=ラプソティはコッシロー=ネヅの背中をアリス=アンジェラに返すのであった。


 コッシロー=ネヅの背中に乗ったアリス=アンジェラはうっつらうっつらと頭を前後左右に動かし始める。その様子を横目に見ていたアンドレイ=ラプソティは彼女に眠ってしまえば良いのでは? と提案するのであった。


「いけまセン。今のアンドレイ様では、何かあった時に対処できまセン! ここはボクが何としてでもアンドレイ様をお守りせネバッ!」


 アリス=アンジェラのその言葉を受けて、アンドレイ=ラプソティは苦笑せざるをえなくなる。自分の愛しきレオン=アレクサンダーから天命を奪い取っておきながら、いけしゃあしゃあとそう言えるアリス=アンジェラがどうしても憎めない存在となってきている。もし、あんな最悪な出会い方が無ければ、もっとアリス=アンジェラとはわかりあえる気がしてならないアンドレイ=ラプソティであった。


 しかし、それはアンドレイ=ラプソティがアリス=アンジェラがどんな天使なのかを理解してないからこその想いである。彼女自身の思考回路が何故、イカレているのかをアンドレイ=ラプソティが知ることになるのは当分先のことになるが、それでも、この時点ではアンドレイ=ラプソティはアリス=アンジェラという存在を自分ながらに理解しようと努めていた。


 コッシロー=ネヅの背中に乗っているアリス=アンジェラは頭だけでなく上半身も前後左右に揺れ始める。アンドレイ=ラプソティはそんな彼女を微笑ましく思いながら、見て見ぬ振りをする。ここで声をかければ、アリス=アンジェラが気合を入れ直すのは眼に見えていたからだ。コッシロー=ネヅもまた、アンドレイ=ラプソティと共に黙って西へ向かって歩を進める。そして、ついにコッシロー=ネヅのふわふわもこもこの背中の感触に負けたアリス=アンジェラはコッシロー=ネヅの後頭部に自分の顔を埋める形で堕落してしまうのであった。


「ようやく寝ましたね。あの照りつく太陽の下、塩の大地をこんな少女が文句ひとつ言わず、歩いていたのです。そりゃ、疲れて当然でしょう」


「いや、文句はタラタラだったでッチュウ。記憶を美化するのはやめるのでッチュウ」


 コッシロー=ネヅの返答にハハッ! と軽快に笑うアンドレイ=ラプソティであった。愛しきレオンをアリス=アンジェラに殺された時は、もう笑うことは出来ない身体になってしまったと思い込んでいた。そして、それをした彼女のことで笑ってしまうことなど、本来なら言語道断なはずである。しかし、それら一切を置いておいて、何故かアンドレイ=ラプソティはアリス=アンジェラに惹かれてしまうものがあった。


「コッシロー殿。私はレオンを失いましたが、その怒りは誰にぶつけるのが正解なのでしょうか?」


「それはアンドレイ様自身が決めることでッチュウ。自分たちは創造主:Y.O.N.N様によって創られた存在でッチュウけど、『自由意志』は与えらえているのでッチュウ」


 コッシロー=ネヅの言うことは哲学めいていた。創造主:Y.O.N.Nの創造物である存在ならば、あるじである創造主:Y.O.N.Nの言うことが全て正しいはずである。しかし、親と子は独立した魂である関係と同じく、創造主:Y.O.N.Nと天使たちは独立した個である。そして、それを口酸っぱく天使たちに説いているのも創造主:Y.O.N.Nご自身であった。


 アンドレイ=ラプソティの怒りと悲しみの感情は、あの地に残されたバケモノとなった身体が引き受けてくれたのだろうとそう思うことにしたアンドレイ=ラプソティであった。しかし、チリチリと火傷のような痛みが左胸に走るのも事実である。この引っかかりに似た感情がアリス=アンジェラに関心を寄せてしまうきっかけになっているのであろうと考えるアンドレイ=ラプソティであった。


 アリス=アンジェラがコッシロー=ネヅの背中で眠り始めてから1時間後、大空でその主張を燦々と主張し続けていた太陽は段々と地平線に向かって進み始めていた。それもあって、空気自体はまだまだ温かいが太陽からの光による熱放射はかなり柔らかなモノへと変化しつつあった。


 しかしながら、太陽の光が和らいでいくのとは対照的に、アンドレイ=ラプソティとコッシロー=ネヅの眉間には段々と深いシワが刻まれることになる。それもそうだろう。やっと村にたどり着いたと言うのに、そこにはひとっこひとり居なかったからだ。怪訝な表情なままに村の中央へと歩を進めたアンドレイ=ラプソティたちであったが、ここでついに足を止めてしまうことになる。


「神隠しというやつですかね?」


「それならまだマシかもしれないでッチュウ。アリスちゃんを叩き起こすでッチュウ?」


「いえ。もしかすると、神聖マケドナルド帝国軍の行軍に恐れおののいて、村民が避難しているだけかもしれませんし。もう少し、辺りの様子を探ってからのほうが良いかもしれません」


 アンドレイ=ラプソティたちが辿り着いた村は規模からして200人前後が生活をしていたように感じることが出来た。だが、その村の中で動くものを見つけることが出来ないでいた。ニンゲンはおろか、馬や牛、さらには猫や犬といった、ニンゲンの集落でなら必ず目にするような類のモノを発見することはなかった。


 アンドレイ=ラプソティは失礼しますと言いながら、家屋の扉を開けていく。そこには夕飯の支度を今まさにしていたのだろうと思われる痕跡が残されていた。厨房には火にかけられた鍋がそのままにされている。そして、それはこの家だけでなく、他の家でも同様であった。家々の煙突からはもくもくと炊事のために起こったであろう煙が立ち昇っているのだ。だが、ひとっこひとりとして見つからないこの村には不気味さのみが残されていた。


「ダメでッチュウね。自分のスキャンでも、周囲300ミャートル以内に生き物らしい反応は見つけられないのでッチュウ」


「悪魔が何かをしでかしたのであれば、それらの痕跡が見つかるはずなのですが、それすらもひっかからないというのがますます怪しいですね……」


 コッシロー=ネヅたちはスキャンをかけながら、村の中心部へと向かう。そして彼らが眼にしたのは、さらなる異様な光景であった。アンドレイ=ラプソティはそれを見て、思わず目を背けてしまう。


「これはひどい……。生者がいないならば、私たちのスキャンに何もひっかからないはずです」


 村の中心部には村民たちに知らせを告げるための鐘台があった。しかし、その鐘台に群がるようにかつてはこの村の居住者たちであったモノが纏わりつき、重ね合いながら背の高い塔を造り上げていたのである。村民たちや馬や牛たちの肉塊で出来た塔はアンドレイ=ラプソティたちに向かって何も語り掛けてくることは無かった。ただただ不気味さだけを醸し出すのみであった。

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