21.コンビニ遠くね?




「なんだか久しぶりな気がするわね。こうして萩原君とお話するの」


 コンビニまでの道中、柊先輩が言った。彼女の足取りは割合ゆったりしている。

 並んで歩く俺はどこか上の空で、考えが上手くまとまらない感じがした。外だというのに先輩の甘い匂いがはっきり伝わってくるほどの距離で、先輩は意にも介していない様子だったが、俺の方は互いの手が触れ合いそうになるだけで口から心臓が飛び出しそうだった。


「萩原君? 聞いてる?」

「えっ、あ、はい……そうですね、確かに久しぶりだと思います。春休みは部活もなかったですし、それに先輩は……」

「そうね、この通りの予備校通い。話す機会がなかったのも当然よね」


 口元に手を添えて上品に笑ってみせる先輩。

 近くで見ると、一つ一つの所作がより美しく、お嬢様然としたものが強く窺える。

 実際のところ柊先輩の家は結構な良家らしいが、詳しいことは一年間一緒だった俺も詳しくはない。

 しかし確かな情報がなくとも、先輩の品の良さは誰が見ても疑いようのないものだ。どこかのご令嬢だとしても驚きはない。


 ――やっぱり落ち着くな、先輩と居ると。


 物静かで穏やかな言葉遣い。上品な佇まい。

 なにもかもが理想的で、こんな人と部室で過ごせていた去年が酷く懐かしく感じられてくる。

 ……ここ数日の、ウザったい部室の空気を思い出すと特に。


「柊先輩も、たまには部活してくださいよ。予備校は忙しいのは分かりますけど……」

「別にそんなに忙しくもないけれどね」

「じゃあ、どうして」

「気を遣ってあげてるのよ。萩原君に」

「俺に?」

「だって萩原君、新しく入ったあの子と付き合っているのでしょう?」


 がくり。ずっこけそうになる。

 が、もちろんそんなギャグ漫画みたいなことにはならないわけで……。


「萩原君? どうしたの、まるで苦虫でも咀嚼したような顔をして」

「……それがどんな顔かは分からないですけど、一つだけはっきりと言えるのは、先輩が大きな思い違いをしていることです」

「思い違い?」

「そうです。俺はあいつと……つ、付き合ってなんかいませんから。絶対ありえませんから」

「え……じゃあ、付き合ってもいない子にバブみしてもらっていたの?」

「そもそもそれも誤解なんですよ! バブみとかないですから、断じて!」


 思わず声を張り上げてしまう。周囲からの視線が痛くなり、俺はハッと顔を俯かせた。

 くそっ、なんたる醜態……それもこれもあいつのせいだ、間違いなく。


「そう。じゃああれは、単なる先輩と後輩のスキンシップだったというわけね」

「……それでも納得しがたい部分はありますけど、大体そんな感じだと思います。あくまであいつからの一方的な、ですけど」

「ふふっ、随分好かれているのね。実は好意を抱かれているんじゃないの?」

「変なこと言わないでくださいよ。あいつは俺をからかいたいだけなんです。困っている俺の顔を見てめちゃくちゃ喜んでましたし」

「好きな人には意地悪したくなる、という心理もあるみたいだけど」

「意地悪というか、あいつの場合はウザ絡みなんで」


 言っておいて、俺も違いはよく分からないが。

 そもそもあれが好意の裏返しなのだとしたら迷惑もいいところだ。ちゃんと大人しくしていてくれれば、本当にただの可愛い後輩になるかもしれないが。

 ……いや、可愛いというのはあくまで容姿だけだ。それも客観的な事実であって、別に俺個人の感想とかではない。断じて。


「でも、そうね。たまには部活に出てみるのも面白いかもしれないわね。せっかく新しい子も入ってくれたわけだし」

「ぜひお願いします。ほんともう、先輩が居てくれないと……」

「あら、意外と寂しがり屋だったのね萩原君。こういう時に頭を撫でてあげるのがバブみになるかしら」

「だからバブみとかないですから! 決して!」


 そう? とおかしそうに微笑む先輩。

 ……強く否定しておいてなんだが、もし頷いていたら先輩に頭を撫でてもらえていたのだろうか。一瞬だけそんな邪念がよぎりもした。

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